86:授業開始
「じゃあ講義を始めるよ。チャックは予習はしてきたのかな」
ヤダイの魔法学校で教鞭を執るアシュリーが俺への概要説明を終えていよいよ講義に入った。
「一応教科書に目を通すぐらいはな。それでちょっと疑問なんだが、さっきの説明だと最初に魔力操作を習って次が能力強化、そのあと攻撃魔法ということだったよな。教科書だと二番目は攻撃魔法になっていたんだが、どうしてなんだ」
俺がそう訊くとアシュリーは感心した様子を見せる。
「おお、ちゃんと予習してきているね。うん、普通は魔力操作を覚えてもらったあとは『火球』等のいわゆる攻撃魔法を教えることがほとんどだ。でもチャック君はすでに冒険者として数年の経験を積んでいる。ならば自分自身に対する魔力での強化も無意識に行っているだろうから強化系の方が覚えが早いだろうという予測を立てたんだ」
「そういえば聞いたことがあるな。魔法は使わずとも冒険者なら大抵は無意識に魔力を使って能力を向上させていて、硬い皮膚を持つ魔物を一刀両断するのも身長より高く飛び上がるのも無意識に魔力で強化している結果だと」
「そうそう。チャック君は魔力で気配感知をするときにおそらく視覚聴覚なども同時に強化しているんじゃないかと思うんだ。その感覚を拡張していけば強化魔法が覚えやすいと思ってね」
ここまで聞けば俺もさすがに納得した。
「よくわかった。じゃあ初めは魔力の操作からだったよな。どういうふうにすればいいんだ」
「ああ。この間は放出する魔力に強弱をつけるのを見せてもらっただろう。あれが第一歩でもうできてるから、次は自分の身体の中で強弱つけることができるようにするところからだ。そのあとはそれを身体の中央に集めるようにして……」
アシュリーに指導されながらの魔力操作訓練に合格点がもらえたのは4日後のことだった。
◆――◆――◆
「うん、十分魔力操作に慣れたようだからいよいよ強化魔法の実践に入ろうか。ちゃんと予習はしてきたかな?」
「ああ。『体内を巡る魔力に対して呪文を使って変質させ、筋力増大や感覚鋭敏化、攻撃力・防御力強化を行う』だったよな」
俺が答えるとアシュリーは笑みを浮かべる。
「ちゃんと教科書を読んできてくれてうれしいよ。呪文も書いてあったはずだけど、細かい発音や声調はこれからみっちり指導するからね」
「はい、よろしくお願いします。アシュリー先生」
少々芝居がかったやりとりの後でマンツーマンでの呪文の指導が始まった。普段使っている言葉とはまるで違う発声もあってなかなか難しい。
「呪文を唱えることで魔力が変質するっていうのはいったいどういう仕組みなんだ?」
発声に苦心しながらの練習中にアシュリーに尋ねてみる。
「実はそれは未だに解明されていない謎なんだ。わかっているのは呪文は規則性がある何らかの言語……魔法使いたちは『古代魔法語』なんて呼んでるけど、魔法に使う以外にはほとんど使えない謎の言語で構成されているんだよ。魔力さえあれば丸暗記でも発動するから、この世界の生物の魂に刻み込まれているのではないかともいわれている」
「言語っていうことは呪文の意味を理解すれば内容も変えられるのか?」
「うん、実際にそれを研究している魔法使いは多いよ。ただちょっと書き換えただけでも発動しなくなったり、逆に大胆に省略しても同じ効果が得られたりするんだ。ちょっとずつ変化させて検証していくのはなかなか地道な作業だよ」
「初心者は丸暗記で発動させるのが無難ってことだな」
そうして呪文をなんとか通して唱えられるようになるまでにも数日間を要してしまったのであった。
◆――◆――◆
「気配感知!」
俺は一言唱えて『気配感知』をはじめる。魔法ではないので口に出す必要はないのだが魔力を使い始めた合図だ。ここしばらくの魔力操作の訓練のおかげで自分の身体を流れる魔力も以前よりよくわかるようになっているのを感じる。
「よし、魔力の流れを感じられているね。では呪文を使ってそれを変化させてみよう。まずは『聴力強化』からだ」
アシュリーの指示に応じ呪文を唱える。丸暗記した意味のわからない言葉を唱え、最後に発動語を口にする。
「『聴力強化』」
その言葉が終わると同時に俺の身体を流れる魔力が変化し、周囲の音がやたらにうるさく聞こえ始めた。思わず耳を塞いだ俺にアシュリーが話しかける。
「どうやら上手くいったようだね。気配感知に関係する能力の強化から始めたのは正解だったようだ」
「ああ、しかしこの喧しさはどうにかならないものかな」
「まあおいおい慣れていくだろうさ。さあ、今の感覚を忘れないうちにほかの強化魔法も試していこう」
そうしていくつかの呪文を練習し、多少の苦労はあったものの視力強化、筋力強化、対魔法強化、防御強化などの自己強化呪文を発動させることができるようになったのだった。




