84:縁故入学
「じゃあグレアム、そういうことで」
ヤダイにある魔術学校の校長室でコーリーが微笑みながら壮年に見える男性に書類を渡す。グレアムと呼ばれたこの男性はここの校長でかつてはコーリーの後輩であったそうだ。
「先輩の頼みで名誉理事長の承認済みとなれば引き受けないわけにはいかんでしょう」
パラパラと書類に目を通していく校長は面倒ごとを押しつけられたなという顔をしている。
「つまり才能を見過ごされたまま大人になった人間に魔術を教えるという試みのため彼を生徒として受け入れるようにということでいいのだね」
「ええ、よろしくお願いね」
コーリーが頷くと校長はこちらに向き直って話し始める。
「では聞いているかもしれないが一通りの説明をしよう。チャック君は聴講生として入学してもらう。普通の学生のように毎日通うことなく数回のレポートを提出して担当教師の承認を得れば修了と認められる」
これは俺が出した条件でもある。単独で長距離の担当が可能な伝令人は少ないのだ。ある程度は他に回すとしても俺でないと難しい仕事もあるだろう。
「在学中は購買部や学生食堂も学生価格で使用可能だ。申請が必要な施設もだいたい使用できる。ただ研究室関係者以外の立ち入りが禁止になっている研究室もあるから気をつけてくれたまえ」
「やっぱり危険な実験とかもやってるのか?」
俺がつい口を挟むと校長はニヤリと笑って続けた。
「それもあるが、国の機密事項を扱っていたりもするのでね。許可無く立ち入った場合はどちらの意味でも君の安全は保証できない」
そこまで言うと校長は笑顔を苦笑に変える。
「実際に若い学生が肝試し気分で忍び込んだりするんだよ。まあ大抵は厳重注意と単位取り消しの上で奉仕活動となるんだけど、チャック君のような大人の場合は本気の密偵と疑われかねないからね」
「よくわかった。不用意な真似はしない」
「うん、大人の行動を期待するよ。それで担当教授の希望がアシュリー先生とのことだね」
「アシュリーちゃんならもともと知り合いみたいだしこういうことには向いてるかなって」
一通りの説明が終わったと判断したかコーリーが会話に入ってきた。
「そういえばアシュリー先生も先輩の教え子の一人だったね。確かに彼女も研究者肌だから試行錯誤が必要な試みには向いているだろう。了承するよ」
「ありがとうね。じゃあアシュリーちゃんにはわたしから直接説明しておくことでいいかしら」
「先輩がそれでいいならお願いするよ。じゃあ実験の承認とチャック君の入学許可とアシュリー先生の任命書に署名をしておくから」
校長はそう言いながらペンを取りコーリーが用意していた書類にすらすらと署名する。
「よし、これでチャック君もここの学生だ。がんばってくれたまえ」
◆――◆――◆
「先生はいきなりなにかと思ったら聴講生の担当とはこれまた面倒なことを持ってきましたね」
コーリーが手渡した任命書を確認するなりアシュリーが文句を言ってきた。
「私は研究をしたいから講義は最小限で学校に残りたいんだって採用してもらったときの面接官は先生だったじゃないですか」
「まあまあ、生徒はこのチャックだから。アシュリーちゃんも知ってるでしょ」
それを聞いたアシュリーがちょっと気の抜けた顔になる。
「え、盗賊君が? 前に来たときに最近先生の担当になったみたいな話をちょっと聞いた気もするけど、今日もその護衛じゃないの?」
「チャックはこれでも魔力の扱いが結構できるのよ。アシュリーちゃんは知らなかったの?」
「いえ、まあ素人にしては魔力が多めだなーとは思ったけど冒険者って結構そういうのいるし。聞いたことなかったよね」
こっちに話を振られたので俺も答える。
「言ってなかったかもしれないな。だいたいいつもこっちに来たときは携帯投石紐とその紐の話ばかりで大して雑談もしていなかっただろ」
その言葉にアシュリーもポンと手を打つ。
「そういえばそうだな。うん、あの紐は面白いよ。やっと量産化の目処が立ったから数年したら普及するかもね」
話が脱線しそうになるのをコーリーが止める。
「実際に感じてもらった方が早いわね。チャック、魔力の放出を強めにしてからだんだん弱くしてみて」
「ああ、わかった」
コーリーに言われた通りに一度最大出力で魔力を放出して徐々に弱めていく。アシュリーがこちらを見る目がだんだんと興味深げになってきた。
「なるほど、魔法使いでもないのにこれだけ制御ができるのは珍しいね」
「そうなのよ。だから本格的に魔法を覚えてもらったら面白いかと思って。大人になってから魔法を習うって例は少ないでしょ。これも立派に研究になるわ」
コーリーがそういいながら二枚目の実験の承認書類を見せる。
「ふむ、そういうことか。わかったよ。ではもう少し細かい打合せをしようか」
どうやらアシュリーも乗り気になってくれたようだ。




