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14)餌、あるいは騒乱の種

 リラツ王国からの使者、表敬訪問に訪れた第二王子ロレンスを迎えての式典は何ら問題なく終了した。


 無論、ロレンスの目的は、式典への参加ではなかった。


「これを預かって欲しいのと、きな臭い情報を持ってきた。ライティーザ王国国王アルフレッド陛下ならびにアレキサンダー王太子殿下」

ロレンスは、そうそうに無礼講を宣言し、酒を口にしていた。


 これ、とロレンスの指差した先には、従者の格好をした第三王子ハミルトンが居た。


 リラツの西には海がある。ロレンスは、海軍を指揮し、海賊を取り締まり、陸よりも海の上にいるほうが長いと言われるような男だ。立場上は王弟となっても、海軍を束ねると宣言している。新王の幼い息子達が成人したら、王位継承権を手放すと誓約もしていた。


「この俺に、内陸のライティーザの国王にならないかという打診が来た。何も調べていないのか、(おか)で俺が無力と考えているのか、どちらかだろうな」


 式典用の豪華な服を脱ぎ捨てて、軽装で現れたロレンスは、人払いを要求した。ライティーザ側が、アルフレッドとアレキサンダーとロバートだけになったことを確認すると、上着も脱ぎ、シャツの胸元をはだけてしまった。


「俺に(おか)での暮らしを囁くなど愚の骨頂だ」

ロレンスの風体は、海軍を束ね海賊を取り締まると言うより、海賊そのものだ。その後ろでは、ハミルトンが従者のように控えていた。ジュードともう一人、ケントと名乗った男は、そんなロレンスに驚いた風もない。


「先日、俺の弟、第三王子ハミルトンは、病没した。悲しいことだ。ところがこの男、ハミルトンにあまりに良く似ている。兄弟の俺ですら、間違えそうなほどだ。下手に担ぎ出されても困る。幸い、ハミルトンの財産があるから、それを元手に、これを預かってくれないか。無論迷惑をかけることはわかっているから、少々の厄介事に巻き込んでもらっても構わない」

ロレンスの言葉に続いて、ハミルトンが頭を下げた。


「どういうことかな」

アルフレッドが穏やかに問いかけた。


「この部屋は、予想外に耳目が多いのではないか。狼の」

ロレンスが、ロバートを見た。


「全て私の手の者です」

ロバートの言葉に、ロレンスは暫く考えた。


「まぁ、いい。仮にお前の言うとおりでなくても、リラツには不利益はない。リラツでは、不幸が続いた。我が弟ハミルトンは、長年療養し、公の場から姿を消していた。自身も病の身でありながら、数年前から病の床にあった父を見舞った後、父の後を追うように死んだ。この男は、市井の産まれだが、死んだハミルトンに良く似ている。リラツにいては、政争の火種になりかねん。死んだハミルトンに良く似た男が、ライティーザで暮らすことをリラツは望む。だが、ライティーザにとっては火種を抱えることになるだろう」


 ロレンスは盃をあおった。


「リラツの王弟の一人であるハミルトンと瓜二つの男だ。何ら働きもないまま、ライティーザで預かってくれとは言わない。死んだ男だが、火種を抱える詫びだ。好きなように扱ってくれて構わない。その代わりにライティーザで預かってくれ。それが我が兄と俺と、この男の望みだ」


 アルフレッドは、死んだと公表されたハミルトンを見た。ライティーザには、男爵家出身の母を持つアレキサンダーの血筋を問題視する一派がいる。ライティーザ王家と、血縁関係のあるリラツ王家の男子は火種でしかない。ロレンスは、その火種を手元に置き、好きに使えと提案してきた。


「名はなんという」

アルフレッドの態度は、王族に対するものではない。だが、リラツの王族のハミルトンは死んでいるのだ。


「好きにお呼びくださればと存じます」

ハミルトンは臣下の礼をした。


 アルフレッドは、アレキサンダーとロバートを見た。

「よいか」


頷いたのを確認してから、アルフレッドは、ハミルトンだった男を見た。


「では、ケヴィン」

「はい」

「その方の働き次第によっては、ライティーザで迎えることも検討しよう」


 アルフレッドが、アレキサンダーが王太子であることに未だに反対している一派を捕らえる餌になれ、と言ったことを理解したのだろう。


 ケヴィンと呼ばれた男の目には覚悟があった。ロレンスが、励ますかのようにケヴィンの肩を抱いた。

「ありがとうございます」

「礼を言う」

ケヴィンとなったハミルトンの言葉に、ロレンスも続いた。


「あぁ、そうそう俺はすっかり酔って忘れていたな。頼んでおきながら申し訳ない。依頼を受け入れてもらって、安心したら思い出した。どうやら俺はすっかり酔っているらしい」

ロレンスは次々と酒をあおった。


「明日の夜、この町のとある場所で、この男を預かると、申し出ている連中と落ち合うことになっていた。奴らは家も金も用意してくれるそうだ。ジュードはこの男の監視役として置いていこうと思っていたが、そういえば、必要なかったな。身の回りの面倒も、連中がみるらしいぞ。ジュードは、近辺で行方不明にでもなるか、連中に雇われるか、好きにしろ」


 ロレンスの申し出をアルフレッドが了承したことの見返りだろうか。ロレンスは、得物が既に餌に食らいついていることを、明かした。酔ったという言葉のとおりに、椅子に座ったまま、身体を左右に揺らし始めた。


「忘れていた、すまんな。いやはや申し訳ない、申し訳ない。先程の話は、忘れてくれ。酔っぱらいの戯言だ」

ロレンスは、シャツをはだけたまま、足元をふらつかせながら立ち上がった。


 ことさらに酔ったように、大げさによろめく大柄なロレンスを、背の高いジュードとケントが支え、その後ろにケヴィンが続いた。


「いやはや、この程度で酔うとは、俺はやはり海の男だ。(おか)は懲り懲りだ」

ロレンスが大口を開けて笑った。


「いい酒だった。リラツ王国は、心から感謝し、礼を申し上げる。アルフレッド国王陛下、アレキサンダー王太子殿下、狼の当主」


 優雅に一礼した後、ロレンスは、大きくよろめいた。よろめきついでに、ケヴィンの背を乱暴に叩き、抱きしめた。ロレンスは、力任せにケヴィンを抱きしめた後、何事もなかったように、おぼつかない足取りで出ていった。


 弟の望みを叶えてやったとは言え、兄の心境は複雑なのだろう。アレキサンダーは、ロバートを見た。


 かつてハミルトンは、ロバートを狼の当主と呼んだ。ロバートは、狼というのは、リラツに残る一族の古い呼び名だといった。


 今、ロレンスは同じ呼称を使った。それだけでなく、ハミルトンは国王や王太子と同じように、ロバートへ敬意を払っていた。リラツ王家へライティーザ王家の姫が嫁いだ際に、ロバートの先祖の一部が付き従い、今やリラツで王家に続くほどの大貴族となっていることは周知の事実だ。


 ライティーザ王国で、連綿と血脈を続ける本家であるロバートの一族には爵位がない。アレキサンダーが異様だと思う状況を、アルフレッドとロバートが、当然のように受け止めている。何かあるはずだとしか、アレキサンダーには思えなかった。


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