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誰一人、口を開こうとしない沈黙の中、
シェリルは繋がれていたリアムの手をそっと離す。
その事に気づいたリアムがゆっくりと自分の方を見たが、
そのまま気にすることなく、
首元にかけられたネックレスへと手をかけた。
「………嬉しかったです、このネックレス。」
「!」
「………でも、
わたしがいただいていい物ではありません。
どうか、本当に愛する方にお渡しください。」
嬉しかったのは本当だ。
自分の為にとリアムが選んでくれたのだから。
でもそれ以上に、自分の心の中を占めるのは、
あなたから逃げなければという直感と本能。
言い伝えの呪いなんか無くて、ただ普通に出会っていれば、
わたしも他の令嬢たちのように
あなたを純粋に慕うことができたかもしれない。
カチッと音がして、首元からネックレスが外れる。
会ってまだ間もない自分に贈るには高価すぎるそれを、
シェリルは自身の手に収めると、
「………お返しいたします、リアム様。」
フィオナへ精一杯の嫌がらせを込めて、
シェリルはネックレスをリアムの手に握らせる。
フィオナに手渡すくらいなら、リアム様に返す方がマシだ。
たとえこの後、ネックレスがフィオナの手に渡ったとしても
それはもう自分の知るところではない。
まぁお古は嫌だと言って、駄々をこねるだろうが。
「婚約は無かったことにいたしましょう。
契約に関することで何かありましたら、
レンを通してお伝えいただければ結構です。」
リアムの隣から離れるように後ろに下がると、
シェリルはその場にいる者たちを魅了するような笑みで
完璧な、誰もが見惚れるようなカーテシーをしてみせた。
「………遠くから、お二人の幸せを願っております。」
クルっと振り返り、シェリルは歩き出す。
あとで両親から大目玉を食らうのは覚悟の上だ。
きっと会場のどこかにいる父も、
すぐにこの騒ぎを知ることになるだろう。
………ごめんね、父様。そしてレン。
だが今は謝罪より、ここから離れるのが最優先だ。
リアムのあの力を今使われてしまったら、
私の努力も、フィオナの努力も無駄になってしまう。
スカートの裾をギュッと掴み、
人混みをかき分けるようにして早足で前へと進む。
すれ違う客人たちが何事かと振り返り自分を見るが、
今はそんなことに構っているヒマはない。
急いで会場の出入り口に辿り着くと、
シェリルはその扉を思いっきり開け、廊下へと飛び出した。




