87:以心伝心
「さてさて、どうして上手くいかないんだろうね」
魔法学校で俺に指導しているアシュリーがやれやれといった顔でため息をつく。先日の授業で俺は自分に対する強化魔法を発動させるのには成功したのだが、その後の他人に対して強化魔法を発動させる演習では失敗続きだった。
「なんというかな、自分自身にかけるときはどうやったらいいかなんとなくわかるんだが、他人にかけようとするとなんかよく掴めないんだよな」
「うーん……もしかしたらこういうことかな」
アシュリーはそう言うと俺の手をとって自分の胸に触れさせる。
「触ってみた感じはどうだ?」
「……いや、意外に柔らかくていい感触だなと思うが」
俺がそう言うとアシュリーは俺の手を見て、触れている箇所に気がつくと慌てて振り払った。
「あ、いやそういうことではなくてだな。あー、さっき私はかなり大幅に魔力を変化させていたんだが何も感じなかったのか?」
慌てているアシュリーは思ったよりもかわいいところがあるなと思いながら俺は答えた。
「ああ。特に変わったという感じは受けなかったな」
それを聞いたアシュリーはうんうんと頷いている。
「やはりそうか。チャックは自分自身の魔力を感じるのはかなりの精度だからまさかとは思ったが、本当に他人の魔力を感じていなかったんだな」
「普通は他人の魔力がわかるものなのか?」
俺の問いにアシュリーはニコニコしながら答える。
「普通というか、魔法学校で習った人間ならね。互いに魔力を確認し合うのは本当に初級の練習でやってるから、自分の魔力はしっかり感じるのに他人の魔力がわからないなんてのは想像外だったよ」
「なら俺の当面の課題は他人の魔力を感じてそれに変化を与えるっていうことになるかな」
「そうなるね。じゃあとりあえず私の魔力を感じてもらうことから練習しようか」
こうして俺は他人の魔力を感じ取る訓練を開始したが、これは思ったよりも難航することになるのだった。
◆――◆――◆
「じゃあいくぞ。『気配感知』」
そう言って俺は魔力の放出をはじめる。他人の魔力を読むのに難航した結果、『チャックが慣れている方法で魔力を使うところを見てみよう』とアシュリーが言い出して二人でヤダイ近くの森の中へと足を運んだのだ。ついでに今晩の食事も調達しようかという狙いもある。
「いや、まったく駆け出しの魔法使いよりも魔力の放出がスムーズなのにねえ」
アシュリーは半分あきれたような感心したような調子でつぶやいている。その間にも俺は周囲の状況を整理してアシュリーに告げる。
「結構獲物は居るが、獲りやすそうなのは西の水辺にいる水鳥だな。陸上の動物から狙われにくいので警戒心が薄いし、水面が開けているから狙いやすい」
「狙いは任せるよ。参考までに他にはどんなのがいるのか教えてくれるかな」
「東の丘にはたぶんウサギが数羽いるな。巣穴もたぶん近いし逃げられやすい。北の藪にはちょっと大きめの、たぶん猪がいる。藪に紛れるから狙いにくいし短弓に短剣ではちょっときつい。西北の森には鳥がたくさんいるが水鳥ほどは群れないし狙いやすくない」
そう答えるとアシュリーは何か納得した様子で頷いていた。
「なるほどね、参考になったよ。じゃあ水鳥を狩って帰ろうか」
「今ので何かわかったのか?」
俺がそう訊くとアシュリーは軽く笑顔を浮かべていった。
「うん、たぶん原因の推測はできた。まあそれは帰って食事でも作りながら話そうか」
そうして俺は水辺で水鳥を数羽仕留めて回収すると学校へと帰還した。
◆――◆――◆
「俺が感知できているのは自分の魔力だけじゃないって?」
魔法学校の調理室でアシュリーと一緒に水鳥をさばいていた俺は意外なことを聞かされた。
「ああ。チャックは獲物を感知するときに種類まで判別していただろう。あれは獲物が持つ魔力の違いを感じていたんだと思うんだよね」
「細かいことはわからんが、じゃあなんで他人の魔力はよくわからないんだ」
「チャックは魔力による気配感知を移動中の安全確保や狩りで獲物探しに使っていただろう。だから人間はただ『人間』とだけ判別してしまって細かい違いを気にしていなかったんじゃないかな」
俺はそういうものなのだろうかとイマイチ納得しきれないまま鳥の解体を済ませ、料理に取りかかった。鳥肉とついでに獲ってきた香草メインのスープである。煮込みにかかりちょっと息をついていると、ふと覚えのある気配を感じた。
「こんばんはー。チャックと、アシュリー先生もここだって聞いて」
やってきたのは俺の昔のパーティー仲間の魔法使いで、ついでにアシュリーの教え子でもあるマユだった。
「ああ、ちょっと俺が魔力感知使うのを見たいっていうんで狩りに行ってきてな。獲物で夕飯作ってる。マユはどうしたんだ」
「あたしはサラのパーティーで仕事の途中よ。今日はここで宿取ったんでついでにチャックの顔見に来たんだけど。急に来たから驚いた?」
「いや、ずいぶん前からマユの気配がしてたからな。急っていや急だが」
俺たちが話しているとアシュリーが割り込んできた。
「ちょっといいかな。チャックは近づいてきたのがマユ君だってわかったんだよね」
「ああ、パーティーでは3年ほど一緒だったしな。仲間の気配ぐらいは覚えてるさ」
そう答えるとアシュリーはちょっと考えてから言った。
「なるほど、ではチャックはマユ君が相手だったら魔力を読んで強化魔法を発動できるんじゃないかな。あとでちょっと協力してくれないか」
「えっと、先生。ちょっと話が読めないんですけど」
困惑するマユに俺が声をかけた。
「詳しいことは飯でも食いながら話そう。一緒に食べていけるか?」
「ええ、まあ食事にでも誘おうと思って来たんだしそれはいいけど」
こうして食事をしながらこれまでの経緯を説明した後で試したマユの魔力は確かに読みやすく強化魔法の発動にも成功し、そこで他人の魔力を変化させるという感覚をつかんだ俺は数日中にはマユ以外の他人へも強化魔法をかけられるようになったのだった。




