表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/32

10 ミスリルランク冒険者

 カーマンベルグを発って十と三日が経った。俺たちは国境線にまたがるムーベル山脈の麓より少し上ったところの森林地帯にいる。先頭はラッシュさん。カスパル卿がくれた今までの調査報告が書きこまれた地図の写しを手に持ちながら進んで行く。ちなみに既に多くの魔物と出会い、危険なものについては屠っている。

「ねぇ、今日までにどんだけ狩ったっけ」

「えっと、ジャイアントボアが一頭、ソニックラクーンが三匹、ジャイアントスノーディアが三頭、オーガ類三十体ちょっと、ゴブリン多数……でしたっけ?」

「オークも確か十体くらい殺ったはず」とリューグが補足する。

 もともと野生動物が魔物化したものはそれほどでもなかったが、もともと魔物として分類される生物たちは文字通り数の桁が違った。素材や魔石を全部売れば一財産だが、喜んではいられない。元々魔物であるゴブリン、オーガ、オークはもれなく上位種がおり、またその全てが変異体であった。以前戦ったゴブリンロードのような物理障壁も魔術障壁も使うようなぶっ飛んでいる奴はいなかったが、どれもこれも強力な魔物だった。それも金獅子の連携と俺の普段着になりつつあるパワードスーツの前に倒れたが。

「今まで戦闘ずくだったけど、今日は静かだね」

 ミアが不穏なことを言う。すると立てたフラグが早速回収されたのか、ラッシュさんが手を挙げて止まれのサインを出した。

「リューグ、シグルド」

 その言葉に俺は探査魔術の精度を上げる。だが何も反応は無い。

「反応ありません」

「こっちも」

「シグルド、お前が風呂造る時に使ったっていうやつ、索敵に使えないか?」

 ソナーの事か。あれは物体の中を探すだけなので索敵にはならない。ならば似たような仕組みで空気中に振動を発して索敵する動体感知センサーを造ればいいだけの事。理屈は一緒なのだから。

 そう思って俺はソナーの意識を改める。索敵に使えるように。

「使えます」

「すまんがやってくれ」

 元のソナーは手のひらから振動を発していたが、それを俺の体を起点として発するようにイメージする。空気中を伝わっていった微細な振動はあたりの様々なモノから反射して戻ってくる。その中に、生命の鼓動による乱れが多数。

「反応多数! もう囲まれてます!」

「やはりか! 戦闘態勢!」

 ラッシュさんが盾を構え、ミアが双剣を抜き、イリスさんは魔術の構えをし、リューグは弓を担いで近くの木に登る。俺は衰弱弾を込めた銃槍を懸架パーツから取り出し、遊撃手であるリューグを除く三人と背中を守り合うように立射の構えを取った。

 静かだった森に、ずるずると何かを引きずるような音が響く。その音はだんだんと地響きを伴い、やがてそれは姿を現した。

「ホワイトサラマンダー……!」

 ラッシュさんがそう言って唾を飲みこむ音が聞こえた。

 ホワイトサラマンダーはエレメンタルサラマンダーという魔物の一種で、その体色から想像できる通り氷魔法を使う。凍結させてきたり氷槍を連射してきたりと厄介な奴だが、それくらいなら俺たちの敵ではない。問題は、その数と、物理的な接触と目視を除く一切の索敵魔法にかからないこと。そんな隠密みたいなサラマンダーがいるなんて聞いたこともない。

 離脱しようにも既に見えるだけで十数匹に囲まれている状態。弾道予測線は表示されるがあれは誤射防止用のもの。さらに俺は索敵魔法に頼り切っているため、オートロックが機能せず、また腰撃ちでは狙いづらくて苦虫を噛み潰したような顔になった。幸い目視できる分に関しては多重認識がきいたのでパワードスーツを脱ぎ、自前で照準を合わせる。

 趣味でアイアンサイトを作っといてホントに良かった。あとでパワードスーツを着た時の視界の中央にFPSの腰撃ち時みたいなレティクルを付けるのと、意識の切り替えでそのレティクルの中心に向かって弾が飛ぶような機構を組み込まねばなるまい。ロックオン射撃に拘り過ぎてノーロック射撃ができることの利点を失念していた。

 俺は目の前にいる数体に衰弱弾を撃つ。各五発ぐらい打ち込んだところで動きがほぼ止まったので銃槍でとどめを刺しに走る。

「シグルド! 待て!」

 ラッシュさんの言葉に俺は足を止めた。そして直感の魔術が伝えるままに大きくジャンプしてその場を離れる。その瞬間、足元を氷のブレスが足を止めたホワイトサラマンダーごと薙いでいった。

「シグルドは衰弱弾での足止めに集中してくれ! とどめはリューグに任せろ!」

 その瞬間、俺が狙っていた三体にリューグの弓が飛来し、脳天を貫かれて絶命した。

 順調に数を減らしていく。だがその数は多く、終わりが見えない。

 絶体絶命かと思われたその時、バゴンッと大きな音がして俺たちの側に展開していたホワイトサラマンダーが吹っ飛んでいった。何事かと固まる俺たちだが、その耳にウィスパーで誰かの声が届く

「聞こえるか、こちらへ逃げ込め!」

 その言葉を信じ、何かが開けてくれた退路なのか進路なのか分からないが、とにかく開けた道を突き進んでいく。するとまたバゴンッと大きな音がして槍のようなものが飛来し、後ろのホワイトサラマンダ―の気配が一部消えた。

「我々は援護に回ろう。あとは君達でもなんとかなるだろう?」

 声の主は未だ見えず。だがものすごい速度で槍のようなものが一定の間隔で飛んでくる。残るホワイトサラマンダーは四匹。俺はとりあえず衰弱弾を放って弱らせる。一匹はラッシュさんが止め、一匹はミアが首を切り落とし、一匹はリューグが脳天を打ち抜き、一匹はイリスさんが丸焼きにした。ラッシュさんが止めた一匹は俺が銃槍を手に走り、首の血管を切り裂いて絶命させる。

 ソナーを使い、辺りに敵がいないか確認する。反応は俺含めて七つ。俺たち以外の二つは助けてくれた声の主だろう。それがゆっくりと近づいてくる。

 藪の中から現れたのは、ミスリル製らしきバスターソードを背負った皮鎧にコートを合わせた冒険者風の男と、微笑を張り付けた仮面のような顔立ちをした、ロングハットと足首まであるロングコートを着込んだ細身の黒ずくめの男の二人組だった。また、ロングコートの男の手にはバリスタかと思うほどの大きさをした長大なクロスボウが握られており、先ほどの音と援護射撃はこれだったのだろうと予測できる。またそのクロスボウには簡易なスコープらしきものがついていたので高価な品だと推測できた。

「助けて頂きありがとうございます。我々は冒険者パーティー金獅子。私はそのリーダーのラッシュです」

「そうか、君が噂の。私はジャック。フェザーのジャック。雛好きのジャックと言う方が分かりやすいかな?」

 その言葉に皆は目を見開く。俺は先ほどのセリフを思い出して笑いそうになったが、なんとか堪えた。

ジャックさんが「聞こえるか、こちらへ逃げ込め!」はズルい。だが俺はさらに我慢を強いられることになった。

「こっちの怪しい風貌の男はチェスター。腐れ縁でね。今は臨時でパーティーを組んでいる」

 紹介されたチェスターさんはニヒルな笑みを浮かべる。きっと二つ名があれば“素晴らしい”だ。

あの顔が素顔でなく仮面だったら完璧だった。俺の腹筋も崩壊していただろう。

俺はジャックさんを見る。体型は違うがラッシュさんに似た雰囲気の人だ。やはり変態紳士ではないらしい。そんなジャックさんが俺の側に寄ってきて俺の目をじっと見る。さっき笑いを堪えていたのがばれたのだろうか。

「君、まだ冒険者登録をして一年たってないだろう? そういう匂いがする。どうだい、私の下で修業をしないか?」

 変態紳士ではないが変態ではあるようだ。

新人冒険者の匂いってなんだ。

「シグルドです。確かにまだ登録して一年未満ですがこれでも一応金ランクですよ」

「ホントに?」

 マジで? という顔をするジャックさんに金色のギルドカードを見せる。するとジャックさんは崩れ落ちて「既に巣立った後だったか……」と何やら絶望していた。

「ジャック、見境ない勧誘は止めておけ。ミスリルの品格が疑われるぞ。クックックッ」

 チェスターさん、その笑い方は反則です。

 一応自己紹介を終え、同じ調査依頼を受けている者同士ラッシュさんとジャックさんは情報のすり合わせをしている。チェスターさんはリューグの得物を見て物理遠距離職として親近感を覚えたのか「仲良くできそうだ」と言っていた。

 ジャックさんによればこの先に地すべりを起こした場所があるそうだ。そこは別に人が住んでいるわけでもなく、戦略的にもなんの価値もないところなので放っておかれているらしい。だがジャックさんとラッシュさんは確信している。魔物の遭遇状況を鑑みるとその地すべりを起こしたあたりに何かあると。

 早速移動したいところだが、問題が一つ。さっき倒したホワイトサラマンダーだ。

「取り分は、どうしようか?」

「我々は助けて頂いた身なのでそちらに任せますよ」とのラッシュさんの言葉に全員して頷く。ホワイトサラマンダーはその皮と骨、ブレスの元になる喉袋が金になるが、正直金には困っていない。

「なら全部渡そう」

「いいのですか?」

「構わないとも。あと私たちに敬語は不要だ。冒険者のランクは身分の上下を決めるものではないのだから。まあ、それを笠に着る連中もいるにはいるがね」

「わかりま……いや、分かった。ではこちらで全部頂くとしよう。シグルド、頼めるか」

 俺は了承してサーチを展開する。死体だから反応はしにくいが、体内にある魔石の反応を頼りに死体を探し出し、アイテムボックスに放り込んでいく。ミアと協力して総勢三十六匹のホワイトサラマンダーをアイテムボックスに格納して戻ると、何故だかジャックさんに感心したような目で見られた。

「シグルド君のアイテムボックスは時間経過無しのタイプか。よくそれを発想できたものだ。いや、良い師が居たのか?」

「詮索はナシで。あとチェスターさん、これ」

 俺のアイテムボックスの特性を看破したジャックさんに冷汗を流しながら俺はホワイトサラマンダーに突き刺さっていた槍と見まがうほどのボルトをチェスターさんに渡す。彼はそれを受け取るとまだ使えるかどうかを確認して、その全てを腰の矢筒型のアイテムポーチに収めた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 この場での用事は済んだので皆で移動する。説明ではジャックさんとチェスターさんも共に行動するようだ。どうにもジャックさんは冒険者ギルドから要請を受けて信頼するチェスターさんを伴って調査に来たようだが、魔物の強さはともかく数が厳しくなってきたので街に帰ろうとしていたらしい。だがそこに俺たちがやってきて、協力すれば調査の続行が可能だと判断したらしい。俺たちの方も俺たちの方で調査に戦力不足は感じていたので、強力な二人の参加は有難いといえば有難かった。

 しばらく歩くとなぎ倒された木々が土砂に埋まっている場所に出た。下草が生え始めているが、ここが地すべりのあった場所の下の方らしい。

「各々調査に当たってくれ」

 ラッシュさんが指示を出す。ジャックさんとチェスターさんもそれに従っている。ジャックさんが司令塔でないのは、ジャックさん自身の判断だ。「人数が多いそちらの指示系統を下手に自分が出してもいいことは無いだろう」とのことだ。チェスターさんも不服は無いらしい。そんな中、俺はラッシュさんにあることを申し出る。パワードスーツの改良だ。探知できない敵が出てきた以上、早急にノーロック射撃モードを組み込まないと俺がお荷物になる。

「分かった。俺が護衛に残る。ここでやってしまえ」

 俺はパワードスーツをアイテムボックスから出すと、地面に横たえた。

 改めて見るとデカいな、やっぱり。

 俺はヘッドパーツに手を翳し、視覚にレティクルを加えていく。続いて意識することによってレティクルに合った対象の距離を目視で測ってその中央に弾が飛ぶように調整していく。これだけなら稼働時間にそこまで差は出ない。問題はラッシュさんに言ってないもう一つの方だ。それは俺自らの強化。今までの索敵に、超音波振動でのソナーを組み込もうというのだ。言えば必ず止められる。だがやらないとさっきみたいに窮地に立たされる。

 俺は何も言わずにこっそりと索敵にソナーを追加した。これで同時使用している魔術は八個。脳のメモリ使用率は全力稼働で五割五分くらいか。

 ソナーの感知範囲はサーチと同程度からもうちょっと長い。多少ずれはあるが、これで完全ステルスの敵が出てきたとしてもそれが生き物で鼓動や呼吸で体が振動を発している限り、俺の探査の目からは逃げられない。

 しばらくすると各々が周辺調査を終えて戻ってくる。遠くまで行っていたのか、ミアの帰りが遅かった。

 各自報告。多くの足跡以外に特に目立ったものは無いが、ミアが収穫を上げていた。ここからしばらく上った地すべりが起きたまさにその場所に、洞窟を発見したとのこと。

 一時間ほどかけてミアの発見した洞窟へと向かう。その途中で雨に流されて分かりづらいがかたまった数の足跡を発見して一同身を引き締めた。

「ほら、あそこ」

 先導していたミアが指を指す。その先には、確かに大きな横穴がぽっかりと空いていた。足跡はその穴倉から出てくるように続いており、入っていく足跡は発見できない。

「これは……ダンジョンか?」と横穴を覗き込みながらラッシュさんが言う。

「まるでスタンピードでも起きた感じだな」

 足跡を見分していたジャックさんが呟いた。

 スタンピードはダンジョン内で魔物が大量発生した時に起こる現象だ。弱い魔物が押し出され、人里に餌や住処を求めて殺到する。確かにここ半年の魔物の移動や増加傾向はここでスタンピードが起きたと考えれば説明がつく。

「でもここにダンジョンがあるなんて話は聞いたことない。あったらアルベーヌ領はもっと潤ってるはず」

「確かに。ダンジョンがあったら魔物産業で活気づくからな」

 リューグの言葉にラッシュさんが頷く。ではこの横穴がダンジョンではないのかと言われれば、それは首を捻る他なかった。中に入る以外、調査する方法がない。だがここで焦らないのがラッシュさんのリーダーたる所以。物資の補給と一時撤退、同時にダンジョンらしき横穴の報告を優先すると言い渡した。その言葉に拍手を送る人物が一人。ジャックさんである。

「素晴らしい。冒険者は功を焦る傾向があるが、ラッシュ君には今何が必要かがちゃんとわかっている。他の皆も同じようだ。いいリーダーがいて、それを信頼してついていく仲間がいる。後進が育っているのを見るのは嬉しいものだ」

「ここでも教官気取りか。ブレないな、お前は。クックックッ」

 チェスターさんはずっと笑っている。最初は変な感じだったが少し慣れてくると格好も相まって不気味さが際立つ。

 とりあえず近くにある国境警備の第一ラインである砦とそれに付随する小さな町に戻ることにする。ジャックさんとチェスターさんもついてくるようだ。

町まで歩いて約二日。だがことの緊急性を鑑みて俺はあることをラッシュさんに進言する。ラッシュさんはガシガシと頭を掻くと、ジャックさんとチェスターさんの方に向き直る。

「今更ですが、お二人は冒険者の暗黙のルールを御存じですね?」

「無論だ。……どうした、そんなに改まって」

「今から見るものは他言無用に願います。……イリス、カーマンベルグまでゲートを開けるか?」

「私ではまだビーコンがないとロア周辺と自宅以外厳しいです」

「仕方がないか。シグルド、頼む」

 その言葉に俺はカーマンベルグ近郊の目立たない位置にゲートを展開する。開いた場所に人通りがないのは過去にチェック済みだ。と言うか立ち寄ったすべての街でゲートの候補地は確保している。

「ほう、君もポータルを使えるのか」

 その言葉に俺を含む金獅子の皆は固まった。

 この魔術を知っている。と言うことは、俺以前にこの魔術を完成させていた人物がいた?

「私の師匠が使っていた術だ。教えてもらったが、私は終ぞ習得できなかったよ」

「では、この魔術が外部に漏れる危険性も?」

「ああ。物流や往来が百年単位で進化する。革命と言ってもいい禁術だよ。まあ、禁術とは言っても技術の進歩が狂うとしか聞いていないし、個人で使う分には師匠も使い倒していたから問題ないとは思うがね。ああ、心配するな。チェスターも同門だ。もちろん知っている。……そうか、シグルド君に、イリス君も使えるのか」

「これ、俺たちはゲートって言ってましたけど、正式名称はポータルなんですね」

「ん? いや、ゲートのままでいいんじゃないか? ポータルは弟子の誰も習得できなかった師匠のオリジナルだし、半分失伝魔術と言っていい。発表もできないし、君の魔術は君の付けた名前が正式名だよ。それに同じものかどうかも分からないしな」

 ミスリルランクともなると規格外だというのは本当だった。いつぞやのキール支部長のミスリルになればミスリルだしなで済むという言葉にも信憑性を実感する。

 取り合えずゲートをくぐってカーマンベルグ近郊へ。ゲートを開いた洞窟前にビーコンを設置しておくことも忘れない。場所は街を取り囲む城壁のすぐ側。カーマンベルグには北門と南門しかないので東側、西側の城壁下は監視塔の死角にもなっている。さらに言えば商人や旅人にとってはここがライクロイック王国の北端に当たり、さらに北へ行くのはこの街に駐屯する兵士くらいなので街を迂回する者も居ないので最適な場所だった。

 出入りの少ない北門から街の中へ。その足で冒険者ギルドと伯爵家へ向かう。

 まずは冒険者ギルド。依頼の経過報告をラッシュさんとジャックさんにしてもらっている間に俺は買取受付へ。

「解体と買取をお願いしたいんですけど」

「承知しました。どのようなものですか?」

「いろいろあって把握しきれてないです。大物ばかりなんで解体所の方に案内していただけますか?」

 受付嬢に解体所の場所を聞いて向かう。どこも造りは同じだが、一応受付に話を通すのが礼儀だ。

「解体と買取お願いしたいんですけどー!」

 どこか活気のない解体所に声をかける。

「いらっしゃい。獲物はなんだ?」

 かくかくしかじか。アイテムボックスに手を突っ込みながら取ってきた獲物の数を伝える。

「お前さん、アイテムボックス持ちか。悪いがそれだけの量を買取できるだけの余裕が無い。解体も無理だ。スペースがな。肉系を優先的に出してくれると嬉しい。食い物はどうしたって需要が無くなんねぇからよ」

 そう言われたのでジャイアントボア、ソニックラクーン、ジャイアントスノーディアを出す。

「あとホワイトサラマンダー三匹くらいならいけるぞ」と言われたのでそれも出す。

「査定にはさすがに時間がかかる。血抜きが必要なんでな。ほれ、割符だ。明日の昼以降、また来てくれ」

 解体所を後にすると、報告を上げていた二人が二階から降りてくるところだった。

「何か情報はありましたか?」

「収穫なしだ。報告だけして終わったよ」

「こっちは解体に丸一日かかるみたいです」

「わかった。じゃあ、ちょっとゆっくりするか。とりあえず伯爵への報告が先だが」

「おや、辺境伯と知り合いか?」

「ああ。ご縁があってな」

 そんなことを言いながら伯爵家へ向かう。向かう道すがら屋台で串焼き肉を買い、昼食にする。

「シグルド。その塩味一口ちょーだい」

「またですか。ほれ、あーん」

「あー」

 ミアの口に串焼き肉を突っ込む。俺は塩派だがミアはタレ派なので必然的にこうなる。

もぐもぐと咀嚼するミア。その手に握られたタレの串焼き肉が俺に突き出される。

俺はジト目をしつつもミアが食べたのと同じ分だけタレの串焼き肉にかぶりつく。欲しいなら貰ったままにしとけばいいものなのに、ミアは俺が食べるまでしつこいのである。

「ミア君とシグルド君はいつもあんな感じか?」

「仕事中は真面目なんだがなぁ」

「良いじゃないか、微笑ましくて」

「若いってのは良いねぇ」

 後ろから何か聞こえるが無視だ。

 そうこうしているうちに伯爵邸に着く。門衛さんは俺たちの顔を知らないが、金獅子と言う冒険者パーティーが招待されたことは覚えていてくれたようで、門の前で待たされはしたがすぐに取り次いでくれた。

 門の前まで迎えが来る。俺たちを迎えてくれたのは、またしてもアンドレさんだった。

「お久しぶりです。お仲間を増やされたようですね」

「こちらはミスリルランクのジャックと……そういえばチェスターのランクは聞いてなかったな」

「私は金ランクだよ」

「かの有名なレヴァーガ王の高弟とお会いできて光栄です。私はアルベーヌ伯爵家で執事をさせて頂いております、アンドレと申します。以後、お見知りおきを」

「レヴァーガ?」

 聞きなれない名前にミアが首を捻る。

「私とチェスターの師匠だよ。レヴァーガ・ハイピスト。メレシア公国の前々公王だ。当時前公王だと知った時は私も驚いたが」

 ラッシュさんが前に言ってたアダマンタイトランクの人か。そういえばどこかの国王だって言ってたっけ。

 そんな会話をしている間に客室に到着する。前よりも広い部屋のようだ。だがソファの配置はあまり変わらないので、上座をジャックさんとチェスターさんに譲るようにして座る。

 メイドさんに入れてもらったお茶を飲んでいると、五分もしないうちにカスパル卿がやって来た。

「帰って来たか! おや、そちらの二人は……」

 貴族相手にふさわしい挨拶をしようとしたジャックさんをカスパル卿はいつもの調子でやめさせる。普通に名乗り合って話は変異体の魔物と発見されたダンジョンらしき穴の話になった。

「魔物の件は分かった。しかしダンジョン……、ダンジョンか。アラン砦の近くにそんなものがあったとは」

「状況を見るにほぼ確定で間違いないと思います。我々はこのままダンジョン内の調査に向かうつもりです」

「危険ではないかね?」

「それは承知の上。それに、一度受けた仕事ですから」

 ラッシュさんは強い目をして言った。その言葉にカスパル卿はしばし天を仰ぐと、覚悟を決めた顔をした。

「アラン砦に兵を集めさせる。何があっても街に被害は出させん。存分に君たちの本分を全うしてくるといい」

 未発見のダンジョン、それも変異体が湧き出してくるものなどに突入するなど、藪蛇になる可能性もある。カスパル卿はその後詰めをしてくれるというのだ。本当にありがたい話である。

「では迅速に対応するためにも手紙を出していただけますか?」

「そうか、あれを使ってきたのか。確かに早い方がいいか。なるべく本隊も急がせる。……で、今日は泊まっていけるかね?」

「いや、さすがにこう何度もご厄介になるわけには……」

「シグルド君だけでもいいんだ」

 その言葉に俺たち全員が頭疑問符を浮かべる。

「何か俺に用事ですか?」

「いやな、完成した風呂も見てほしいし、なによりエミリーが寂しがってな……。隣の部屋にいる」

 その言葉に俺は「あー……」と気の抜けた声を発して納得する。さっきからサーチに反応してる隣室の二人はエミリーちゃんとお付きのメイドさんあたりか。

「っていうか風呂完成したんですか。まだ二十日ちょっとですよ? 早くないですか?」

 と言いつつ俺は三日で作ったが。

「市井の職人も動員して作らせた。エリザとエミリエの圧が怖くて怖くて……」

 それは容易に想像できる。

「ラッシュさん、どうでしょう。どうせギルドの査定に一日かかりますし」

「こちらから頼んでいることだ。何も気にしなくていい。そちらの二人もな」

「ではお言葉に甘えて」

 ラッシュさんは苦笑いを浮かべながら答える。

その後エミリーちゃんと合流し、たっぷり遊んだ後、俺たちはダンジョン攻略について想定できることを話し合うのだった。なお、カスパル卿が無理をして作らせた風呂は流石に貴族の館にふさわしい豪華さだった。


 暗い穴倉を光魔術ライトの光を頼りに進んで行く。人影は七つ。俺たち金獅子と、ジャックさん、チェスターさんである。横穴は単なる自然洞窟のようにも見えるが、そうでないことは既に明白であった。

 また先頭を行くパワードスーツを着込んだ俺の常時発動させている直感に反応があった。足を止めて多重認識であたりを確認すると、地面に微かな魔力の違和感があるのが分かる。俺は銃槍で感知範囲を丸く地面に書き込むと、そこを避けて前へと進む。

 魔術が介入した罠の存在。それが、この洞窟がダンジョンであることを決定づけていた。

 ダンジョンとは何か。地球では電車の駅の地下の名称だったり、創作の中では宝物が眠っている場所だったりするが、この世界のダンジョンは生きているタイプだ。ダンジョンと言う名の魔物と言っていい。ダンジョンにはダンジョンコアと言うものがある。ダンジョンの核となるものだが、これが地下の魔力だまりに発生することによってダンジョンは生まれる。このことからダンジョンはダンジョンコアを本体とした寄生型の魔物として考えられている。またダンジョンはその性質上生物を呼び込む造りになっている。最初は弱い魔物。餌をダンジョン内で生産することによって魔物を呼び込み、その体内となる穴倉の中で殺し、魔石やその腐肉や屎尿を吸収して育つ。正確にはそれらに含まれる魔力を糧にして。そしてダンジョンは大きく、深くなっていく。そしてダンジョンはいつしか人に発見され、その中に人の益となる希少鉱物や魔道具、魔物を生産し始める。人の持つ魔力は多い。ダンジョンが人を呼び込むように進化するのはそれが原因だとも言われる。体系化された魔術をダンジョン内で人が使うことでもダンジョンの栄養になるらしい。だが最も栄養になるのは人の遺骸だ。その身に宿る魔力だ。だからダンジョンは宝物という甘い蜜で人を誘い、仕掛けた罠で人を殺すのだ。と言うのが博識なラッシュさんからの説明であった。王都の王立図書館に論文があるらしい。

 罠があるということは十分に成長したダンジョンであるということ。だがそんなダンジョンが未発見のまま残っているというのは少々おかしい。各員が疑問を胸にしながらも、その歩みを止めることは無かった。

 再び俺の直感に反応があった。だが今度は罠ではなく、聴覚への違和感。かすかに聞こえるずるずるとはい回る音と、小さな地面の振動。

 足を止め、ライトの光に指向性を持たせて前を注視する。十メートルほど先で右に曲がっているようだ。その曲がり角から、巨大な前足が覗く。ズンと地響きをさせて現れたのは巨大な灰色のヤモリ。真っ赤な舌をちろちろと出しながら、こちらを睥睨している。

「またバジリスクゲッコーか」

 落ち着いた声でジャックさんは言う。バジリスクゲッコーはその名の通りバジリスクと同じく石化能力を持つヤモリだ。住処とする洞窟を出ることは無いが、暗闇の中からいきなり石化ブレスを吐かれるので質が悪い。だが俺はそんなことはお構いなしに出合い頭の時点で衰弱弾を五発ほど打ち込み既に沈黙させている。

「制圧完了しました」

「シグルド君がいると便利だな。魔物を弱らせるなんて新人教育にもってこいじゃないか。どうだね、私と一緒に後進の育成に携わるというのは……」

「あげないよ!」

 ミアが俺を背に「フシャー‼」と猫人族らしい威嚇をする。

「とりあえずとどめさしませんか? 弱って動けないだけでまだ生きてるんで」

 俺はバジリスクゲッコーの頸動脈に喉元から銃槍を突き刺してその命を刈り取る。内蔵と目玉が薬の材料になるそうなので、そこにはなるべく傷はつけないように。血液の流れは体内の魔力の流れと一致するので知らない生き物でもじっくり観察すればなんとなく急所は分かるのである。

「これで五体目ですか。バジリスクゲッコーの巣なんですかね?」

「それはまだわからん。気を引き締めておけ」とラッシュさんは言うが、数で来なければ弱すぎてどうにも気が抜ける。それを言うとジャックさんがあきれた様な顔をした。

「いやいや、君がいなけりゃ十分厄介な相手だからな? 素早いし。なぜか倍くらい大きいし、さっきはチェスターのクロスボウも弾いたし。君がやってるのは行動不能になるまでライフスティール数回分を初手で一気に叩き込むっていう馬鹿げたことだからな?」

「こいつってそんな厄介な奴なんですか……」

 バジリスク同様、石化対策さえしておけば問題ないと思うが。

「シグルド。バジリスクゲッコーはとにかく面倒なんだ。本来ならもっと小さいから天井から降ってきたりするし、基本洞窟内だから出会い頭に最速でブレスを封じないとまず間違いなく石化して終わりだ」

 その言葉に俺は「へぇー」と間の抜けた声を出す。そんなことよりとラッシュさんが俺の残弾を気にしてきたが、それについては問題ない。材料となるタンポポっぽい植物はどこでも生えてるし、旅の合間合間に辺りを刈り尽くす勢いで生産したため衰弱弾だけでも二〇〇〇発くらいある。つまりは二〇〇発マガジンが十個ほど。殺傷弾に至っては材料が無限なのでちまちま作り続けて五〇〇〇発くらいある。ちなみに過去一発づつ弾込めするのを気に入っていた俺はある時から面倒くさくなり、マガジン内に弾を流し込めるように構造を改良している。

 そもそも弾が飛び出ないようにするストッパーなんて必要なかったと気づいたのは結構初期の頃だ。

 とりあえず邪魔なバジリスクゲッコーをアイテムボックスに突っ込み、一応石化を解除する魔道具を皆で起動させつつ先に進む。

 しばらく進むと横穴があり、下に下っているようだった。よく見れば階段のように地面が隆起している。

「浅いな」

 こんな入り口から近くに下への階段があるわけないとラッシュさんは言う。だがそれにとある説をとなえたのはミアだ。

「モールリザードあたりが掘ったんじゃない? もともと入り口は反対側にあったとか」

 モールリザードは地面に穴を掘ってその掘った土を主食にするトカゲである。尻尾が珍味らしいが、まず地上でお目にかかることは無い。

 とりあえず階段を降りるかこのまま進むか決をとる。進む方が多数派だった。

 横穴がいくつかあったがほとんどが小部屋。宝箱などもあったので斥候のリューグにトラップを解除しながら開けてもらいつつ進む。その中には面白いものもあった。

「リューグ、ストップ」

「どうした」

「その宝箱、多分魔物です」

「……ミミックボックス?」

「魔力の流れに違和感が。……えい」

 鍵穴の辺りを下向きに一突きすると「グゲェェェェ」と気味の悪い叫び声を上げながら蓋がパカリと開き、カマキリの腕のようなものが八本飛び出てくたっとなる。その腕の質感は虫と言うよりはカニやエビのそれに近いが。どのみちSAN値直葬不可避な見た目であった。しばらくすると箱から出ていた甲殻類っぽい腕は姿を変えてどろりとした液状になっており、箱の形だけが残っている。リューグが箱の中に溜まったスライム状の死骸の中を漁るが、収穫は無いようである。

 ちなみにミミックボックスはダンジョンでしか発見されていない魔物である。その特性を考えればさもありなんであるが。なお他の擬態するミミック種、ミミックロックなどは野生で存在する。中身の見た目も若干異なるが、擬態するガワが違うだけですべて同種ではないかという見解があることをラッシュさんが教えてくれた。ちなみにミミックボックスとその他のミミック種の違いは歩くための足があるかどうかである。

そんなものを見つけながら出てくる様々な魔物を蹴散らしつつ進むこと数時間。ついに俺たちは反対側へと到達する。俺たちの目の前には、崩落した土砂の壁。辺りには小石や礫が転がっている。

「状況から見てこの先に入り口があるのは間違いなさそうだな。今までの分かれ道も、逆順で進んでいるような感じだったから迷わなかった訳だし」

「おそらくそうだろうな。ちょっと待ってくれ。…………うん、二キロほど先まで埋まってる。その先は外だ」

 崩落した土壁に手をつけたジャックさんがそんな風に言う。

「振動魔術の応用ですか?」

「その感じだとシグルド君も使えるのか。君は魔術師ではないのだろう? その才能が恐ろしいよ。確かにこれは振動を発生させる魔術、バイブレーションの応用だ。私はエコーと呼んでいるが」

 ジャックさんが手のひらについた土を払う。その隣ではラッシュさんが時計を見ていた。

「お、その刻印はクロイツ工房の?」

「ああ。だいぶ奮発したけどな。……階段のあった位置まで戻ると外では深夜になるな。どこかでベースを確保しないと」

 そう言ってラッシュさんは先頭を歩き始める。

 ちなみにだが金獅子では俺が以前伝えてひと悶着起こした脳への身体強化魔術を全員が利用するに至っている。理由は単純で、実用性が高いから。思考力、記憶力などが向上するため、おそらく今ラッシュさんの頭の中には俺と同じように脳内マッピングで作り上げられたこのダンジョンの地図があるはずである。ついでにこの脳強化、知覚領域も拡張されているので俺が以前から言っていた脳のメモリが増えて使用できる魔術の量が増えるというのもしっかり認識された。

 また数時間かけて道を戻る。が、途中でミアの腹が鳴った。ラッシュさんが時計を見ると晩飯時。スペースを求めて近くの小部屋に入る。

ラッシュさんに言われて鍋やらコンロやらフライパンやら食器やらを取り出す。ちなみにいつもは焚火だが、洞窟内なので火が使えないため本邦初公開である俺作の魔術コンロである。ちなみにダンジョン内で料理をする冒険者はいない。セーフエリアなんて気の利いた場所は無い上に焚火を使うと酸欠になる可能性が高いからである。なお、火系魔術を使うだけなら燃料となるのは魔力だけなので問題ない。問題なのはそれが別のものに燃え移って燃焼した結果起こる酸素濃度の低下である。だから基本的に洞窟内で火魔法を使った戦闘は厳禁なのである。ちなみにダンジョン内に発生する魔物は普通に炎を吐いたりする。それによって魔物が自滅することもあるらしい。しかしそれでもダンジョンが魔物の巣窟となるのはダンジョンが環境を整える自浄作用を持つからであり、またそれがダンジョンが生き物と言われる所以でもある。

 ちなみに今日の料理当番は俺である。料理なんてしたこともなかったが、栄養管理をし始めた頃に料理に口を出したところ「文句があるなら自分で作れ」と言われてそれもそうかと思った次第。ミアやイリスさんに教えてもらった他、跳び兎亭の料理長、リリーさんの旦那さんに教えてもらったりするなどして料理当番の座をもぎ取ることに成功した。

 今日のメニューはチキン、もとい、コカトリスのトマトスープ。コンソメスープっぽい出汁はずっと作り続けているので問題ない。コカトリスの胸肉とブラックホーンブルという黒光りする角をもつ牛のすね挽肉、タマネギ、ニンジン、セロリ……のような野菜類を入れて黒コショウと数種のハーブを入れて灰汁を取りながらコトコト弱火でじっくり煮込んで布で漉したものだ。作り方はリリーさんの旦那さんに教えてもらった。食材を無駄には出来ないので漉した後の肉と野菜の細切れの塊はコカトリスの挽肉を足してから肉団子にしてハンバーグにしたりして出している。今日も和風のつくねハンバーグにして食べてもらう。

 ともかく今日のメインはトマトスープだ。コンソメもどきをベースに料理に便利なので作り置きしてあるトマトもどきのペーストを入れて、コカトリスのもも肉とざく切りにしたキャベツもどきとニンジンもどき、カットしたトマトもどきを入れてコトコト煮込む。塩で味を調えたら完成だ。パセリっぽいハーブと黒コショウを足すのはお好みで。

 ちなみに野菜ペースト類は便利なので最近暇があるときに作り置きしている。夏場になったらバジルっぽい葉のペーストとオリーブオイルっぽい油を使った冷製パスタなんかもいいかもしれない。また俺の料理自体も時間短縮目的で一度に大量に作って作り置きだ。今回はストックが無くなったから作ったが。

 こんなことができるのも時間経過がないアイテムボックスのおかげである。

 とりあえず作り終えたトマトスープとつくねハンバーグを挟んだ黒パンのハンバーガーを配り終える。

「シグルドの飯は美味いけど、作ると出来るまで長いんだよなぁ」

「飯屋と遜色ないから俺は待てる。……ダンジョン内でやることじゃないけど」

 ミアとイリスさんは俺が来るまで食事を預かっていた身として思うところがあるのか俺の作った食事をパクつきながら唸っている。

「絶対あたしたち超えられてるよね?」

「女としての沽券に関わります。前々から思っていましたが、由々しき事態です。……でもおいしいんですよねぇ。たまにしか作らないのに何故これほどの差が……。あとは食べすぎさえしなければ。食べすぎさえ、しなければ……ッ」

 そんなことをいいつつしっかりおかわりするイリスさんである。ミアもおかわりするが彼女は気にしない。代謝がいいのか割と食べるくせに脂肪が少ないのだ。まあ、一部を除いてだが。だがそれもイリスさんには少し及ばない。

 イリスさんは腹回りの肉を気にしているがそんなことは俺がさせない。イリスさんが気にしだす前に仕入れる肉を鶏ささみメインにしたり野菜を多く摂るようにさせたり食べ過ぎないように釘を指したりしている。俺が見るにまだ大丈夫。あとは酒だが、あれを辞めさせるのは無理だ。

 ジャックさんとチェスターさんにも渡して食べてもらうが、問題は無さそうだ。俺たちの一般的には異常な行動に平然と順応しているあたり流石ミスリルとそれについていく男という所か。

 自作の寸胴一つとちょっと残ったチキントマトスープをアイテムボックスに片づけ、俺も自分の分を食べる。俺はだいたい器一杯で腹いっぱいだ。というか黒パンがボリュームあるので二杯も食べると食べ過ぎになる。

 スープのチキンを一口。まだ味が染み切っていないが美味い。

 自分で作ると好きな味付けにできるからいいよね。

 とりあえず食べ進める。食事中でも索敵はしっかり行っているが、近くには全くと言っていいほど反応がない。遠くと下階にはいるようだが、近づいてきたり登ってくるような気配はない。その辺をラッシュさんに伝えると、「多分近くのは狩り尽くしたんだろう」とのこと。つまるところ、いなくなった場所に魔物がまた居つくまで時間がかかるということだ。

 今日はもう遅く、後は寝るだけなのだが、ここで問題が一つ。

「やはりゲートは使えないか……」

「いや、使えることは使えるんですけど……」

 俺はゲート展開するが、その光の門は弱弱しく明滅している。光の門の向こうは繋がったり繋がらなかったりと安定しない。ビーコンを併用した魔道具の方はまだましだが、やはり安定性に乏しく使わせられたものじゃない。

 それに分かりやすく反応したのはミアとイリスさんである。現実に納得はしながらも感情は納得したくないと言ったところか。特にイリスさんのゲートは繋がりすらしなくて助かった。これで繋がってたら強行しかねない。

 しかし何故ゲートが使えないのか。俺が首を捻っていると、ジャックさんが答えをくれる。

「ダンジョンの中ではメールボックスも使えないからな。おそらく、ダンジョンに満ちている魔力がダンジョン内外を行き来するときに影響してるんだろう」

 そう言われてダンジョンの外からは中の敵の様子がさっぱり分からず、ただの穴倉に見えたことを思い出す。生き物が飲み込んだものをサーチで追えなくなるのと同じ感じなのかもしれない。

 とりあえず風呂は諦めて各々寝袋代わりの毛布を片手に寝床を決める。今日の俺の見張り番は最近早起きなこともあって最後の方だ。なお俺たちのローテーションにジャックさんとチェスターさんは含まれない。二人ともソロ活動を念頭に置いた生活をしているそうなので、そんなに長くまとまって眠れないらしい。ダンジョン内と言うこともあるので二人体制になった。

 毛布にくるまり体を硬い地面に横たえる。なんとなく初めてこの世界に来た日の事を思い出した。だがあの日と違うのは、俺を気にする奴がいること。

 スリープをかけようと翳した俺の手を止める手。ミアだった。

「何してるんですか」

「いや、くっついて寝ようと思って」

「なにゆえに」

「んー。シグルドさ、あたしがくっついてるときとか割と眠そうにしてるじゃない? そうしたらスリープ使わなくても寝れないかなって。あと今日は珍しく雑魚寝だし」

 そういうミアに俺は反論を持ち合わせなかった。実際、ミアと触れ合っていると緊張がそがれるのか眠くなることが多い。

 俺が答えに困窮していると、ミアは俺を包む毛布ごと自分の毛布の中に入れ、正面から俺の頭を抱きかかえた。服の上から軽鎧を外したミアの胸元に俺の顔が埋まる。ずっと息を止めている訳にもいかないのであきらめて息を吸うと、いつもの風呂上がりのちょっとお高い植物性石鹸と香油の匂いとは違ったミア個人の汗と皮脂のほのかに甘い匂いが強く俺を包んだ。

それだけで、なぜこんなにも安心できるのだろうか。答えは分かっているが、今の俺はその事実に何を感じることもない。ただありのままに享受するだけだ。

「ふぁ……」と俺の口から欠伸が漏れた。自分が居れば俺の眠気を誘えるだろうというミアの推測は当たっていたらしい。

 俺はもともとする気も無かった抵抗を諦めて、柔らかさと暖かさ、どこか安心を覚える匂いに身を委ねて眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ