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1)五つ巴

「最早、三つ巴です」

ロバートの言葉に、アレキサンダーは頷いた。

「三つ巴、いや四つ巴か」

ふと数えてみたアレキサンダーは、気づいたままに口にした。


「増やさないでください。今だけは正確性を放棄したいです」

ロバートらしからぬ言葉に、アレキサンダーは苦笑した。

「そうだな」


 リラツの表敬訪問は終わった。リラツという問題が、一つ片付くはずだった。


 残念ながら、元ハミルトン、今はケヴィンをライティーザの王都に置いていってくれたから別の問題が増えただけだ。


 ケヴィンは、金の面倒を見ている者がいるので、仕事もしていない。傍から見ていても、この上なく怪しい男だ。ロレンスが口にしていたケヴィンを預かると申し出ていた者達の関係者らしい男達が、人目も憚らず出入りしている。ライティーザに監視されていることを承知のケヴィンは、随分と豪胆な発言を繰り返し、愚者らしく振る舞い、彼を養っている者達を煽っていた。


「ケヴィンを好きに使えと言っていたが」

アレキサンダーの立太子に反対していた派閥が、担ぎ出そうとしていたのはリラツ王国第三王子ハミルトンだ。ケヴィンはそのハミルトンによく似ている。同一人物だから当たり前だ。ケヴィンに、ハミルトンを名乗らせ、担ぎ上げることは不可能ではない。


 餌には既に、獲物が噛み付いている。獲物の顔ぶれで、判明しているのは小物ばかりだ。黒幕が絞りきれないままだ。相手の稚拙な作戦に乗じて、一網打尽にする以外は、今の所は手がなさそうだった。


「私の反対派をおびき寄せる餌になるようにケヴィンを置いていったが、その通りにしてもよいものか」

「お申し出ですから、ありがたく受け取って問題ないでしょう」

「そうであれば、数が減るな」


 アレキサンダーは、もう一度数えてみることにした。

「リラツから預かったケヴィン、南の安定化、私に反対する貴族たちの始末、グレースを攫おうとした黒幕の正体、リヴァルー伯爵の世迷い言となると、五つか。ケヴィンを私の反対派の餌にするならば、四つに減るぞ」

何も解決していないのだが、問題の数が減るというだけで、少し気分が晴れる


「そちらですか」

「どうした」

「いえ、また取り潰しになる貴族が増えるのかと」

ロバートが顔を顰めた。


 お前が叙爵を受ければいいという言葉を、アレキサンダーは飲み込んだ。毎度言い争いになる。ロバートは、彼の先祖たちと同じように我を押し通すだろう。


 アレキサンダーは、政務に関してもロバートのことを最も信頼している。幼い頃から何でも相談してきた相手だ。ロバートは、常に忌憚ない意見を聞かせてくれる。ロバートから諌める言葉を何度浴びせかけられたかわからない。ロバートが、唯々諾々とアレキサンダーの命令をきくこともない。気のおけない相手だ。


「五つ巴が四つ巴になると言いたかっただけだ」

五つ巴などという耳慣れない言葉より、四つ巴程度であれば耳にすることもある。

「グレース様を攫おうとした者達は、おそらくはアレキサンダー様に反対する者達の誰かでしょう。そう考えると、三つ巴です」

「さらに一つ減ったな」

何も解決していないが、捉え方一つで、問題が減った。

「リラツの意図は不明だが、ケヴィンは使わせてもらおう」


 ケヴィンの所在は判明している。出入りする者達が誰の手の者かも、ほぼ把握されている。複数の貴族達を束ねる首謀者が誰かが、わからないままだった。判明している貴族達は、互いにほぼ同格で、相手を従わせるほどの爵位も権威も財力もない。黒幕が他にいると考えるほうが自然だ。


 ケヴィンは自らの餌としての立場を理解している。ケヴィンは愚かでもない。愚か者を装うケヴィンを祭り上げようとする連中は、逆にケヴィンに担がれていることを気づいていない。


 アレキサンダーの手元には、ケヴィンに見せてやりたい大量の資料がある。だが、ケヴィンの周囲に反対派が蔓延(はびこ)る今、ケヴィンに見せてやることが出来ずにいた。反対派には、リヴァルー伯爵が関わっている可能性があるのだ。グレース孤児院の記録には、ローズの名前はない。あるのは、リゼの記録だ。


「リヴァルーは、本当にしぶとい」

リヴァルー伯爵は、行方不明となった娘を死亡したと届け出た一件で、短期間謹慎処分という、軽い処罰を受けただけだ。最早二十年近く前の出来事だ。一人娘の病と家出という、当時の彼の心の痛手を慮った者が多かった。


 リヴァルー伯爵は、先王の時代から今まで、宰相という立場にいる。


 アレキサンダーの言葉に、ロバートが目を閉じた。

「ケヴィンには協力していただく分、後々お手伝いさせていただきましょう。すでに、王都の教会に、預かった女性と、死者の名簿を提出するように命じてあります」

「そうなると、リヴァルーの戯言や、産婆のこともわかるかもしれんな」

「はい」


 ロバートには、さらにもう一つ、個人的な問題があることを、アレキサンダーは口にせずにいた。ロバートと父親バーナードとの関係だ。


 リラツの表敬訪問がすぎ、春の園遊会と国王生誕祭の引き継ぎが始まっている。それだけでなく、王宮の様々な行事やしきたりに関しても、バーナードからロバートへ、引き継ぎも行われているらしい。


 アレキサンダーには、バーナードがロバートに関わろうとする理由がわからなかった。アレキサンダー以上に、当事者であるロバートは困惑し、警戒しているだろう。


 バーナードの奇妙な行動は、それ一つではない。バーナードは愛人を身近におかなくなった。単に、人前で侍らせることをやめただけかと思っていたが、本当に愛人がいないらしい。


 王宮の使用人達の一部、多くは貴族の次男三男だが、辞めるものが相次いでいた。選んだかのように、あまり芳しくない噂が絶えなかった者達ばかりが辞めていっている。


 今更ながら、バーナードは心を入れ替えたように見える行動をしているのだ。アレキサンダーには、バーナードの意図がわからなかった。ロバートも理解できずにいるだろう。


 バーナードは、心を入れ替えたように振る舞っている。だが、今までのバーナードの素行から、周囲の油断を誘い、何かとんでもない計画を立てているとしか思えない。


「ケヴィンには、せいぜい役に立ってもらおう」

アレキサンダーは二児の父となるのだ。生まれてくる子供のために、自身の足元はしっかり固めておきたかった。反対派の粛清が必要だ。


 ロバートとバーナードの問題に、他人であるアレキサンダーが、口を挟むのは躊躇われた。


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