わき道ーその⑥
どうも、もんたです。
前回の閑話からずいぶん空いてしまいましたが、閑話でございます。
読まずとも本章に影響はありません。
えぇ、ありませんとも…
そ、それでは、どうぞ。
――――カリカリカリ…
静かな部屋に軽快にペンが走る音が響いている。
控えめに開いたガラス窓からは明るい陽射しがのぞき、そよそよと心地よい風が吹き抜けていた。
窓以外の壁にびっしりと詰められている本棚に入りきらなかった本は床に積み重ねられており、男の座る斜め後ろに設置された暖炉には薪の代わりに白い灰のようなものがこんもりと盛り上がっている。
ペンを走らせていた金髪の男性――フリオニール・シャンドラは机にのった視界を遮らんばかりの書類から目をそらすと、ぐっと身体を伸ばした。
「ふぅ…。全くもって仕事が減らないな。一体どこからこんなにも書類がでてくるのやら…。大半はくだらない陳述書だというのがまた腹立たしい。」
シャンドラは山積みの書類の中から数枚を抜き出し、一瞥した後クシャクシャに丸めて暖炉へ放り込んだ。
よく見ると暖炉の中身は灰ではなく同じように捨てられた書類のようだ。
シャンドラは捨てられた書類の山を一瞥するとけだるげに指先を向けた。
「≪トーチ≫」
指先に広がる赤い魔法陣からポッっと音を立てて生み出された種火はそろそろと暖炉へ向かっていく。
紙の端に届くとじんわりと炎が広がっていき、次第に全体へ広がっていった。
「…ふむ。魔法の制御は相変わらず調子がよさそうだ。少し失敗したかな?」
シャンドラは暖炉の燃え具合をみてつぶやく。
口元はかすかに緩んでおり満足しているようだ。
「さて、と。もうひと頑張りしますか。」
シャンドラは頬を軽くはたいて気合を入れなおし、ペンを走らせるのであった。
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「――…様。――…人様。」
「んっ?」
ふと人が呼ぶ声がしたので顔をあげてみると、困ったような顔で笑うセバスだった。
「どうしたんだい、セバス。」
「どうしたんだい、ではありませんよ。こんな時間までまともに明かりもつけずにお仕事されるなど。」
盛大な溜息をつきながら話すセバスが伸ばした腕の先の窓を見るともうすでに真っ暗になっていた。
おやおかしいと思って部屋を見てみると、セバスが持っているランタンと後ろの暖炉の火が控えめに部屋を照らしているだけ。
机の上のランプも天井に取り付けてあるランタンも黙りこくっていた。
いつもの癖が出てしまったことがわかりがっくりと気が抜けてしまった。
「あ~…。またやってしまったか。」
「えぇ。やってしまっておりますね。まぁ、書類の整備が進む分には我々お付きとしては有難くはありますが。ご自身が領主であり侯爵位であるということをもう少しご自覚されてください。何事もお身体が資本でございますよ。」
セバスのお小言も気にならない。
いつも言われていることだ。
良し悪しだとは思うが、わたしは極端に集中すると一切周りの状況がわからなくなってしまう癖がある。
思考の海に溺れると言えばいいだろうか。
確かに事務仕事ははかどる。
これほどか、というくらいには捗るのだ。
実際、昼間にわたしを溺れさせんと伸びていた書類の山はほとんどが片付き、残るのはわたし一人で判断することが難しい書類ばかり。
そのほとんどがわたしの私見に基づく意見を専門家に確認し、修正すればなんとかなるようなもの。
明日にはきれいな机の表面を眺めることができるだろう。
「わかってるわかってる。【トーカの賢人】が言うことだ。心の芯に刻みますとも。」
「いつもそういって誤魔化すのですから…。やはり奥様にお伝えするしか…。」
「ちょっと待ってくれセバス。その手段だけはいただけないな。」
「しかしご理解いただけないというのであれば――」
「大丈夫だ。十分に理解した。さぁもう時間も時間だ残っている書類を片付けて寝るとしよう。早寝早起き、身体が資本だからね。はっはっは。」
「はぁ…。書類仕事も結構ですが、よろしいので?奥様が食堂でお待ちですよ。」
!?
それはまずい!
マリアンヌはとても気立てがよく出来た妻だが、こと料理、食事に関しては非常にうるさい。
別に舌が肥えている、とかではないのだ。
いや、もちろん本人は男爵家の生まれだしそこそこいいものを食べて育ってはいるが、料理の味に文句を言うような狭量な人間ではない。
そうではなく、食事のルールに厳しいのだ。
食事は家族そろって食べること、温かいうちに食べること、そんなありきたりなことから食事のマナーまできちんとできていないと後で肩身の狭い思いをすることになる。
私は彼女がにこにことしながら食堂のテーブルで待っている様子を思い描くとぶるりを身体を震わせた。
凝り固まった身体を強引にほぐし、簡単かつ迅速に身支度を済ませた後、呆れた顔で机上の書類を整理するセバスを見つめ、
「あとは頼んだぞ!」
一言添えて部屋を飛びだした。
急げ、シャンドラ!!
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「まったく。領主になろうとも、一切変わりませんねぇ。」
ひとりごちりながら、そこそこに整理された書類を分類しているセバス。
するとふいにノックの音が聞こえる。
「どなたでしょうか。ご主人様は食堂ですよ。」
「ライオネルです。よろしいか。」
「あぁ、えぇ。」
許可と同時にドアを開けて入ってきたのは執事のライオネルであった。
「ご主人様がすさまじい勢いで走っていかれたが、何か?」
「いや、いつものアレのせいで奥様に怒られるところさ。」
セバスの言葉を聞いて部屋を見渡したライオネルは納得がいった様子で大きく頷いた。
「なるほど。それより、口調はそれでよろしいので?」
「昔から変わらない様子を見ると呆れてしまってね…。つい。まぁ、それに誰も聞いちゃいないさ。」
「それもそうだ。手伝うよ。兄者。」
「そうか。お前も疲れてるときにすまないな。助かる。」
「なぁに。書類仕事は全部投げてるんだ。中身は詳しくわからなくとも拾うくらいはできるさ。」
「仮にも執事頭だろう。わからないというのもちと困るぞ…。」
「わははは!部下がうまくやってくれているからな!平気さ。」
豪快に笑いながら床に散らばった書類に手を伸ばすライオネルをみながら呆れた表情のセバス。
2人は確かに年齢こそ近いものの実際に兄弟、というわけではない。
先代のシャンドラ侯爵が治めていた時代に領主家に執事の一人としてセバスが、護衛騎士団に分隊隊長としてライオネルが仕えていた。
先代が病に倒れた際、一時的に領内の経営が苦しくなったことから家臣団や騎士団の規模を縮小。
家臣団は一部の人間を除き一新され、護衛騎士団の分隊も泣く泣く解散となり、解雇された人間は領内に散り散りとなった。
また、護衛騎士団は近衛騎士団と名前を改め、再編成されることになったのだ。
セバスは懇意にしていた当時の騎士団長の頼みを受け、他国の生まれということもあり行く先もなく途方に暮れていたライオネルを家臣団に引き込んだのである。
戦場での戦い一辺倒であったライオネルにとって、不慣れ極まりない仕事ではあったもののセバスの懸命(鬼のよう)な指導の末あって、現シャンドラ侯爵が着任するころには執事頭にまで上り詰めた。
その大恩から、ライオネルはセバスのことを兄者と慕うようになり、かつて【孤高の剣鬼】と呼ばれた男は部下に対して面倒見の良い上司となったのであった。
一方のセバスもからっきしだった武術を護身術という形でライオネルから指導を受けることになった。執事としての仕事も一層磨きがかかり、ライオネルの執事頭着任に合わせて筆頭執事のポジションに着くことになったのだった。
「よい、せっと。兄者、これでいいのか?」
「あぁ、すまないなライオネル。あとはメイドと片付けることにする。お前ももう休め。」
「そうしたいところなんだけどなぁ…。」
ライオネルは近くにあった椅子にだるそうに腰掛ける。
続きを察したセバスは同じように部屋の隅にあった簡易椅子に座った。
「ん?なにかあるのか?」
「特別、兄者の手を煩わせるようなことじゃないんだが…。参考までに伝えておこう。簡潔に言う。東と南がどうもにおう。」
「東と南か…。東はわかるぞ。盗賊団だったか。」
「あぁ。さすがに知ってるよな。隣領の辺りで散発的に行商がやられてる。複数の領地でやられてるのに加えて、一件ごとの被害も少ないせいで対応がイマイチだな。うちはまだ被害にあってないが気を付けるに越したことはない。そっち方面の元同僚に声はかけてる。」
「わかった。こっち側でも気を付けてみておくことにしよう。」
「助かる。南はまだわかんねぇが、念のためってレベルだ。ルシスの港から変な船が見えたとさ。」
「変な船?」
「なんでも、昼間沖の方に見えたのに近づいたらまるで霧みたいに消えたんだと。最初のころは見間違えたんだろうって笑い話だったんだが、目撃者が複数出てきていよいよ怪しいんじゃないか?って話題になってるそうだ。ルシスの兵団も見回ってるらしいが今のところ兵団員の目撃は無し。要調査ってとこかね。」
「ふむ…。アンデット系の幽霊船とかか?」
「一応、その線で見てる。ただ昼間に見たって話もあって何とも言えないんだよなぁ。本物の船なら消えるなんてありえねぇから幽霊船説で調査中。」
「聞けば聞くほどわからんな。明朝、文官に確認させよう。」
「よろしく頼みますよ、【賢人】殿。」
のけぞっていた身体を起こし、ライオネルはにやっと笑った。
「やかましいぞ。そもそも幽霊船も盗賊もお前が斬ればいいだろう、【剣鬼】」
「俺が?もういい年だぜ?まだこき使うのかよ。」
「お互い様だ。」
「―――っ…わーっはっはっは!!違いねぇ!!」
ひとしきり笑いあった後、2人は雰囲気をいつものように戻してく。
「さて…、お互い仕事に戻るとしましょう。そちらも滞りなくよろしくお願いしますよ、ライオネル。」
「えぇ、もちろん。内部はお任せしました。セバス様。」
2人が出た後の書斎を月あかりが白く照らしていた。
お読みいただきありがとうございます。
個人的にこういうイケてるおじさまを作品に出すのは大の好きでございます。
(実は投稿していない過去作品にも必ず登場している)
みなさまもぜひすっきになってくださいまし。




