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しばらくアップルパイは食べないと心に誓ってから数日後、
シェリルはアイリーンと共に元王妃から誘いを受け、
三人でお茶会を開いているところだった。
「城での生活にも少しは慣れたかしら?シェリルちゃん。」
「は、はい!
まだ慣れないこともたくさんありますけど、
皆さん親切にしてくださるので…………。」
「そろそろ生活の拠点を城に移したらどう?
屋敷から通うのも大変でしょう?」
「…………そ、そうなんですけど。」
元王妃からの提案に、
シェリルは頷くことができない。
屋敷に帰らず城で暮らすということは…………
「そうなると、
ますますリアム様がシェリル様に
ベッタリになっちゃいますわね?」
クスクス笑いながらアイリーンが言えば、
シェリルは恥ずかしそうに肩をすくめて
しゅるしゅると小さくなってしまう。
………そう、問題はそこなのだ。
もし城で暮らすことになれば間違いなく、
リアムの"甘やかし"はひどくなるはずだ。
そんなのが毎日続くようになれば、
シェリルの貞操はあっという間に奪われるに違いない。
今でさえギリギリのところで守っているというのに。
「あの子のシェリルちゃんへの執着心は、
正常値を遥かに超えてるものね…………
いくら"血"を受け継いでいるとはいえ、
本気であなたを監禁するんじゃないかと心配だわ。」
「…………………………。」
リアムの母である元王妃と、現王妃であるアイリーンは、
リアムが言い伝えの男の血を受け継いでいることを
もちろん知っている。
だがそのことを知ったアイリーンが
"そんな不思議なことがあるんですのね?"と
特に気にした様子を見せなかったということは、
ゼインも同じように血を継いでいることを
どうやら彼女は知らないらしい。
「でも元々リアム様は
シェリル様以外のことは淡々とされてませんか?
執務中も宴席に出席されている時も、
笑っていらっしゃるけど笑っていないというか。」
「あの子、昔からそうなのよ。
自分の感情を隠すのがうまいというか、
人に自分を見せるのが嫌なのかしらね。」
「………………………。」
感情を隠す?あれが?あれで隠してる?
自分といる時のリアムは感情など隠していない。
笑って、不機嫌になって、
かと思いきや急にイジワルそうな笑みを浮かべて
自分を甘やかしてくる彼の表情は豊かだ。
たまに見せるあの"へにゃり"と笑った顔など、
自分の弱味のひとつになっているのいうのに。
「でもまぁ………
あなたの前では違うみたいだから安心したわ。
あの子もちゃんと、感情を持ち合わせていたのね。」
そう言って優雅にお茶を飲む元王妃を
シェリルはチラリと横目で盗み見る。
………リアム様は母親似だ、
髪の色は違えど見た目がよく似ている気がする。
そして中身も似ているのだとすれば、
きっとこの元王妃も少しイジワルな性格をしているだろう。
もし自分の息子が本当に婚約者を監禁したとしても、
"あの子の相手はあなたにしか出来ないから"とか言って、
助けてくれないような気がする…………。
「シェリル様もどうぞお飲みになって?
このお茶、わたしの故郷から取り寄せた物なの。
少し甘くて、でも後味はスッキリしてるのよ。」
「あ、はい!それでは…………。」
アイリーンに勧められ、
シェリルは自分の前に用意されたカップに口をつける。
ほんのりとピンク色をしたそのお茶は、
匂いも少し甘ったるさを漂わせている。
………なんだろう、このお茶。
飲んだことはないはずなのに、飲む前から苦手意識が働く。
一度はカップに口をつけたものの、
なかなか飲もうとしないシェリルを不思議に思ったのか、
アイリーンが心配そうに声をかけてくる。
「シェリル様?
………このお茶、あまり好きではございませんか?
私の故郷では美容にもいいと言われて
昔から人気なんですけど………
匂いも甘いですから苦手な方もいらっしゃって。
ですからシェリル様も無理には…………。」
「い、いえ!大丈夫です!いただきます!」
そう言ってシェリルは再びカップに口をつけると、
グイッとお茶を喉へと流し込む。
………たしかに甘い。
くどいと言うほどの甘さではなく、
飲んだ後はスッキリとした清涼感が口に広がる。
………ミントアイスみたい?と、
シェリルが頬を綻ばせたのを見たアイリーンも、
ホッと安心したような表情を見せる。
「あなたの故郷はいろんな茶葉を栽培しているものね。
味も色もうちには無いような物があるのでしょう?」
「えぇ、お義母様。
このお茶は淡いピンク色をしていますけど
他にも変わった物でいえば淡い青色もありますわ。」
「青………… 。」
そんな色のお茶もあるのかと、
シェリルは自分のカップの中にまだ残っている
淡いピンク色のお茶を見つめながらつぶやく。
お茶にも種類はたくさんあるのは知っているが、
アイリーンの故郷のお茶は珍しい物が多そうだと
シェリルの探究心がくすぐられる。
………ヴィー先生との授業で聞いてみようかな。
気になる物があればアイリーン様に言って、
取り寄せてもらうのもいいかもしれない。と
頭の中で考えを巡らせていたシェリルだったが、
「……………?」
自分の視界がふと、揺らいだように感じた瞬間。
「あ…………?」
ポタポタポタッと、
真っ赤な斑点が自分のブラウスに出来上がる。
「かっ、………はっ。」
「シェリル様っ!!!」
それが鼻血だとすぐに気がつき、
思わずシェリルは首を上にあげてしまう。
だがそれがいけなかった。
「がっ、はっ………うぁっ。」
大量の鼻血が鼻から喉へと流れてしまい、
シェリルはその苦しさと気持ち悪さに咳き込む。
普通の鼻血とは思えないほどの出血量に、
鼻を押さえていたシェリルの手は瞬く間に血だらけになり、
垂れ落ちる自分の血のせいで
白いブラウスは斑点どころか赤く染まりつつある。
「侍医を呼びなさい!!
早く彼女をっ………!!」
義母が大声で侍従達に命令しているのが、
薄れゆく意識の中でこだまする。
顔を青ざめさせて口を押さえているアイリーンの姿が
ゆがんでいく視界に映った。
…………気持ち悪い。
口の中に広がる血の味と、
真っ赤に染まった自分の手のひらを見つめながら、
シェリルは意識を手放した。




