2 仲間
心地よい風が頬を撫でていく感触があった。視界は暗く、背中には草の感触がある。
どうやら俺は居眠っていたらしい。
さくさくと草を踏みしめる音が聞こえる。その音は俺のそばへと近づくと、今度は頬に棒のようなものを押し当てられるような感触があった。
「おーぃ、旅人さん。こんなとこで寝てると身包み剝がされるよ」
ゆっくりと頭が覚醒していく。閉じていた瞼を開くと、俺の頬を突きながら大きな背負子を背負った一人の若い女性がその薄い金色の瞳で俺の顔を覗き込んでいた。栗色のロングウルフカットの頭からはいかにもファンタジーな代物が覗いている。
「……猫耳だ」
「そりゃあたしは猫人族だからね。ていうか早く起きなよ。この辺は少ないけど盗賊もいないわけじゃないんだから。それとも自力じゃ起きられない?」
手を引かれて体を起こす。神様によれば生前の姿のまま送ってくれるということだったから、俺の体は身長一七五センチの体重六〇キロ。そんな俺を片手で引っ張り上げた彼女の膂力はその細腕に対して高いようだ。
彼女の後ろを見れば、男性が二人、女性が一人、周囲を警戒している。
「あの、えっと……」
立ち上がり、掴まれたまま上げられた手首に理由がわからず視線を彷徨わせる。彷徨った挙句の果てに腰に下げた剣の柄に手がかかっている猫人族の彼女の右手を見つけて斬られると思い、ブワッと冷汗が出た。
「……ほんとに居眠ってただけみたいね」
しばらくして出たその言葉に、後ろの三人も警戒を解いた。詳しく聞いてみると、けが人などに見せかけた囮を使って冒険者や商人を襲撃する輩がそこそこいるらしい。
「物騒ですね」
「いやいや、こんなところで昼寝してた人が言うセリフじゃないから」
体を伸ばしながらそんなことを言うと、盛大に猫人族の女性からツッコミが入った。
「ミア、そろそろ出発しよう。怪我人なら救助義務があるが、彼は寝てただけみたいだしな。いや、昼寝の邪魔をして悪かった。どうする。もうひと眠りしていくか?」
後ろにいた男性陣のうち、一人がっしりとした鎧を着用しラウンドシールドを背負った大柄ないかにもリーダーですって方が口元をにやりとさせながらそんな風に聞いてくる。
全く、嫌な聞き方をしてくる。盗賊が出ると聞いて二度寝などしていられるものか。
「いえ、やめときます」
「それがいいだろうな」と大柄な男が笑う。身長一九〇センチはありそうな短髪でゴリゴリのマッチョメンだが、彫が深めのイケメンだからだろうか。実に爽やかな笑顔だった。
「我々はロアの街に向かう。道中気をつけてな」
そのまま置いて行かれそうなところを慌てて引き留める。
「あの、方向が一緒なのでご一緒させていただけませんか」
嘘も方便である。
四人が顔を見合わせた。
「それは依頼ということか?」
代表してリーダーさんが問いかける。依頼か、と聞いてくるということは彼らは傭兵や冒険者なのだろう。
あわてて身に着けていた鞄を探る。が、金になりそうなものは何もない。
「すいません、持ち合わせは無くて……」
「いや、金額の問題じゃないんだ。ギルドの規定で緊急時の救助活動以外、ギルドを通さない依頼は受けてはいけないんだ。君は冒険者じゃないだろうから知らないかもしれないが」
「そう、ですか」
困った。自分の戦力も把握できない状況では一人で行動するのは危ない。何せ俺はこの世界の常識すら知らないのだから。
だが、意外なところから助け舟が上がった。
「でも、抜け道はありますよね」
ぱちんとウィンクをしながら俺のほうを見たのは、若草色のローブを着た女性。長いブロンド髪に隠れていたが、長く尖った耳は森人族の証だ。
「ポーターとして雇えばいいんですよ」
「荷運びか。確かに可能ではあるが……」
リーダーさんが弓持ちさんにどうだと目で問いかける。
「害意は、ないと思う。でもただ働きは御免。……兄さん、何かできる?」
どうやらまだ少し警戒されているらしい。それはそれとして、自分にできることを考える。自分の体形はどちらかと言えば細い方だ。決して体力があるようには見えないはずだ。ポーターと言われてリーダーさんが難色を示したのはそういうことだろう。
神様に頼んで魔法は全属性使えるようにしてもらっている。ということは、荷運びに使えると言えばアイテムボックスあたりができれば問題ないだろうか。
心の中で唱える。アイテムボックス、アイテムボックス。自分の中でできそうという感触ができるという確信に変わる。
「これでどうですかね」
自分の右隣にアイテムボックスを出現させる。この世界の魔法は、イメージさえできれば特に詠唱は必要ないらしい。
「ほぅ、アイテムボックスが使えるのか」
四人が頷く。どうやら同行を認めてもらえるらしい。
「俺はこのパーティー、金獅子のリーダー、ラッシュだ」
リーダーさん、もとい、ラッシュさんが手を差し出してきたのでその手を取る。
「こっちの弓使いはリューグ。斥候だ」
「よろしく。でも、一応警戒はさせてもらう」
当然の反応なので目を見て頷く。背は同じくらいだろうか。濃紺の髪に鋭い鳶色の目が狼っぽい。
「こっちの森人族はイリス。パーティーの回復役だ」
「よろしくお願いしますね。一応攻撃魔術も使えますよ。狩りには火力過剰なのであまり使いませんけど」
ウフフと口元を隠すイリスさん。ゆるくウェーブのかかった金髪で、身長は俺より少し低いくらい。ローブの間から覗く巨乳が大変魅力的だったが、俺の視線は彼女の顔を見たままで固定される。ほんわか美人なのだが、なぜか逆らっちゃいけないオーラがすごかった。この人だけは怒らせてはなるまい。多分。ちなみに神様が言うには種族による寿命の違いは無いらしい。
「最後にこっちの猫人族が……」
「ミアだよー。よろしく。早速なんだけど、この背負子、アイテムボックスに入れてくんない?」
俺と目線が同じミアさんは、そう言って背中の背負子をドスンと置いた。少し地面が揺れた気がする。
とりあえず掴んで持ち上げようとしてみる。だがびくともしない。まるで電磁石で地面に吸い付いているみたいだった。
「重ッ」
「ミア……。その背負子、圧縮袋も入ってるんだぞ。身体強化するか獣人じゃないと持てるわけないだろう」
ラッシュさんがあきれたように言い、忘れてたとばかりにちろりと舌を出したミアさんが頭を掻く。その姿はぱっと見キリリとしたスレンダー美人なことも相まって大変可愛らしかった。
「身体強化……」
これは自分も忘れていたことだった。獣人族に過剰な適性があるだけで、人間の俺が使えないわけではない。というわけで、今度は身体強化を念じてみる。これもできそうだ。
「ふんっ」
重い。それはもう大変重いが、持ち上がらないことはない。なんとか背負子を引き揚げ、アイテムボックスに突っ込む。いい仕事したと額の汗を拭うと、四人が唖然とした顔でこちらを見ているのが見えた。
「お前、身体強化もそのレベルで使えるのか……」
「二級魔術師レベル。ほんとに護衛必要か?」
「ま、まぁ、人間族でもまれに適性の高い方はいらっしゃいますし。ね?」
「ほぇ~。それ一応二〇〇キロくらいあるんだけど、すごいね」
神様、チートは渡せないんじゃなかったんですか。この世界の人間でもできないことはないと。そうですか。
「おっと、そういえばこちらの紹介ばかりで名前を聞くのを忘れていたな」
そういうラッシュさんに自分の名前を答えようとして、一瞬留まる。
今俺は本名、つまり、転生前の名前を名乗ろうとした。だがそれは、今の俺ではない。せっかく新しい世界に来たのだ。ものと名前に不満はないが、新しい自分を名乗ってもよいのではなかろうか。そう思った俺は、生前ゲームでつけていたお気に入りのキャラ名を名乗ることにした。
「シグルドです。お世話になります」
本名はもちろん日本式の名前だ。それを名乗ることによる余計な混乱を避けたのも理由の一つではある。だがせっかくのファンタジー世界だ。ファンタジーの住人になりきるのも楽しそうだった。
ロアの街まで、徒歩で二日ほどかかる。田舎から出てきて、始めてロアの街に行くのだという設定にして話を聞いてみるとそういうことらしい。
「ということで今日はこの辺で野宿だ。シグルドさん、ミアの背負子を出してくれ」
しばらく他愛もない会話をしながら森林脇の街道を歩いていると、少し開けた広場のようになっているところでラッシュさんがそんなことを言い出した。ふと見れば日は既に傾き、空がオレンジ色になっている。
言われた通りに背負子をアイテムボックスから出す。もちろん身体強化はフルで使った。
ミアさんはそれを受け取ると、止ひもを外して容量一〇リットルくらいの麻袋を引っ張り出した。その中におもむろに手を突っ込むと、棒やら布やら明らかに麻袋のサイズを超えているものを次々と取り出す。
「これが圧縮袋か」
「ん、見たことなかったか?」
そう言うラッシュさんは「まぁ冒険者か商人くらいじゃないと使わんか」と一人納得したような顔をしている。
知らなかったのはこの世界にきてまだ一日目だからというためだが、都合のいい勘違いをしてくれているので全力でスルーである。
それとなく聞いてみると、圧縮袋とは空間魔術を付与した入れ物の総称で、基本的に全体の重さは変えられないがその容量は一〇から二〇倍にもなるらしい。この辺の誤差は魔道具職人の力量によるようだ。また圧縮袋は完全なアイテムボックスを魔道具化しようとして失敗したものらしいとイリスさんが教えてくれた。また、完全な形でアイテムボックスを付与できると小型のものはアイテムポーチ、大型のものは収納袋と呼ばれるらしい。あと、会話の流れで分かったがこの世界の体系化された魔法は魔術と呼ばれているらしい。
「付与術、か」
俺は口の中でその言葉を転がす。そしておもむろに下げていた鞄の中身をすべて地面にぶちまけると、付与術を発動した。
「付与、アイテムボックス」
成功するか不安だったので、イメージを固めるために言葉にする。
その言葉に一同がギョッとした。手をかざした鞄がいきなり現れた魔術陣に包まれると、そのあとに残ったのは何も変わらない鞄だけだった。
俺はおもむろに立ち上がると、近くにあった小さな岩に近づく。フンッと持ち上げてみてそこそこ重いことを確認すると、それをアイテムボックスを付与した鞄に入れてみた。
思った通り、重さは感じない。
「ラッシュさん、これ持ってみてください」
「あ、あぁ」
おずおずとラッシュさんが鞄を受け取る。肩ひもを掴み、筋トレのように上下する。
目で確認されたので許可すると、残りの三人の手にも渡り、皆同じように重さを確かめる。そして帰ってきた鞄を俺が逆さまにしてさっきの岩出て来いと念じると、先ほど入れた岩がドスンと重い音を立てて地面に落ちた。ちなみに念じたのは逆さまにしただけだと岩が落ちてこなかったからだ。どうやら取り出す対象をイメージする必要があるらしい。
異世界にきてやりたいことの前段階が成功して小躍りしそうな俺だったが、周りの反応を見てぐっとこらえる。
「あ、野営の邪魔してすいません。俺、なんか食えそうなもの探してきますね」
いそいそと鞄の中身を戻す俺に、いやいやいや、と四人の声が重なった。
「お前、魔道具職人だったのか!」
「生産系の付与術は初めて見ました……」
「ねぇ、うちらの圧縮袋全部収納袋にできる? ねぇ⁉」
「シグルドさん。食えるものって、こんな時間から何する気?」
ラッシュさんは驚き、イリスさんは呆れ、ミアさんは目を輝かせ、リューグさんは疑問を口にする。
「ラッシュさん、職人ではないです。気ままな自由人のつもりなので。イリスさん、後で魔術についていくつか教えてもらえると助かります。ミアさん、作り変えるのは吝かではありませんが保証はしませんよ。あとリューグさん、食料探しはサーチを使えば簡単でしょ?」
「サーチは俺も使える。でも、魔物を見つけるための魔術のはず」
「え、探査の魔術ですよね?」
「うん」
どうにもリューグさんとの認識が合わない。パーティーの中で一番魔術に精通してそうなイリスさんに目を向けると、彼女も困ったように眉を八の字にしていた。
不思議に思ってサーチを使ってみる。俺の限界は半径二キロほど。すぐに食べられるもの、特に大ぶりな木の実なんかを思って探すと案外あっさり見つかった。
「あっちの方向に百メートルくらい行ったところに何かありますね。取ってきます」
「信用できないから俺も行く。任せていいか?」
見事に警戒されている。それだけ信用がおけるというものだが。
ジト目のリューグさんを伴って森の中に入っていくと、目的の場所に実のなる木が五、六本生えていた。見た目、まんま梨だった。
「ラフスの実。さっぱりしてて美味い。コンポートにしてパイにすると酸味が強くなった甘みと合わさって絶品」
甘いもの、好きなのだろうか。
「取りすぎない程度に取っていきましょうか」
手ごろなところをもいでいく。料理にするのかそのまま食べるのか聞かれたのでそのまま食べようと思っていることを伝えると、比較的熟したものをリューグさんが無繕ってくれた。料理やお菓子に使う場合は少し酸味の残った熟しきっていないものの方が適しているらしい。
「シグルドさん、肉、探せる?」
「肉ですか。例えば?」
「ウサギとか、イノシシとか」
今度はそれをイメージしてサーチを使う。ウサギは見つからなかったが、イノシシの反応がもうちょっと奥の方に二か所あった。
「あっちとこっちにイノシシがいますね。とりあえず近い方に……」
歩き出そうとした俺の肩をガシッと掴まれる。俺よりちょっと低いくらいのリューグさんの瞳が俺を見ていた。
「魔術はイメージ。同じ魔術ならシグルドさんにできて俺にできない道理はない。教えてくれ」
それは懇願と言っても過言ではなかった。結構向上心の強い人なのかもしれない。
俺の中でサーチは探し物をする魔術というイメージだ。探したい対象を強くイメージしながらサーチを使えば、対応した反応が返ってくる感じ。ソナーのような感覚と言えばいいだろうか。
「探したいものを強くイメージする……。やってみる。……イノシシ、サーチ」
リューグさんからさざ波のように何かが流れ出る。このかすかに感じる波が魔力なのだろうか。そのまま見守っていると、しばらく目をつぶっていたリューグさんが目をゆっくりと開いて俺のほうを見た。小さな変化だがその表情を見るに、どうやら成功したらしい。
「これは便利。狩ってくるから、合図したら来てほしい。アイテムボックス使いたい」
「一緒に行けばいいのでは?」
「気配の消し方、素人。というか消すっていう意識がない」
言われてみればもっともなので、弓に弦を張り藪の中を行くリューグさんを見送る。
待ったのは十分ほどだろうか。ピュイと指笛の音が聞こえたので音のする方向に向かっていく。すると、こっちこっちと手招きするリューグさんを見つけ、その足元には大きなイノシシが額に矢を受けて絶命していた。
「イノシシの頭蓋骨って結構硬かったと思うんですが」
どうやら一撃で仕留めたらしい。見れば矢じりの部分は完全に脳髄に埋まっている。
「強化魔術。ただの貫通力強化だから付与魔術としてはこっちのほうが一般的なはずだけど?」
おもむろに拾い上げた小指の先ほどの小石をリューグさんが指弾で飛ばす。そこそこの勢いで飛んで行った小石はメリッと着弾点にあった木にめり込んだ。
何とも言えない沈黙があたりを支配する。が、先に沈黙を破ったのはリューグさんだった。
「もう日が落ちる。早く戻ろう」
リューグさんはとても何か言いたげだったが、ここで突っ込んでも藪蛇にしかならないので黙ってついていく。もちろんリューグさんが狩ったイノシシはアイテムボックスに突っ込んである。
連れだって野営地に戻ると、すでにテントが二張り張られ、焚火の準備がしてあった。
「梨……ラフスの実がありました」
「ほう、それはいいな」
アイテムボックスからラフスの実を十個ほど取り出すと、ラッシュさんが顔を綻ばせた。やはり旅ともなると新鮮な果実や野菜の類はありがたいらしい。
出された皿の上にラフスの実を積んでいると、横腹を肘で突かれた。リューグさんだ。
「あぁ、あれですね」
首をかしげる三人を無視してアイテムボックスからそれを取り出す。ずるりと姿を現す大ぶりのイノシシをみて「おぉ」と三人から声が上がった。
「よく見つけましたねぇ。それもシグルドさんのサーチですか?」
「いや、これは……」
リューグさんのほうを見る。表情に乏しい彼だが、その表情は少し自慢げに見えた。
「リューグがどや顔してる……。ってことはリューグがサーチで見つけたの⁉」
「シグルドさん?」
後ろから声がかけられ俺の体がビクゥッと跳ねる。その声にひどく怖いものを感じて。
「魔術について、少し語らいませんか。イノシシの血抜きも少し時間がかかりますし。ね?」
すごい力で肩を掴まれイリスさんの笑顔が迫ってくる。
ものすごく痛いんだけど身体強化使ってませんかね、これ。逃がす気ありませんよね。
まぁ、元より逃げる気力もないのだが。
「ん?」
イリスさんの剣幕にたじたじになっていると、ミアさんと協力して近くの木に吊り下げたイノシシの首を切り裂いたリューグさんが訝しげな声を上げた。
「どうした、リューグ?」
「……何でもない」
「そうか?」と首をひねるもののそれ以上は突っ込まないラッシュさん。あまり細かいことを気にしないタイプのようだ。俺も若干気になったが、矢継ぎ早に畳みかけてくるイリスさんの対応が続いたせいで気にするところではなかった。
少し時間がたち、俺がイリスさんの質問攻めに疲弊しきった頃。ラッシュさんの「飯ができたからそのへんにしとけ」という声に意識を向けてみると、辺りにはいい匂いが漂っていた。
肉の焼けたいい匂いだ。それにスープだろうか、串焼きが並べられた焚火には鍋が設置してあった。
「イリスぅ~。明日の料理番、交代ね?」
かすかに怒気を孕んだミアさんの声。どうやら本来今日料理するのはイリスさんの番だったらしい。
「俺はミアのご飯のほうが好み。ちょっと濃いけど」
「俺もなぁ。森人族式は味が薄いっていうかパンチが少ないっていうか……」
こっそりと男性陣がぼやく。だがそのボヤキはばっちりと女性陣の耳に届いたようで。
「作れないくせに文句を言うやつには食う資格は無い」
「それは私の料理がマズイとおっしゃりたいのですか?」
ミアさんは呆れ、イリスさんはウフフと笑いながらうっすらと青筋を浮かべている。
構図はまさしく妻の料理に文句を言って怒られる旦那の図。
というかこのパーティー、料理は女性陣に頼り切ってるらしい。パワーバランスが見て取れるというものである。
「まぁまぁ、お二人とも」
静かにキレる女性陣をなだめる。それを見てフンと鼻を鳴らしたミアさんは取り上げていた器を二人に手渡す。
俺もスープと串焼きを受け取って焚火のそばに腰を下ろした。
「いただきます」
手を合わせていると不思議そうに俺のことを見る四対の目。
「何か?」
「いや、聞いたことのない祈りだと思ってな」
代表してラッシュさんが答える。日本の習慣から何も考えずに口にしたが、こちらの人からしたら異世界の宗教観。不思議に思うのも無理はない。
「あぁ~……、故郷の風習ですね」
「そうか」と短く返したラッシュさんは食事を口にする。俺も習ってスープを口に含むと、野性味あふれる肉の味と塩味が口に広がった。鼻に抜けるハーブの香りは強く、リューグさんが言うように、味が濃い気がする。決して不味いわけではないが。
「口に合わない?」
そんなに微妙な顔をしていたのだろうか。不安そうな目をしたミアさんがおずおずと聞いてくる。物足りなく感じるのは決して作ってくれたご飯が不味いからではなく、味が洗練された、というか多種多様な調味料や旨味などの食に対する研究が進んでいた元居た世界と比べてしまったからではあるのだが。病院食ですらそこそこおいしいのがいけない。
「おいしいですよ」
俺は自然な笑顔でそう言った。だが思っていたことは隠しきれないようで。
「無理はしなくていいよ。旅の料理なんて食べれれば御の字みたいなところあるし。あたしも得意ってわけじゃないからね。でも、ありがと」
うちの男どもに比べればおいしいといってくれるだけうれしいと、その顔が雄弁に物語っていた。
「そういや、保存食は持ってないの?」
ふと思い出したようにミアさんにそんなことを聞かれる。見れば、金獅子の皆は焦げ茶色をした硬そうなパンをスープに浸しながら食べていた。
あれが異世界転生物によく出てくる黒パンかと感動している横から、ミアさんのアイテムボックス持ってるでしょという視線が突き刺さる。
「あー。もういっこ鞄を持ってたんですが、失くしてしまって。食料はそっちに」
そういう設定で押し通す。
「そか。じゃぁ私が分けてあげる」
疑った様子もなく、ミアさんは鞄から黒パンを取り出すと、手で割いて半分手渡してくれた。
「いいんですか?」
「まだいくつかあるからね。それに今日はシグルドさんのおかげで食事も豪勢だし。黒パンなら半分で十分かな」
そういうミアさんの耳はぴこぴこ、尻尾はゆらゆら。なんとなくわかってはいたが、ここでイリスさんからの「久しぶりに料理を褒められて照れてるんですよ」という解説が入る。
もらった黒パンをちぎってスープと一緒に食べる。ほのかなパンの酸味と塩味がよく合っているが、それでもやはり味が濃い。串焼き肉も同様、少し塩と香辛料がきつい気がする。でも一応、「パンと合わせるとおいしいですね」なんて言うと、尻尾のくねりが強くなった。
「そういや、」と食事を終えたラッシュさんがデザートにと提供したラフスの実にかぶりつきながら口を開く。
「イリス。お前、随分熱心だったが何か収穫はあったのか?」
「ッ。そうでしたッ。皆さん聞いてくださいよ、シグルドさん、私と同じ全属性持ちらしいんです。それに無属性も使いこなせるようだし!」
「おぉう、そうか。でも全属性持ちは珍しくもないだろ。器用貧乏とか言われるくらいだし。まあそれに無属性まで加わると確かに珍しいか。いないわけではないが」
「それはそうなんですけど、レベルが違うんです。見ててください」
イリスさんはおもむろに右の掌を上向きに出すとその手に炎を纏わせる。火属性の魔術で最も簡単な発火の魔術だ。なおこれを投げ飛ばすと火球の魔術となり、火属性の適性を見るのに使われる。なんでも、適性がないと手元を離れた魔術の制御は一気に難しくなるらしい。
「発火だな」
「普通の発火」
「ではシグルドさん、お手本を」
「お手本って……。まぁやりますけど」
飲み干したスープの器を置くと、俺も右手を出し、発火の魔術を発現させる。
「普通の発火だな」
「ここからですよ、彼がすごいのは」
俺は現代日本の知識を使って燃えるものと燃えるときの状態を明確にイメージしなおす。すると右手の炎が光を増し、最終的に青白くゴウと燃え上がった。
想像したのはガスバーナー。メタンなどの可燃性ガスに引火し、よく酸素が行き渡った完全燃焼のイメージ。それだけで、発火の魔術は蒼炎とも呼べるようなものに昇華される。
ちなみに二属性以上の魔術を組み合わせる混成魔術の話を聞いたときに生前やっていたゲームのイメージでこっそり闇属性の生命力を奪う魔術ライフスティールと発火を興味本位で合わせてみたらイメージ通りの黒い炎が生まれた。聞いたところ炎と闇の混成魔術はないらしく、これまで見せるとイリスさんが歓喜で発狂しそうだったので封印したが。
「炎に塩を入れると黄色くなるのは知ってるが、これも同じような理屈か?」
「ほんとにそう思ってますか?」
イリスさんがジト目で問いかける。肌で感じる熱量が違うだろとその目が言っていた。それにラッシュさんは両手を上げてフッと笑う。どうやら違うことは最初からわかっていたらしい。
「私は、……これが限界です」
そう言ったイリスさんの右手の炎に蒼い輝きが混じる。
「……シグルドさん。別に詮索はしないが、俺は君がリフリス帝国から流れてきた研究者だと言われても信じるよ」
「リフリス?」
「魔術で稼いでる大国だ。軍事力でも世界有数だな。その反応も嘘なのか本当なのか」
ラッシュさんがそういって後ろに倒れこむ。「今日も星がきれいだなー」などと聞こえるボヤキは現実逃避の証か。
「ラッシュ」
「なんだー、リューグ」
「確保?」
「お前がそこまで言うか。気に入られたもんだ」
「私も賛成です。彼と魔術談議がしたいです」
「ミアは。どう思う?」
俺とミアさんの視線が交わる。これは勧誘される流れだろうか。
「いいんじゃない。アイテムボックス持ちを入れようかって話は前から出てたんだし」
ミアさんの目がすっと細くなる。一瞬言葉の裏を疑ったが、口元が笑っていたので肯定らしい。
「俺以外が勧誘派かぁ」
「あら、リーダーは反対ですか?」
「いや、欲しい人材ではあるし、流すには惜しい人材でもあるんだがな。第一俺たちはまだ互いのことをよく知らん。これが何回か仕事をしてたりなにかしらの噂がある奴なら別なんだが……」
それにいきなりパーティーに入らないかと言われても俺が困るだろう、とラッシュさんは気を使ってくれる。
細かいことは気にしないが、気配りはできるらしい。それにパーティーに不和が起きないように慎重になれている。この時点で、ラッシュさんはパーティーリーダーとして優秀な人なのだと俺は確信した。複数の人間をまとめるうえで重要なのは人間関係の調整だ。俺を能力という利だけで見なかったのはその最たる証拠だろう。また、俺のやりたいことを踏まえると人と行動を共にするのは少々悩むところだ。なんとなく秘密裏にしておいた方がいい気がする。しかし、この人たちと旅ができたら楽しいだろうなぁと思ってしまったのは事実な訳で。
「…………」
「悩む程度には乗り気、か。……まぁ、この話はロアの街に着いてからにしよう。皆もそれでいいな。無理な勧誘はしないように」
三人は口々に了承の声を上げる。若干一名、渋々といった声だったが。
さて、いよいよ就寝となったときに一つ困ったことを思い出した。なにしろ異世界転生一日目。野営の準備など持っていないのである。そのことをラッシュさんにそれとなく伝えると、「アイテムボックスは?」と訝しげな眼を向けられた。それを「毛布も失くした鞄のほうに」となんとかごまかし、予備の毛布を貸してもらえることに成功する。
「見張りのローテーションだが、どうするか。あと、シグルドさんも今はチームの一員だ。見張りはやってもらうが、最初と最後どっちがいい?」
「できれば、最初の方で」
夜が強いわけではなく、単に朝起きられる自信がないだけである。
「じゃあ、最初にシグルドさん、そのあとは、ミア、リューグ、俺、イリスの順で。異論は?」
「ない」
「ありません」
「ないよー」
俺も頷きを返す。
女性陣はまとまった睡眠がとれないとお肌が気になるからありがたい、と気遣い上手なラッシュさんには聞こえないようにこぼしている。
「何かあったらちゃんと起こしてくれ。頼んだぞ」
ラッシュさんがそういって四人がテントに入っていく。さて、これで一人になった。くっくっく、と俺の顔に悪い笑みが浮かぶ。俺は金獅子の皆に戦闘力がないと思われているはずだ。おそらく魔術を使えばそこそこ戦えるだろうが、守られながらの固定砲台が関の山だろう。だからこそ、この世界に来たことの意味、その第一歩をここで踏み出す。
ゴーレムを造る要領でそれの形を土から作り上げる。ゴーレムは人や動物の形にした土塊や金属に核となる魔石を付与することで完成される。しかし今回はゴーレムを造るわけではないので核の付与はしない。ある程度の形ができたら、圧縮の魔術を使ってどんどん土塊を足していく。かなり重くなってしまったが、そもそも普通の状態で使うつもりはないので問題はない。そうしてできたのは、まぎれもなく銃だった。若干デザインはゲームチックだが、まぎれもなくオートマティックなアサルトライフル。いや、サイズ感的にはカービンライフルと言った方が正しいかもしれない。
ここで少し魔術の話をしよう。魔術詠唱の技術の中に、連続詠唱というものがある。これは、様々な魔術を直前の魔術の発動をトリガーに次の魔術を発動させるというものだ。神様が言うには魔術が本職でない冒険者レベルでも使える者はいるという話だ。
話を戻そう。俺が作ったカービンライフルもどきには、この連続詠唱で一本化された一連の魔術の流れが付与されている。トリガーを引くと、風と火の混成魔術であるブラストが筒状になったカービンライフルもどきの中で発生する。それが中にセットされている圧縮された土塊を押し出し、発射する。発射される土塊は下部に取り付けられたマガジンに付与された貫通と硬化の術式によりその破壊力を底上げされている。またマガジンへの重力魔術の付与により、最も上にある一発を薬室に押し出し、空間魔術が薬室を密閉して次弾発射の準備を整える。これを一連の流れとし、トリガーを引き続ける限りその動きを連続させることでほとんど知らない銃の仕組みを再現したのである。なお、わざわざ重力魔術を用いてまで下マガジンに拘ったのは単なる趣味だった。またマガジンにはアイテムボックスが付与されており、今は一〇発しか入れていないが感覚的にはこのサイズだと一〇〇〇発くらい入りそうだ。
「できた……!」
ピープサイトと呼ばれるアイアンサイトのままだが、俺が考えている最終形態にはそもそもサイトは必要ない。それにレンズは地中のガラスのような透明度を持つ鉱物から作れないことはないのだが、単に面倒だった。
立ち上がって構えてみる。土塊を圧縮して作っているためにおそら三〇キロは超えているのでもちろん身体強化を発動させてだ。
「何してーんの」
いきなりかけられた声に肩がビクゥッと跳ねる。振り返ってみると、俺のすぐ後ろでミアさんがニヤニヤした笑みを浮かべていた。
「なんだ、ミアさんですか。もう交代の時間ですか?」
「いんや、あたしが早く起きただけ。というかだいたい私とイリスは最初か最後だから、眠れなかったの」
そしたら面白そうなことやってたから来ちゃった。とミアさんは笑みを深くする。
「いつから見てたんですか」
「んー、その杖……、杖? の形をつくって土をぺたぺたし始めた頃からかな」
「結構最初の方からですか。声をかけてくれればよかったのに」
「いや、なんか楽しそうだったし。邪魔しちゃ悪いかなって。それに気づかないのも問題だよ。こんなに近くにいたのにさ」
手を伸ばせば届く距離。背中に鞘に入ったままのミアさんの剣がとんと刺さる。
「サーチの害意感知にかからなかったので気づきませんでした」
「あー、その辺は魔術師特有のやつだね。旅人を名乗るならもうちょっと気配には敏感になりなよ?」
俺の隣に腰を下ろし、ミアさんはうーんとひとつ伸びをする。そしてさきほどからしていたニヤニヤ笑いを一層強くすると、こてんと首を傾げて俺の顔を若干下から覗き込んできた。
「で、なにしてたの」
「……武器を造ってたんですよ」
「武器ぃ?」
それが? となんとも訝しげな眼を向けられる。当たり前の反応だ。彼女にとって武器とは剣や槍、斧といった近接武器と魔術の触媒となる杖やタリスマンであり、銃というものは見たこともないはずなのだから。
「まぁ、今からちょっと試し撃ちをするんで見ててください。音がしたら皆さんの迷惑になるんで遮音結界張りますね」
的とする木までを含めた半径三〇メートルを遮音の魔術で包む。調整すれば内緒話をするのに便利な魔法だが、今回は音を立てないのが目的なので最大出力でかける。
ミアさんに声をかけ、その声が届いていないことを確認してからカービンライフルもどきを木に向かって構えた。反動が怖いので、身体強化もフルで稼働させる。
ふっと一呼吸。トリガーを引く。激しい反動と衝撃が両手を襲ったが、身体強化のおかげで暴れることはない。土塊を圧縮して作った弾はまっすぐに目標に命中し、遮音結界のおかげで音もなく、木の中に吸い込まれていった。
「成功、かな?」
遮音結界を解いてミアさんの方を向く。「何がどうなったの?」とあまりわかっていないようなミアさんを伴い、的にした木を見に行くと、着弾点はめくれ上がり、弾として作った圧縮土塊が貫通してさらに後ろにあった木に数発がめり込んでいた。
「ま、こんなもんか」
「す、すごい威力だねぇ……。その……、杖?」
杖ではないんですけど、と訂正を挟みつつ聞いてみると、一般的に使われる土属性の攻撃魔法である拳大の石礫を飛ばす魔術、ストーンショットでは木にめり込みこそすれこのように深くえぐれることはないそうだ。これは魔術自体に付与魔術がかけられないかららしい。
「これ、ラッシュの硬化付与した盾で防げるかな」
「さぁ。……いやいや、試しませんよ。もし貫通してラッシュさんが怪我でもしたらどうするんですか」
若干わくわく感を隠しきれてないミアさんを制する。
元の場所に戻り、カービンライフルもどきから俺はマガジンを取り外した。中はもちろん空。再び足元の土を盛り上がらせ、圧縮をかけながらせっせと弾を造っていく。
「楽しい?」
「え?」
先ほどと同じように俺の隣に腰を下ろしたミアさんが優しげな目で問いかける。
「男の子の顔してた。剣士にあこがれる子が、自分で木剣を作った時みたいな顔」
言外に子供っぽいと言われて赤面する。確かに浮かれている自覚はあり、俺は弾を作るのに集中した。
「で、結局なんなの、それ。投射物を作ってるってことは土魔法をとばしてるわけじゃないよね」
「まぁ、攻撃用の魔道具ってとこですかね」
「攻撃用とは聞かないね。普通は魔術使った方が早いし。でもその威力を見ると考えを改めた方がいいかも」
「そうでもないと思いますよ。完全に趣味の産物ですから」
はい、とカービンライフルもどきを渡してみる。ミアさんはそれを手に持ってみて、重さを確かめ、こりゃだめだとばかりに苦笑を漏らした。
ライフルを返してもらい、マガジンを取り外して三〇発ほど作った弾を一発づつと込めていく。また弾をつくり、一〇発作ってはマガジンに込めていく。それをミアさんは微笑ましいものを見るような目で見ていた。その視線には気づいていたが、俺はそれに気づかないフリをして作業を続ける。交代の時間が来るまで、なんとなく心地よい沈黙が夜の闇の中にともる焚火の周りを支配していた。
翌日。せっかく荷運びもいることだしと道すがら魔物を探して狩っていくことになった。俺とリューグさんはサーチを発動しつつ、5人で街道を進んでいく。
なお、俺の見た目は昨日から少し変わっている。肩から下げていた鞄はアイテムボックスに。肩ひもだけは取り外してカービンライフルを肩掛けできるように改造してある。また、カービンライフル自体も少し手を加えた。魔物を狩るということはその素材を集めるということ。乱射して不必要なところに当たりでもしたら問題なのでセレクター機能を追加しておいたのだ。もちろん仕組みは機械的なものではなく魔術的なもの。朝食のあとにそれをやったものだから、イリスさんの目が爛々としていたのは言うまでもない。
ちなみに今日の朝食はイリスさん作だった。ラッシュさんが言うように結構薄味だったが、干し肉の戻し汁で取った出汁が感じられてそれはそれでおいしかった。まぁ、若干の物足りなさがあるのは否めなかったが。
「他には何かありますか?」
イリスさんが手元で小さな雷を連続的に発生させながら聞いてくる。これはさっき教えた、静電気のイメージを応用した近接防御用の魔術だ。便宜上、纏雷と名付けた。この世界ではまだ静電気は発見されておらず、風属性の上位系魔術である雷系魔術は天から落ちる雷を模した雷槌とそれを手元から投げる雷槍くらいしか無かったらしい。そもそもこれらは火力が高く、それ以外を開発する必要がなかったという歴史もあるにはあるのだが。
「あとは、これなんてどうですかね」
俺は指先に小さな水球を作ると、近くの木にペイッと投げつける。すると着弾点がたちまち凍り付く。
「それは水系ですか、それとも上位の氷系ですか⁉」
「水系ですね」
俺がイメージしたのは過冷却水。ゆっくり氷点下までひやした水に衝撃を加えると一気に凍るアレだ。
「お湯を生み出す水系魔術、ホットウォーターがありますよね。それに緊急時以外には使いませんけど飲み水を生み出す魔術も。あれは基本的に冷たくしますよね?」
俺の問いかけにイリスさんは深く頷く。
関係のない話だが、この世界の魔術の命名方式はどうなっているのか不思議である。横文字的であったり、漢字表記っぽかったり。開発者が勝手につけていいという決まりだそうだから、ここまで乱雑なのだろうが。
「ということは水を生み出す魔術は温度調整ができるということです。熱水を出す魔術も冷水を出す魔術も本質的には同じものだと思うんですよ。じゃあ、次に水の温度を変えるとどうなるか。火にかけ続けると水蒸気になりますし、冬の寒い時期には溜まった水が氷になりますよね」
「冬に水が氷るのはわかります。水蒸気……というのがなにかはわかりませんが、お鍋から熱い湿った風が出てくるのはわかります。それのことですかね」
「概ねその認識でいいです。で、さっき使ったのは冷やした時の応用になります。元居た世……じゃなかった。俺の知っている知識では、これを状態変化と言います。金属とかでも起きますよ」
そんなことを話していると、「そういえば安い鋳造剣なんかは鉄をどろどろに融かしたりするもんなぁ」などとラッシュさんが口を挟む。
「で、水には変な性質があってですね。ゆっくりと静かに冷やしていくと、凍る温度になっても凍らずに水のままの状態である時があるんです。で、衝撃を加えると一気に凍ると」
それを応用すると、さっきのように。と、通り過ぎた後方の凍った木を指し示す。
「へぇ~。知りませんでした。えっと……こうかしら」
イリスさんが指先で水球を作る。が、それは端からパキパキと凍ってしまう。
無理もない話だ。過冷却なんて、分子の状態を想像できなければ理解できないのだから。かくいう俺もちゃんと理解しているわけではないが、現代科学を知っているかいないかではふんわりとした理解の程度にも差が出てしまう。
「うーん、うまくいきませんね。何かコツとかあります?」
「分子……って言っても通じないか。水を小さな粒だと考えて、それがきれいに並んだ状態で冷やすように想像してみて下さい」
「はい。……こう? いや、こう……?」
ぶつぶつとつぶやきながら魔術の世界に没頭し始めるイリスさん。その歩みをミアさんがやれやれといった様子で補助しながら歩いていく。この様子ではしばらくは帰ってこないだろう。
「それにしてもあれだな。シグルドさんの話自体はあんまりよくわかってないが、やっていることを見るに魔術師というよりも理術師といった方がしっくりくるな」
「理術師?」
聞きなれない言葉に俺はラッシュさんの方を向く。
「理術師ってのはどこぞの魔術研究家集団から派生した一派らしくてな。なんでも、この世の理を研究してるんだと。理を使う術師だから理術師、ってな。さっき言ってた雷のしくみとかの話を聞いてそう思ったんだ」
話を聞いて、俺はそれを理解する。理術とは科学だ。理術師とは科学者だ。まぁ、理術師たち自体はあまり研究成果を上げられず、この世界では変わり者扱いされているらしいが。そういう面では、科学という考え方をこの世界に持ち込んだ俺は理術師とも言えるのだろう。
「でも理術師を名乗るのはやめた方がいい。シグルドさんは実際に術を使えるし、その説明で俺もイリスも魔術の理解度が上がったけど、理術師は錬金術師と並んで胡散臭い奴らの代名詞。評判はよくない」
「名乗りませんよ。皆さんを見てたら冒険者も面白そうですし。登録できるところで登録して冒険者でも名乗ります」
ほう、となにやら意味深な笑みを浮かべるラッシュさん。言外にその目がうちのパーティーに入ってくれるのかな? と問いかけている。
「ならロアの街でするといい。そういえば職業は何になるんだ? 魔術師か?」
「職業ですか?」
「あぁ。パーティーの斡旋とか、緊急依頼を複数パーティーで受けるときとかの前後衛のバランス調整にな。職業の申告は必須なんだ。剣士とか、魔術師とか。テイマーとか」
理術師と錬金術師を名乗る奴も少ないがいるぞとラッシュさんは付け加える。
適性的に俺は後衛なのはわかりきっている。魔法は使えるようにしてもらったし、その知識もあるが、剣技などはからっきしだ。それに、俺のやりたいスタイルは、魔法をぶっぱなして戦う魔術師ではないのである。
俺のやりたいこと。それは、人型兵器を作ってそれを乗り回すこと。とりあえずは全段階としてパワードスーツあたりを目指している。だから職業としては……。
「ガンナー、とかありませんかね」
期待もせずいった俺に「あるぞ」とラッシュさんはあっけらかんと言った。
「またどマイナーな職を……。ていうかその変な魔道具、銃だったのか」
まさかの回答だった。聞けばこの世界に銃は存在するという。しかしそれはかの理術師たちの作であり、とても高価なようだ。しかも付与術の威力上昇が質量に依存するため弓よりも最終的な威力が低く、貴族のスポーツ用か闇系魔術との組み合わせで魔物に傷を与えず状態異常を遠距離から安全に与えるための道具という認識らしい。またガンナー自体、貴族のお抱えが多いようだ。
「じゃあガンナーで登録します」
低威力の麻酔弾が撃てるように改造するか、などと考える俺。マガジンをもう一個作って睡眠の術式を組み込むだけだから楽なものである。ただ、弾の圧縮率を多少下げないと獲物に傷がつく可能性がありそうなので、そこだけが面倒なところだ。
適当な時にでもこっそり作ろうと決意していると、発動していたサーチに反応があった。リューグさんと顔を見合わせ、頷き合う。
「何かいたか?」
「道を外れて、一キロくらい。俺にわかるのはそれだけ」
ちらりとリューグさんに目線で促されたので、続けて答える。
「三メートルくらいですね。ずんぐりむっくりしたイメージがあります」
「その感じでこの辺だと……、ジャイアントボアあたりか」
ジャイアントボアとは魔物化して巨大化したただのイノシシらしい。気性は荒く、突進をまともに食らえば即死コースだそうだ。ただし肉は高級肉として知られ、なかなかの値が付くという。
リューグさんを先頭に、がさがさと藪を突っ切ってジャイアントボアの元へと向かう。一五分ほど歩いて、木々の隙間の向こうに巨大なイノシシの頭が見えた。
「銃なら射程内。やってみる?」
リューグさんの言葉に全員が俺を見る。思わず「えッ」という声が漏れた。
「それもありだな。ギルド登録の時は虚偽申請防止のために簡単なテストをさせられるわけだし。ここでやれたなら俺たちも安心して送り出せる」
困ったと固まる俺。俺の銃は状態異常をかけるためのものではなく威力に偏重したものである。このまま撃ってしまえば巨大イノシシに風穴が空いてしまう。唯一この中で威力を知っているミアさんに視線で助けを求めてみたが、彼女も困った笑みを返すだけだった。
「まぁ、やっっちゃえばいいんじゃない?」
ミアさんが無責任にもそんなことを言う。
「大丈夫だ。もし駄目でも俺たちだけでなんとかなる」
安心させようとしての行動なのか、ラッシュさんはいい笑顔だ。リューグさんは既にカバーできる位置に移動しており、イリスさんは睡眠の術を準備し始める。
「……どうなっても文句言わないで下さいね?」
諦めた俺は立射の構えをとる。目標までは約四〇メートル。状態異常を与える魔術は軒並み射程が5メートル以下で、ものによっては直接触れなければいけないものまである。前に黒炎を生み出した時に組み合わせたライフスティールなどがそれだ。そういう意味では、生き物の捕獲にガンナーは重宝されるのだろう。剥製やペットを求める貴族が抱えるのもわかるというものである。ちなみに以前開発した黒火球は通常の火球と同程度の射程と思われる。
ついでに言うと状態異常系の混成魔術は使うと結構しんどい。この辺も発展しない要因か。
すぅと息を吸い込み、止める。サイトの中央に大イノシシのこめかみを合わせ、引き金を引く。ダンッと大きな音を立てて、銃口から特性の弾丸が射出された。前は遮音結界を使っていたために、今回音の大きさにビビったのは内緒である。
あっと思って慌てて大イノシシの方を意識する。大イノシシのは動いていない。よく見れば、こめかみのあたりからつぅと赤い血が流れ落ちている。一泊おいて大イノシシの体がぐらりと揺れると、どうと音を立ててその場に倒れた。
「お、ビギナーズラック。仕留めましたよ、ラッシュさん!」
喜びもあらわに俺が報告すると、われに返ったラッシュさんとイリスさんが俺と大イノシシを交互に見る。そして二人で頷き合うと、大イノシシの元へと駆けていった。あちゃーといった風に額に手を当てているミアさんは苦笑いだ。
「いつかは誰かにばれることだし、ね?」
「はい……」
いこっか、と促すミアさんに続いて俺も大イノシシの元へと向かう。すでにリューグさんも合流しており、大イノシシを取り囲んでいる。
「今の銃ってこんなに威力出るもんなのか?」
「魔術のことならともかく、リーダーが知らないなら私たちが知ってるわけないじゃないですか」
「異常。ホワイトライノの胴体にもダメージ入りそう」
ホワイトライノとは雪原地帯にいるサイのような魔物らしい。雪原地帯にいるため脂肪が厚く、その皮も弾力性があり貫通術式を組み込んだ弓でも通らないそうだ。
「お、おぉぅ。脳みそが飛び散ってる」
「やった本人が言うとなんだかなー」
俺の言葉にいやいや威力わかってたでしょうとミアさんがツッコミを入れる。
「ミアは知ってたのか」
「昨日見たし。……これが銃とは知らなかったけどね。そもそも銃なんて見たこともないし」
「俺が知ってるのはもっと槍みたいに細長いやつだな。こんな形のは知らん」
「そんなことはいいから解体しよう。あ。いや、シグルドさんのアイテムボックスに入る……か?」
リューグさんにアイテムボックスの容量を聞かれたので多分入るだろうと返す。
「じゃあ血抜きだけしていこう。解体料取られるけど、多分そのまま持ち込んだ方が買い取り金額上がる。ミア」
「はいよー」と揚々と答えたミアさんがリューグさんと協力して首を裂いた大イノシシの足を縛り上げる。リューグさんが高い木に登るとミアさんはロープを投げ、リューグさんを経由してまたミアさんの元にロープが戻ってくる。
「よいしょー」
ミアさんがロープを引っ張ると、三メートルを超える大イノシシが軽々と持ち上げられ、あれよあれよという間に吊り下げられた。
「じゃあ少し休憩するか。各自何か腹に入れるなら今のうちにな」
露出した大木の根に腰を下ろしながらラッシュさんが声をかける。すでにその手には干し肉が握られていた。
俺もアイテムボックスから昨日取ったラフスの実を取り出して丸かじりする。そして片手間に地面を隆起させると、新しくマガジンの形を作り出す。一回作ってるおかげか、形の形成はすぐに終わる。
「それはゴーレム生成の魔術ですね」
「ええ。核を作るプロセスだけ抜いてモノづくりに使ってます」
答えながらマガジンに睡眠の魔術を付与する魔術と重力魔法を付与する。あとは当たったら砕けて魔法の効果だけ与える弾を作れば完成だ。
発砲の圧力と空気抵抗に負けないギリギリの圧縮率で弾を作っていく。あとは流れ作業だ。集中する作業ではなくなったので、俺にも周りを気にする余裕が出てくる。なぜかラッシュさんがこちらをちらちらと見ていた。
「……なんですか」
「ん……。いや。珍しいものを見るとつい、な」
そういってラッシュさんは頭をガシガシと掻く。
「いいですよ、別に」
はい、と昨夜のミアさんにしたようにカービンライフルを差し出す。手を伸ばすラッシュさんの表情は緊張した面持ちだ。
「重っ」
そう言いつつも腰だめに構えてみせるラッシュさん。身体強化を使った様子がないところを見るに彼の膂力は相当なもののようだ。
「撃ってみていいか?」
「どうぞ」
適当に使い方を説明し、手ごろな的を定めてラッシュさんが引き金を引く。ダンッと炸裂音があたりに響き、ラッシュさんが「あだっ」と声を上げてしりもちをついた。
「ちょ、大丈夫ですか⁉」
「だ、大丈夫だ。しかしすごい反動だな。あの威力も納得だ」
その納得の反動で銃本体が跳ねあがり、ストックの部分で肩を強打したらしい。若干顔を赤くしたラッシュさんがカービンライフルを返してくれる。俺の方もちょうど麻酔弾が二〇発ほど完成しており、マガジンにすべて収める。
これでマグチェンジによって使用弾薬を変えることができるようになった。今後、用途によっては種類を増やしておこうと思う。さらに貫通力を高めたFMJ、ストッピングパワーのホローポイント。人型兵器用に大型化した際には炸裂弾など夢は広がる。
「なんか目印つけとくか……」
色が付けられれば楽なのだが。
生憎と植物という染料はあっても鉱物が原料となる顔料はない。一応ゴーレム生成の魔法ではウッドゴーレムなども作れるのだが、色素だけ取り出して色付けするのは不可能だった。なので、苦肉の策としてマガジンの底部に三本筋の凹凸をつける。これで触れば通常弾か麻酔弾か判別がつく。
通常弾のマガジンを外し、麻酔弾のマガジンを本体に挿入しておく。弾数は心もとないが、話に聞いた冒険者の試験まで使うことはほぼ無いはずなので問題ないだろう。
ぱちんとマガジンが外れないように留め具をつけると、ちょうど血抜きも終わるころだった。
ロープを外し、大イノシシをアイテムボックスに入れる。いままで開いていたのは直径一メートルほどの白い穴だったため入るかどうか不安だったが、アイテムボックスの口は大イノシシの大きさに合わせて巨大化していた。
出立の準備をして動き出す。街道には戻らず、このまま森の中を突っ切るようだ。街道は森を迂回するようにカーブしているため、足場が悪いとはいえこのまま森の中を進んだ方が早いらしい。もちろん二人がかりのサーチで危険がないのは確認済みだ。問題は時間だが、これもおそらく大丈夫だろうという見立て。
「リューグ、先行しろ」
ラッシュさんの指示にリューグさんが頷く。彼は軽々と木の上に上ると、枝を足場に先へと進んで行く。
身軽な人だなぁと人並な感想を思い浮かべながら、俺は皆の後を追った。二時間ほど歩き、途中で様々な動物を見かける。野兎、野鳥、小さなイノシシも一頭見つけた。麻酔弾の試射をしておきたかったので許可をもらう。ラッシュさんが三回指笛を短く鳴らしたのは先行するリューグさんへの合図だろう。
立射で狙いをつける。ダンッと大きな破裂音がして、イノシシの体に麻酔弾が当たった。続けてコロリとイノシシが足を折って倒れこむ。様子を見に行くと、弾は胴体に少しめり込んでいたが貫通することはなく、睡眠の効果がばっちり現れていた。
アイテムボックスに生体は入れられないのでイノシシは放置する。半日もすれば睡眠は解けるだろう。この辺は街も近いため凶暴な魔物もおらず、食われる心配もないはずだ。
ラッシュさんがまた合図をして出発する。今度は何事もなく、三時間ほどで森を抜けることができた。夕日になりかけの太陽が暗い森の中から出てきた目には少々まぶしい。なおリューグさんは森を抜ける直前で平然と木から飛び降り、隊列に加わっている。
進行方向を見ると、大きな壁と立派な門が見えた。あれがロアの街なのだろう。半時も歩いていれば着きそうだ。
「やっと帰ってきましたね」
「そういえば、帰ってきたと感じるほどには長く拠点にしてるな」
「変えようと思うほど悪い街じゃない」
「ご飯もおいしいしねー。隣が港町だから魚も入ってくるし」
ホームタウンなのだろう。金獅子の皆は口々にそんなことを言う。
「皆さんはどれくらいこの街をメインに?」
「二年くらいだな。確か」
「その前は結成が三年前ですから、一年くらいは放浪してましたね」
聞けばラッシュさんは前のパーティーの解散を機に、イリスさんとリューグさんを加えて金獅子を結成したらしい。ミアさんは金獅子のパーティーがロアの街にき始めた頃に勧誘を受けて合流したそうだ。
「前線を張れるやつが欲しかったから丁度よかったんだよな。おまけに獣人だから荷物も運べるし」
それ以前は今の俺のようなポーターを雇っていたらしい。
「でもミアとの出会いは衝撃的でしたね」
「ん。酒場で呑んだくれてた」
「わーっ! あんまりあの時の話はしないでーっ!」
酒癖でも悪いのだろうか。
そんなことを話していると、門の目の前までたどり着く。門衛さんがこちらに気づくと、顔見知りなのかラッシュさんが片手を挙げて答えた。
「お、金獅子の帰還か。今回は長かったな。三十日くらいか?」
「ロレンス。お前また娼館通いしてないだろうな。夫婦喧嘩の仲裁はもう勘弁だぞ」
話している感じを見るに、随分気安い関係のようだ。それになんとなく、名前が売れている雰囲気。
「もうするわけないだろう! あのアリアの冷え切った目はもう見たくない。っと、話し込んでる場合じゃなかった。身分証を出してくれ。これも仕事なんでな」
門衛のロレンスさんがそういうと、ラッシュさんは金色の、他の三人は銀色の金属プレートを見せる。
「えっと……」
俺が戸惑っていると、それに気づいたラッシュさんがすかさず助け舟を出してくれる。
「ロレンス、この人は旅の途中で雇ったポーターだ」
その言葉にロレンスさんは俺を見て、もう一度ラッシュさんを見て、口の端に笑みを浮かべた。
「お優しいことで」
「まぁそう言ってくれるな。で、彼はシグルドさんというんだが、なんでも田舎から出てきたばかりで多分大きな街の仕組みとかわかっていないんだ」
だよな、と聞かれたので頷いておく。
「あぁ、そういう。じゃあこれに血を付けてくれ。印の付いてるところな」
そう言ってロレンスさんに手渡されたのは警報札と書かれた薄い木札と針。木札の方は力を入れれば子供でも簡単にへし折れそうである。ちなみに異世界の文字をここで初めて見たが、普通に読める。この調子ではおそらく言葉も俺の中で勝手に日本語的解釈がされているのだろう。多分、単位とかも勝手に解釈されているはず。
とりあえず言われた通りにする。針で指を刺すのは怖かったが、ちょんと刺すとぷっくりと血が浮かび上がってきたのでそれを〇印のついた真ん中あたりにこすり付ける。
「そいじゃそれを渡してくれ。登録してる間に説明しちまうから」
血を付けた木札と針を渡し、大人しく話を聞く。
なんでも、あの木札はへし折ることで警邏隊に居場所を知らせるものらしい。木札自体に魔術が込められているのではなく、木札を広範囲に感知する魔道具があるらしい。いうなればGPSのついた防犯ブザーのようなものだ。鉄貨1枚で売っているらしい。では血を付けたのは何なのかというと、この街の中限定で身分証明証の代わりになるらしい。血液によって個人を特定し、どこにいるか警邏隊で把握できるようにしているとのことだ。もちろん血液付きの木札は街中にいるときは携帯が義務付けられ、違反すると銀貨一枚の罰金になるそうだ。
「とまぁ、木札自体で個人を守りつつ、外部のやつらに対しては印付きを発行して住民の安全を守るってことだな。中規模以上の街ではどこでもやってるから覚えておいてくれ。あぁ、あとポーターってことだから冒険者三人につき一人までは通行料免除だ。よかったな」
「通行税もあるんですね。わかりました」
おそらく登録され、所在地がわかるようになった木札を受け取る。それをアイテムボックスに入れようとして、ロレンスさんからちょっと待ったがかかった。
「お前さん、アイテムボックス使えたのか。そこには入れないでくれ。反応が追えなくなるから」
「気を付けます」
そう言って木札を手に収める。この世界にきて着ていた服にポケットなど付いてはいなかったためだ。
「とりあえず、ポーチか何か買った方がいいかもしれんな」
そういうラッシュさんに促され、俺は異世界初の街へと足を踏み入れた。
ロアの街並みは、ハーフティンバー様式の建物とオレンジ色の瓦屋根で統一されていた。テレビで見たヨーロッパの街並みとかこんな感じだったよな、と俺はひそかに前世を思い出す。
「俺はギルドに行って来る。皆は宿の方を頼んだ。シグルドさんは俺についてきてくれ」
「おっけー。いつもの所ね」
「あぁ。あ、シグルドさんは宿……って言っても分らんよなぁ。俺たちと一緒でもいいか?」
渡りに船の申し出なので素直に頷く。
「ぜひともお願いします」
「リューグ、頼んだ」
「二、二、一? 二、三?」
「二、二、一で」
「了解」
すでに暗くなり始めている街並みに消えて行く三人を見送ると、ラッシュさんは俺の背中をとんと押した。
「じゃあ、ギルドへ行こうか。この街のギルドは西側にあるんだ」
そう言ってラッシュさんは沈みかけの太陽の方向へ歩き出す。どうやらこの世界の東西南北と太陽の動きは元の世界と変わらないらしい。
ラッシュさんに連れられて街を歩いていく。ギルドまでの道は鍛冶屋や武器防具屋が多く、ある種の職人街だと教えられた。しばらく歩いていくと、ひと際大きな三階建ての建物が二つ見えた。聞けば手前が冒険者ギルドで、奥が商人ギルドだそうだ。二つのギルドは独立こそしているものの素材回収屋と販売元という関係であり、相互に協力し合っているためこのように横並びか併設されていることが多いという。
大きめの扉をくぐり、冒険者ギルドの中に入る。日も陰ってきているからか中に人は少なく、ラッシュさんもいるおかげで入った瞬間に睨まれて絡まれる、なんてテンプレは起きなかった。
「解体を頼みたい」
受付の一つに歩み寄ったラッシュさんは受付嬢に話しかける。ボブカットのたれ犬耳の犬人族の女性だった。
「ラッシュさん、帰ってらしたんですね。……買取ではなく解体ですか?」
「あぁ。シグルドさん」
「こちらの方は? お見かけしたことはないと思いますけど」
「……旅の途中で雇ったポーターだ」
そうラッシュさんがいうと受付嬢はくすくすと笑う。
「また人助けですか。推奨はしませんよ?」
「拾ってくるのは俺じゃなくて主にミアとイリスなんだがなぁ」とラッシュさんは静かにぼやいた。
「ちゃっちゃと出しちゃってくれ。あ、頭だけでいいぞ。どうせまた運ばにゃならん」
そういわれて俺はアイテムボックスからジャイアントボアの頭をずるりと引っ張り出す。
こめかみに空いた穴から血のしずくがぽたりと垂れて受付嬢が「ひっ」と顔を強張らせた。
「ジ、ジャイアントボアですね。奥の方へどうぞ」
促され、勝手知ったるといった感じで奥の方へと進んで行くラッシュさんについていく。たどり着いた先は、ギルドの裏手にある解体場だった。
「解体を頼みたい。ジャイアントボアだ」
「ラッシュ! 帰ってたのか」
ラッシュさんの声に、奥からエプロンをして解体包丁を持った小柄な爺さんが現れる。イメージは眼鏡をしていない某映画の空賊の爺さん。ただし首から下はラッシュさんにも劣らないゴリゴリの筋肉だるまだ。
「おやっさん! 今日は残業か?」
「いや、夜勤だ。獲物は鮮度が命だからな。誰かは詰めとかにゃ」
そういっておやっさんと呼ばれた爺さんはがははと笑う。
「で? ジャイアントボアって言ったな。どこにあるんだ? ミアの嬢ちゃんもいねぇし」
きょろきょろとあたりを見回すおやっさん。会話で分かったが、持ち込むときはミアさんが背負ってきていたらしい。
「シグルドさん」
「はい」
またジャイアントボアの頭をアイテムボックスから出す。
「ちょ、ちょっと待て。あー、あそこ。あそこの計の上に出してくれ」
おやっさんにいわれるがままに指定の場所に引きずり出す。計の針が動き、ガタガタと揺れて止まった。
「約四〇〇キロか。ちょっと小ぶりだな。これだと魔石は期待できねぇか」
「品薄なのか?」
「ん? あぁ、お前さんたちのいない間に街の上下水の整備があってな。それで領主様名義で大量に買われた」
上下水があると聞いて安心する。衛生観念は異世界にしては高いようだ。
「で? どうせ全部買取だろう。それとも食うのか?」
おやっさんの言葉に「いや、買取だ」とシグルドさんは返す。
「査定なら三〇分もあれば終わるぞ。血抜きはしてあるから、表面を見て、後は腹を裂いて肉質と魔石がないか探すだけだからな。待ってるか?」
「いや、ちょっとギルマスに用がある。あとで来るよ」
そういって踵を返すラッシュさん。後ろで「野郎ども! 肉は鮮度が命だ! 急げ!」と怒号が飛んだが、いつもの光景なのか気にした様子はない。というかラッシュさんはギルマスに用事があるらしい。俺は解体作業に興味があったのでここに残ってようかと思ったが、ラッシュさんから声がかかりあえなく退場する。
え、この流れ、俺もギルマスに会うんですか。そうならないように麻酔弾も作ったのに?
とぼとぼとラッシュさんの後をついていく。ギルマスに会う前に先に受付に向かうようだ。
「シグルドさん。試験の準備に時間がかかるはずだから今その旨を伝えておくといい」
そういわれて受付嬢の前に押し出される。受付はさっきの犬人族の女性だった。
「あぁ、さっきの……シグルドさん! 何か御用ですか?」
「冒険者登録をお願いしたいんですが」
「登録ですね。承知しました。職業は何になさるおつもりですか。それによって試験内容が変わりますが……。試験と言っても大幅に適性を外れてないかの確認ですのであまりお気になさらず。一応、初期ランクにも影響しますが」
「ガンナーでお願いします」
「が、ガンナーですか? 銃はお持ちですか?」
肩から下げた得物をカウンターにゴトリと置く。
「あ、それ銃だったんですね。失礼しました。試験の準備に一日二日いただきます。連絡はどのように?」
「宿はまだ決まっていないんだ。決まったらギルドに報告しに来よう。それでいいよな、シグルドさん」
「はい。問題ありません」
「あとギルマスはまだ居られるだろうか。相談しておきたいことがある」
「少々お待ちください」と受付嬢が別の受付嬢に目配せする。目配せされた奥にいたギルド職員は作業していた書類を置くと階段を上っていった。
受付を離れ、待合席となっているテーブルに着く。聞けば依頼者と冒険者の打ち合わせに使われるスペースらしい。別途守秘義務が発生する場合やお貴族様の依頼の相談なんかは二階の個室を使うようだ。
「俺もギルドマスターに会うんですか?」
覚悟を決めてそう訊ねると、ラッシュさんはきょとんとした顔になった。
「そりゃ、シグルドさんのことを紹介するんだから居てもらわないと」
「さいですか」
はい。ギルマスとのエンカウントイベントが発生しました。
こうならないようにしたかったのだが。それとも単に先輩冒険者としてラッシュさんが推薦でもしてくれるのだろうか。
そうだったらいいなと希望的観測をしていると、準備ができたようで。
「ラッシュさん。ギルドマスターがお会いになりますので、執務室へご案内させていただきます」
さっきとりついでくれたギルド職員の後ろをついていく。ギルドマスタ―の政務室は三階にあるようだ。
「ギルドマスタ―。金ランク冒険者、ラッシュ様をお連れしました」
中から「どうぞ」と声がかかる。扉は受付嬢が開けてくれた。この対応を見るに、ラッシュさんはそこそこ高い地位にいるのではなかろうか。
部屋の中に入ると、積まれた書類の山の隙間から禿頭が覗いていた。その人物は「よく来た」と言いながら立ち上がると、俺たちに部屋の真ん中を占領しているソファを勧めた。
ギルドマスターは五〇代くらい。微笑が似合うダンディだった。ラッシュさんほどではないが、筋骨隆々な体を若干フォーマルな服装に仕舞っている。あと威圧感がすごい。現役冒険者でも通じそうだ。
「先の討伐依頼、ご苦労だった。ベルヌのギルド支部からも感謝の手紙が送られてきている」
そう言って差し出された一通の手紙をラッシュさんは流し読みすると、すぐさま懐へ仕舞い込む。空間魔法があるくらいだ。手紙の転送装置くらいあるのだろう。
「魔物討伐は冒険者の職務ですからね。飯の種でもありますし」
「勤勉なやつだ。で、相談事と言ったが、そっちの彼に関係しているのか?」
水を向けられて俺の方が跳ねる。
「ええ。冒険者志望ということで連れて来たんですが……。彼はシグルド。帰る途中で会いました」
「お前が目をかけるほどか。……俺はこのロアで冒険者ギルドのマスターをしているキールだ」
よろしくな、と差し出された手を握り返し、握手をする。
「シグルドさん、武器を」
言われて俺はカービンライフルを机の上にゴトリと置いた。
「魔道具の類か。変わった形だな」
持ってみても? とギルドマスターに目で問いかけられたので頷いておく。「重いな」と言いながら軽々と俺の得物を持ち上げたギルドマスターは身体強化を使っているようだ。
「その体格だと志望は魔術師か? いや、魔道具を見せたということは付与術師か?」
「ギルドマスタ―。その前に遮音結界を」
ラッシュさんの放つ雰囲気が変わり、いつもの気やすい感じがなくなったと思ったらギルドマスターと視線が交差する。止まっていた時間は一〇秒ほどだろうか。浮かべていた微笑をすっと消したギルドマスターは、おもむろに立ち上がると、壁際にあった棚から土台付きの水晶玉のようなものを持ってきて机の上に置く。そして指先で水晶球に触れると、魔力が流れて遮音結界が張られた。
「これでいいだろう。とりあえず全部話せ」
ラッシュさんは俺と出会ってからのことを包み隠さずギルドマスターに伝えた。その内容にギルドマスターは目を見開き、顔を青ざめさせ、天を仰いだ。
「理術を応用するとそんなことになるのか……」
「ええ。おそらくこれも一端です。まだ何かあると考えた方がいいでしょう」
「お前んとこの連中は。理解してんのか?」
「いえ……」
二人して俺に視線を向け、盛大なため息をつく。
なんか嫌な感じだ。また俺なんかやっちゃいました? 的な匂いがプンプンする。
「で、その魔道具が銃っていうんなら職業は……」
「ガンナー……志望です……」
ギルドマスターに睨みを利かされ、俺は尻すぼみになりながらなんとか答えた。
「シグルド、心して聞け。お前の持つ知識は一〇〇年、いや、下手したら二〇〇年先を行っている。冒険者になるからまだいいものの、これが国の軍部、それもタカ派に知られたら大問題だ。わかるな?」
ギルドマスターのあまりの剣幕におれはコクコクと頷くことしかできない。
「この銃の威力はテストの後にでも確かめさせてもらう。非致死の麻酔弾? とやらがあるんだろ。テストではそれを使え。それよりお前、他にも何か突拍子もないこと考えてないだろうな?」
「シグルドさん。キール支部長はいい人だ。悪いようにはしない。必ず君を守ってくれるから、後で問題になる前に全部話してくれ」
二人から詰められ、俺は素直に白状する。マガジン換装による各種弾薬のこと。パワードスーツのこと。人型巨大兵器の構想。ラッシュさんの言う通り、後で問題になるよりはましなので洗いざらい話す。妄想を語るだけなら罪ではない。
「とまぁこんな感じで、最終的には三次元の高速機動戦闘を目指して……」
「バカヤロウ!」
ギルドマスターの雷が落ちた。ラッシュさんに至っては目を片手で覆って天を仰いでいる。
「そのパワードスーツ? ってのはまだいい。変わった鎧とかなんとか言っとけばいいからな。だが人型巨大兵器は駄目だ! 目立つだろうが! それに魔術以上の破壊力を持った質量弾を連射するだと⁉ おまけに誘導したり爆発したりすると⁉ 許可できるかそんなもん!」
そこではっとしたようにギルドマスターの視線が机の上に置きっぱなしになっていたカービンライフルに向く。
「お前、まさかコレ……」
「はい。小型の試作品です。連射もできます」
やっぱりか! と今度はギルドマスターが目を覆って天を仰いだ。
「ラッシュ……。お前、何て奴を連れて来たんだ!」
「俺に当たらないでくださいよ! 野放しにしとくよりよっぽどマシでしょう!」
散々な言われようであった。確かに自重なしでやると、とんでもないことになりそうなのは予想してたのでここはぐっとこらえておく。
「しかしギルドマスター、有事の際に戦力はあった方がいいのでは?」
「何?」
「今回の討伐依頼、キラータイガーも随分大型化していました。俺達でも危なかったです。風の噂では他の金ランク冒険者でも瓦解した話を聞いています」
ギルドマスターがぐっと唸った。ラッシュさんが言うことは事実らしい。
これはあれだろうか。条件付きで研究にOKが出る感じだろうか。
だったらいいなという期待を込めて俺はギルドマスターを見る。
「シグルド、そのパワードスーツがあれば前線でも動けるんだな?」
「はい」
もともと近距離射撃機を想定していたため、銃剣でもつけて、防御力に任せて突進すればいいだけだから可能である。銃剣自体の切れ味も、使えない扱いをされているが物体を振動させる魔術があるので超音波カッターのようなものが作れるはずだ。
「なら討伐系の依頼を優先的に回してやるから、お前、とっととミスリル級になれ。ミスリルになっちまえば一般的に大抵のことはミスリルだしなで済むようになる」
「そんな無茶な……」
「無茶苦茶言ってんのはどっちだッ。ったく。まずはそのパワードスーツとやらを完成させろ。後ろからペシぺシ撃ってるだけじゃランクを上げる口実にはできん。わかりやすい功績が必要なんだ。……ラッシュ」
「はい」
「お前、逃げられると思ってないよな?」
「もともと勧誘するつもりだったんです。うちで面倒見ますよ。ただ上からの方は……」
「わかってる。あとこいつの技術もやりすぎない程度なら使って構わん。報酬代わりだ」
俺を置いてけぼりにして勝手に話がまとまっていく。どうやら俺は、夢を叶えるためにラッシュさんのパーティーでミスリル級冒険者を目指さないといけないらしい。最終的には、ギルドの最終兵器として扱われるようだが。まぁ移動用の魔道具とかなんとか言って非武装状態で飛び回るくらいなら許してくれるだろう。多分。
「ご迷惑をおかけします」
深々と頭を下げた俺に対し、ギルドマスターが「常識は無いが悪い奴じゃないところだけは救いか」と呟いたのが聞こえた。
念に念を押されてから執務室を退出する。さらにラッシュさんからも「ほんとに頼むぞ」と言われてしまった。
とりあえず俺が持っている知識を誰かに伝えることは消極的に禁止された。消極的になのはどうしても行動を共にする金獅子のパーティーには伝わってしまうためである。なので、パーティー内で共有することも極力避け、外部に漏れることは絶対に防げと厳命された。この辺は飯の種でもあるため、秘匿していても不思議に思われることはないらしい。ただ厄介なのは探りを入れてくるタイプ。なので、ぼろが出ないように極力一人でいないようにともお達しを受けた。なおこの辺どこまでパーティー内で共有するかはラッシュさんに一任されている。
帰る前に解体場に寄る。そういえば査定を頼んでいたことを忘れていた。
「金貨8枚と銅貨一枚だ。解体料は銅貨一枚。差っ引いて金貨八枚だ。にしてもいい状態で持ってきたな。まだ血が滴ってやがった」とはおやっさんの談。それを聞いたラッシュさんが顎に手を当てて考えるような仕草をしたが、俺には何が引っかかったのかさっぱりわからなかった。あと、ジャイアントボアの代金だがラッシュさんは全額俺に渡そうとしてきた。まだ正式にパーティーの一員ではなく、俺が一人で取ったようなものだし、運んだのも俺だからだそうだ。一文無しだったので申し訳ないと思いつつ有難く全額頂く。
「いつも使ってる宿屋はここから近いんだ。と言っても少し歩くぞ」
五分ほど歩くと、辺りの喧騒が槌を振るう音から陽気な話声や喧嘩の音に変わってくる。
先ほどのポーチを買っておけとのアドバイスに、俺は通り道の革製品の店に寄る。買ったのは、握りこぶしが二つ入る程度の口をしたベルトに着けられるタイプのバッグ。サイズ直しも必要ないので店の中でつけさせてもらい、門で渡された印付きの木札を入れる。ちなみにお値段銀貨一枚と銅貨七枚。金貨で支払ったところ、お釣りは銀貨八枚と銅貨三枚だった。どうやら銀貨十枚で金貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚という換算らしい。まだ見たことはないが、おそらく鉄貨十枚で銅貨一枚なのだろう。
「鹿革か。手ごろなところを選んだな」
「えぇ。サイズもちょうど良かったので」
ここでのサイズとは動きを阻害しない程度という意味だ。どうせ後でアイテムポーチ化するので容量は関係ない。
しばらく行くと完全に飲み屋街だった。基本的には一階が食事処になっていて、二階が宿というのが多いらしい。
さらに数分歩くと、一軒の宿の前にリューグさん、イリスさん、ミアさんの姿が見えた。あそこが贔屓にしている宿なのだろう。例にもれず、一階が食事処になっているようだ。
「何か問題があったか?」
「大部屋しか空いてなかった。女将さんの好意でとりあえずキープしてもらってる」
「そうか。シグルドさんは俺たちと一緒の部屋でもいいか?」
ラッシュさんはそう聞いてくれるが、その顔はさっきのギルドマスターとの会話を踏まえて同じ部屋にしといてくれと言外に言っている。しかし大部屋一つということはイリスさんとミアさんも同じ部屋ということで。こういうとき家族でもない場合は男女を分けるという価値観で今まで生きてきた俺はそれでいいものかと女性陣を見る。
「私たちは大丈夫ですよ」
「安宿だと知らない人と雑魚寝とかもあるからね」
「というかリーダーもその辺気を使いすぎです。節約できるならした方がいいのに」
「普通気にするだろう。というか気にしろ。お前ら中身はともかく見た目はいいんだから。知ってるぞ、ベルヌのギルドでナンパされてたの」
ため息をつくラッシュさん。後ろで何かあれば黒焦げにするだの首をへし折るだの物騒な会話が聞こえたが、俺は聞いてないことにした。女性冒険者とは思っている以上に強かなようである。
行くぞと声をかけたラッシュさんを先頭に宿に入る。正面にはカウンターがあり、右手のウェイトレスらしき女の子が行ったり来たりしているホールからはがやがやと酔っ払いたちの会話とともにおいしそうな料理の匂いが漂ってきた。
カウンターには誰もいない。ベルが一つ置いてあり、それを手に取ったラッシュさんは手をスナップさせチリンと音を立てた。このベルの音は喧騒の中でも聞き取りやすいらしい。厨房の方から恰幅の良い女性がぱたぱたとやってくる。彼女がこの宿の女将さんらしい。
「ラッシュ、おかえり」
「ああ。また世話になる。大部屋しかないらしいが?」
「ここ何日か客が多くてねぇ。そろそろ帰ってくるとは思ってたから一部屋は空けてたんだけど」
「迷惑をかける」
「気にすることはないよ。長期のお客は有難いからね。期間は? とりあえずまた三十日くらいかい?」
「できれば、部屋が空き次第移りたいのだが……」
「またわざわざ金のかかるやり方をしてからに。あとから差分の清算をしてやるから、とりあえず取りたいだけ取っときな」
「いつもすまないな。今回は半年ほど頼みたい」
不思議そうな顔をする金獅子のメンバーに「後で説明する」と言ってラッシュさんは手続きを進める。
「あいよ。大部屋のままだったら、えーっと……一人金貨二枚くらいか。にしても今回は随分長いね。そっちの新顔の育成でもするのかい?」
「あぁ。うちの新入りだ」
女将さんがほーぅという顔をし、リューグさん、イリスさん、ミアさんはその顔を輝かせる。もともと俺のパーティー入りを肯定していた三人だ。ラッシュさんの言葉でそれが確定したことを悟ったのだろう。
「若いの、ちょっとこっち来な」
女将さんに呼ばれて俺は前に出る。
「あんたいい人たちに拾われたね。アタシはこの跳び兎亭の女将、リリーだ」
「シグルドです」
「よろしく。うちは宿と料理は別料金だ。飯が食いたくなったらここに降りてきて好きに注文しな。飲み物が欲しいときも同じさね。そういやあんた年は?」
「十七です」
後ろから「えっ」という声が四つ聞こえたが気にしない。
「なら酒を出しても大丈夫だね。といってもエールとワインくらいしかないけど。あと食事は日の出前と昼過ぎから夕方になるまでは仕込みの時間で提供してないから気を付けな。まぁ何か困ったことがあったら別途言っとくれ。これからも跳び兎亭を御贔屓に」
そういって女将さんはにっと笑った。
食事場所の席が空いていないそうなので、それぞれ前金で合計金貨八枚を支払いカギを人数分受け取って二階に上がる。取った大部屋は一番奥だ。
部屋に入ると、ベッドが六つ置いてあった。それ以外のスペースはあまりない。
各々がベッドを確保する。向かって右側が女性陣、左側が男性陣のようだ。俺もそれに倣い、左側一番手前のベッドに腰を下ろす。お尻から伝わる感触からするに、綿か何かを布に詰めているらしい。ついでに枕は羽毛っぽい。
「で、ラッシュ。いつの間に話をまとめたの?」
「何の話だ?」
「そうですよ。シグルドさんのことです! 私たちには釘を刺しておいて……」
女性陣二人から、特にミアさんからニヤニヤとした笑みが飛ぶ。
こうしてみるとチェシャ猫みたいだな、この人。
一方でリューグさんは我関せずと弓の手入れを始めていた。聞き耳は立てているようだが。
「その件について話がある」
ラッシュさんの雰囲気がガラリと変わった。ギルドマスターとの時もそうだったが、落差と緩急が激しい。
すかさずイリスさんが遮音結界を張る。三人ともいつもの若干気の抜けた感じが鳴りを潜め、目つきが変わった。冒険者特有の威圧感とでもいうのだろうか。そういうのが漏れ出している。
「特級の案件ですか」
「下手したらそれ以上だ」
ラッシュさんは、ギルドマスターとの話を俺の考えている人型巨大兵器のことだけは隠して金獅子のメンバーに話す。話の合間合間で三人から鋭い視線が飛んできて非常に居心地が悪い。
説明が終わり、しばし沈黙が支配する。
「それでは、シグルドさんは国家機密レベルの護衛対象ということに?」
「是であり否だ。機密のレベルだけは高いが彼を守る必要はない。うちのパーティーに入れるのはあくまで経験と常識を叩き込むため。自衛は自分でやってもらう。それに、彼が本気を出せる状態になったら一人でミスリル級のパーティーが壊滅するだろう」
ここでの本気とはパワードスーツまでのことを言っている。人型巨大兵器が完成したら国が亡ぶことまでは流石に言わない。
「そこまでですか。ではこれは護衛依頼というわけではないんですね?」
「あぁ。だから俺たちがしなきゃいけないことは彼を一人にしないこと。彼の噂を吹聴しないこと。流れた噂の真偽はパーティーの秘匿情報としてごまかすこと。この三つになる。新人冒険者の面倒を見るのにちょっと毛が生えた程度だ」
そう言ってから、ラッシュさんは真面目な雰囲気をふっと霧散させた。
「だが力を借りてはいけないということじゃない。端から分からないなら、働いてもらっていいとギルマスが言ってたしな。とりあえずは全員分のアイテムポーチでも作ってもらおう」
そう言ってラッシュさんはいたたまれなくなって小さくなっていた俺の側にやってくると、肩をぽんと叩いた。そこにいたのは、いつもの気配りができて細かいことは気にしない優しい男だった。
「あまり気に病むな。お前の加入は俺たちにとっても利になる。たっぷり働いてもらうから、覚悟しとけよ?」
「ラッシュさん……」
差し出された手を、しっかりと握る。
「よろしくお願いしますね。あまり魔術に関して聞けなくなったのは残念ですけど」
イリスさんはいつものおっとり笑顔だ。
「これからもっと楽しくなるね」
ミアさんは八重歯を見せてニシシと笑った。
「期待してる」
リューグさんはそっぽを向いて弓を弄りながらだったが、確かな温かみを感じた。
歓迎されている。そう、確かにわかる。
前世では周りの人に迷惑ばかりかけていた。最後の方は、一人じゃ何もできないことも多かった。両親は何も言わずに愛情を注いでくれた。友達は嫌な顔一つせずに助けてくれた。だが、俺は悔しかったのだ。何もできない自分が。何もさせてもらえない環境が。
一緒に。共に。パーティーの一員として働いてもらうと言われて、俺はその感情を初めて正確に理解した。
そうやって色々自覚した俺を、四人がおろおろしながら見ていた。何事かと思えば、ぽたりと雫の落ちる音。そこで初めて、濡れた頬の感触に気づく。
「す、すまん。何か気に障ることでも言ったか……?」
「違うんです。俺、故郷じゃ何にもできなくて。人に頼られるってこんなに嬉しいことなんだって。初めて……分って……っ」
顔を伏せて涙を流す俺の頭に手が伸びる。泣きじゃくっていた俺にはそれが誰のものかはわからなかったが、年下をあやす様な優しい手だった。
なおこの後、俺が泣き止むのを待って食事に行くと当たり前のように宴会が始まった。運ばれてきたエールに口を付けたが、人生で初めての酒の味はほどほどと言ったところ。ラッシュさん曰く、そのうち慣れてくるとのことだ。酒の話から年齢の話になったが、どうやら俺にはこの世界基準でも日本人が童顔に見えるアレが発動しているらしく、成人年齢である十五か十四歳くらいだと思われていたらしい。女将さんが歳を聞いてきたのはそういうことのようだ。なおミアさんは俺と同じく十七歳。リューグさんは一つ下の十六歳。ラッシュさんは二十五歳だそうだ。イリスさんには「うふふ、いくつに見えます?」と地雷原まっしぐらな質問をされた。二十歳くらいだと思うが、一応「同い年ぐらいですかねー」と言って難を逃れる。イリスさんの酔いが回ってきた頃合いにラッシュさんがこっそり「あいつの歳は二十一だ」と教えてくれたが、行き遅れまでリーチがかかり始めてるから歳の話は厳禁な、と釘も刺された。ちなみに一番酒癖が悪かったのは、ラッシュさんに物理的に絡みまくるイリスさんである。「酔ってる時の記憶があれば説教もできるのになぁ」とぼやくラッシュさんからは若干哀愁が漂っていた。




