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目の前を通り過ぎて行く二人の後ろ姿が
完璧に視界から消えたのを確認したシェリルは、
その場にへなへなと座り込んだ。
「はっ、………ぁ、よかった…………。」
まだ上がったまま落ち着かない呼吸を整えようと
シェリルは深呼吸を繰り返す。
そのうちに段々といつもの呼吸にもどり、
なんとかゼインと鉢合わせにならずに済んだことに
安堵の息をついた。
「………また曲がり角で鉢合わせになるところだった。」
これから廊下を歩くときは曲がり角に注意しなくては。
そんなことを考えながらシェリルは立ち上がる。
せっかくヴィンセントに教えてもらった本を読もうと
書庫に行こうとしていたのに………
なんだかもうそんな気分ではなくなってしまった。
………とりあえず、一旦屋敷に帰ろうか。
レンの仕事が終わる頃にまたここに来て、
それから一緒に夕食に出かけた方がいいかもしれない。
もしくは城の誰かに頼んで、
どこか待たせてもらえる部屋はないか聞いてみようか。
「…………とにかく、
誰でもいいから人がいるところに行こう。」
トボトボと歩き出したシェリルは、
自分の目の前を通り過ぎて行くゼインが
怪しげな笑みを浮かべていたのを実は見ていた。
何を考えて笑っていたのかは知らないが、
あの人、やっぱり苦手だし普通じゃない気がする……
そんなふうに思わせる笑みだった。
「……………………。」
それに、と
シェリルは腕のアザが薄くなった日のことを思い出す。
………あのとき、あの人に手を掴まれた瞬間、
感じたあの感覚はなんだったんだろうか。
リアムと手を繋ぐ時に感じる恥ずかしいような、
こしょぐったい感覚とは違う。
………まるで、子供の頃に両親と手を繋いだ時の、
あの安心感のような。
「……………安心感?」
苦手意識を持ってるのに?
そんな人に手を掴まれて、
なぜ安心感など感じるのだろうか。
それともこれは、苦手意識ではなく別の感情?
少しずつゼインへと向けていた自分の感情が
苦手でなく別の何かであることを、
シェリルは本能的に感じ始めていた。
………苦手じゃない?でも近づくには抵抗がある?
考えがまとまらず、
ただひたすらに歩き続けていたシェリルは
気づけば無意識に、リアムの執務室の前に来ていた。
………助けてほしい。
この理解できない感情に飲み込まれそうな自分を。
リアム様に、大丈夫だよって言ってほしい。
でもあの人は、わたし"だけ"の人じゃない。
この国を背負って立つ王太子を支え、
国民のために力を使う立派な王子様だ。
………わたしだけを見てくれるわけじゃない。
わたしだけを助けてくれるわけじゃない。
彼に、自分の為だけに使う時間は、
きっと世間の恋人たちよりもずっと限られたものしかない。
ならば、そんな簡単に助けを求めてはダメなのだ。
"助けてほしい"と望む自分の感情を押し殺して、
シェリルは執務室の前から立ち去ろうと
扉の方に向けていた体を横に向ける。
………やっぱり一度、屋敷に戻ろう。
気持ちを切り替えて、押し殺して、
何事もなかったようにレンと夕食を食べに行こう。
大丈夫、きっと隠せる。
そうしなきゃ、王子妃になんてなれやしない。
あの人の隣に立つ為に必要なのは、
感情を殺し、王子妃としての仮面をつけることだ。
シェリルは再びトボトボと歩き出す。
その暗く悲しい表情を、誰にも見られないよう、
自分の目からポタポタとこぼれ落ちる涙を、
誰にも見られないように下を向きながら。




