自分の力で手にれる
結果が出たのは、三月八日だった。
放課後、かるたと小田は進路指導室へ呼ばれた。
机の上には、二人分の評価表が伏せて置かれていた。
吉岡。
英語教師。
教頭。
三人がいた。
壁際のパソコンには、受入校との連絡画面が開かれていた。
小田は透明な書類入れを膝へ置いた。
黄色いヒトデは一枚だけだった。
かるたは何も持ってこなかった。
吉岡が言った。
「選考結果を伝える」
かるたは椅子の背へ寄りかかった。
気にしていない姿勢を作った。
もう分かっていた。
小田が行く。
自分は残る。
それだけだった。
吉岡は一枚目の紙を表へ返した。
「今回の派遣候補者は――」
小田の名前だった。
印刷された文字を、かるたは正確に読んだ。
小田は息を吸った。
喉の奥で、一度止めた。
「はい」
小さく答えた。
英語教師が、小田の準備を評価した。
前年からの学習。履修計画。現地での研究目的。生活面の準備。
小田は一つずつ聞いた。
かるたは笑った。
「まあ、そりゃそうっしょ」
小田がこちらを見た。
「おめでと」
かるたは言った。
小田は、すぐには笑わなかった。
「ありがとう」
最低限の返事だった。
吉岡が、かるたの評価表を裏返した。
「お前も、面接の評価は悪くなかった」
悪くなかった。
選ばれるほどではなかった。
「今回は家庭のことも重なった。まず生活を立て直して、次の機会を――」
次。
来年。
生活を立て直す。
学校へ通う。
母のいる家へ帰る。
朝、カーテンを開けられる。
薬の空袋を渡す。
父の落ちた階段を上る。
母が店から帰る音を聞く。
小田はニュージーランドへ行く。
湖を見る。
知らない人の中で暮らす。
かるたは、ここに残る。
ここから出られない。
胸の奥で、何かが音もなく切れた。
青い用紙はなかった。
光もなかった。
幾何学模様も、生温かい風もなかった。
〈ターゲット〉も、
〈ピッチ〉も、
〈シンク〉もなかった。
それでも、今回は分かった。
いま、自分が何かへ触れている。
机の上の紙ではなかった。
吉岡の声でもなかった。
小田の名前でもなかった。
それらを、そうであることにしているもの。
まだ形になっていない粘土のようなものが、世界の内側にあった。
触れられる。押せる。違う形にできる。
恐怖より先に、安堵が来た。
これなら終わらせられる。
自分がここへ残る未来を。
母が正しかったことを。
小田が努力したことを。
選考が公平だったことを。
全部、関係なくできる。
――だったら。
思った。
――最初から、小田が辞めたことになればいい。
俺を選べ、とは思わなかった。
小田が行かなければいい。
一名分の席が空けばいい。
そうすれば、自分はここに残らなくて済む。
小田が何を失うかは、考えなかった。
考えないことを選んだ。
触れているものを、押した。
手応えがあった。
父が落ちたときのような、偶然の連鎖ではなかった。
閉鎖施設から移動したときのような、気づけば終わっていた変化でもなかった。
自分の考えが、世界の抵抗へ食い込んだ。
硬い扉を押し開けるより軽かった。
一度だけ、耳の奥で圧力が変わった。
吉岡の口が動いた。
言葉の途中だったはずだった。
次に聞こえたのは、別の文だった。
「――以上の理由から、今回の派遣候補者は、かるたに決定した」
かるたは顔を上げた。
机の上には、自分の名前が印刷されていた。
最初から、そうだった。
赤い丸が、自分の評価表の右上に付いている。
小田の評価表はなかった。
代わりに、〈辞退届〉と書かれた紙が置かれていた。
教頭が言った。
「家庭事情がある中で、よく最後まで準備したと思います」
英語教師がうなずいた。
「現地では、曖昧な返事だけで済まない場面もあります。そこは意識してください」
吉岡が言った。
「返事は」
かるたは答えられなかった。
「え」
「選考結果だ。受けるのか」
「小田は」
三人が小田を見た。
困惑したのは、かるただけだった。
小田は書類入れを膝へ抱えたまま、首を傾げた。
「何」
「選ばれたじゃん」
「僕が?」
「今」
小田は、かるたの顔を見た。
馬鹿にされたと思った顔ではなかった。
本気で心配している顔だった。
「僕は辞退しただろ」
辞退届には、二月二十六日の日付があった。
小田の名前。保護者の署名。家庭事情。
すべて書かれていた。
「してない」
かるたは言った。
「してたじゃん」
佐伯の声ではない。
小田自身の声だった。
「妹が春から中学だし、母さんもすぐには戻れないから。今年は家にいた方がいいって、前に言っただろ」
「聞いてない」
「言ったよ」
小田は、喉を鳴らさなかった。
説明する内容は、もう自分の中で整理されていた。
「去年から準備してたから、悔しくないわけじゃないけど。家のことを考えたら、今年は無理だって決めた」
吉岡が口を挟んだ。
「小田の辞退については、先週、保護者を交えて確認している」
「違う」
かるたは言った。
声が震えた。
「小田が選ばれた。今、先生が言った。」
教頭が英語教師を見た。
英語教師が吉岡を見た。
誰も思い出さなかった。
吉岡は、かるたの評価表を見た。
「お前の名前を発表した」
「違うって!」
「おい、ちょっと落ち着け」
その言葉を聞いた瞬間、身体が冷たくなった。
小田が選ばれた世界は、もうどこにもなかった。
小田の記憶にも。
教師の記憶にも。
紙にも。
パソコンにも。
自分の中にしか残っていない。
かるたは、机へ手を置いた。
自分が触れたものが、まだそこにある気がした。
戻せるかもしれない。
もう一度押せば。
今度は、小田が選ばれたことにする。
そう考えた。
何も触れなかった。
さっきまで柔らかかった世界は、もう固まっていた。
小田が辞退した過去から、今の部屋までが一つにつながっていた。
自分が作ったものなのに、どこから直せばよいか分からなかった。
「顔、白いけど」
小田が言った。
「保健室行く?」
かるたは小田を見た。
小田は怒っていなかった。
自分の席を奪われたとも思っていなかった。
家族のために辞退した人間として、かるたを心配していた。
その優しさが、最も怖かった。
「とにかくさ、行ってらっしゃい」
小田が言った。
「え」
「ニュージーランド。僕の分まで、とは言わないけど」
少し考えた。
「ちゃんと、見てきてね」
かるたは返事をしなかった。
財布の中には、小田の書類入れから増えた黄色いヒトデが入っていた。
小田は、自分が渡したものだと思っているのだろうか。
それとも、拾ったところまでは同じなのだろうか。
訊けなかった。
吉岡が、選考結果の確認書を差し出した。
「署名」
自分の手でつかみなさい。
母の声が、頭の中で聞こえた。
かるたはペンを持った。
手が震えていた。
紙には、すでに自分の名前が印刷されており、署名欄だけが空いていた。
書かなければよかった。
書けば、選んだことになる。
書かなくても、自分が変えたことは消えない。
小田が辞退した現実は、もう存在している。
かるたは名前を書いた。
字の最後が、大きく右へ逸れた。
誰も訂正を求めなかった。
学校を出ると、母からメッセージが来ていた。
〈結果、学校から聞きました。おめでとう。帰りに店へ来て〉
母も知っていた。
かるたが選ばれた世界にいた。
店へ行くと、母は作業台に受入校の資料を広げていた。
机の端には、赤、青、緑の蛍光ペンが並んでいた。
「おめでとう」
母が言った。
かるたは入口から動かなかった。
「小田が選ばれたんだよ」
母は顔を上げた。
「何言ってるの」
「小田が、最初」
「小田くんは辞退したんでしょ」
母は学校から送られたメールを見せた。
〈第一候補者辞退のため、次席候補者を派遣生徒として決定〉
第一候補者。
小田。
辞退。
次席候補者。
かるた。
母は、その順番を前から知っていた顔をしていた。
「家庭の事情だって、先生から聞いたけど」
「違う」
「何が」
「俺が」
言いかけた。
青い用紙のことは思い出せなかった。
父の事故の前に、何を考えたのかも、順番が曖昧だった。
それでも今回は分かった。
自分がやった。
自分で触れた。
自分で押した。
「俺が、何」
母が訊いた。
かるたは答えなかった。
母は立ち上がらなかった。
「怖い顔してるけど、何かあった?」
心配していた。
母は、いつもと同じように、問題を見つけて、処理しようとしていた。
その先に何があるのか、かるたには分かっていた。
説明。
確認。
病院。
学校。
警察。
児童相談所。
誰かへ共有。
紙へ記録。
自分のために、自分の逃げ道が塞がれていく。
「別に」
かるたは言った。
「嬉しいだけ」
「そうは見えないけど…」
「嬉しいって」
母は、しばらくかるたを見た。
それ以上は訊かなかった。
受入校の資料へ、青い丸を一つ付けた。
〈保証金 入金済〉
緑の丸。
〈保護者同意 確認済〉
赤い丸。
〈派遣候補者 ████かるた〉
母は、何も訂正しなかった。
かるたも、訂正しなかった。
その夜は、薬を飲んでも眠れなかった。
薬は、かるたを眠らそうと奮闘しているが、反芻思考がそれを拒んでいた。
ポアポアした、夢のような気分の中、目を閉じると、小田が選ばれた瞬間を思い出した。
小田の名前。
小田の返事。
小田が息を吸った音。
そこまでは確かに存在した。
次に目を開けると、その世界は自分の記憶にしかなかった。
スマートフォンを開いた。
小田とのメッセージ履歴を遡った。
二月二十六日。
〈家庭の事情で辞退することにした〉
小田から送られていた。
その下に、かるたの返信があった。
〈マジか。残念だね〉
送った覚えはなかった。
さらに下。
〈じゃあ俺ワンチャンある?〉
自分の言葉だった。
書きそうな言葉だった。
書いていない。
小田からの返信。
〈あると思う。頑張って〉
かるたは画面を閉じた。
自分が思いつく程度の言葉で、過去の自分まで作られていた。
世界は、かるたより上手にかるたを演じていた。
母の言葉を思い出した。
自分の手でつかみなさい。
つかんだ。
確かに、自分の手でつかんだ。
小田が持っていたものを。
かるたは布団の中で、両手を見た。
何も付いていなかった。
血も。
インクも。
青い紙の繊維も。
何も残っていなかった。
だから、自分がやったと証明できなかった。
自分以外には。
▼▼▼▼▼▼
暫定異常案件KRT・事象追加報告
事象指定: KRT-03
発生日時: 20██年3月8日 15時17分██秒
推定発生地点: ██県立████高等学校
関連人物: POI-KRT-01(████ かるた、15歳)
作成: サイト-81██異常事案調査班
閲覧区分: Level 2/KRT
状態: 継続精査中
▲概要▼
20██年3月8日15時17分、██県立████高等学校周辺に設置されていたカント計数端末三基が、局所ヒューム値の急激かつ非連続な変動を検出した。
観測点間の時間差および変動勾配から、発生中心は同校進路指導室内、誤差半径2.4m以内と推定される。
同時刻、同地域を監視していた広域アスペクト放射観測網および移動式アスペクト放射計から、既知の奇跡論術式に対応するEVE放射は検出されなかった。
発光、発熱、電磁的異常、物質の出現または消失、非ユークリッド性空間、ならびに青色複写用紙の出現についても確認されていない。
以上から、本事象は暫定異常案件KRTへ統合された過去二事象と、観測上の性質が一致しない。
▲初動所見▼
奇跡論的アスペクト放射が検出されなかったため、初動時には以下の可能性が検討された。
POI-KRT-01を標的とした外部現実改変攻撃
未特定人物による遠隔干渉
未回収の青色複写用紙または関連物品による自律的作用
POI-KRT-01を触媒とした第三者由来の異常現象
観測装置の同期障害
校内および周辺地域の調査では、異常なヒューム勾配を示す第二の人物、現実改変装置、奇跡論術式、外部知性または異常物品は発見されなかった。
観測器三基の内部時計および記録順序には、最大0.81秒の差異が発生していた。ただし、機器故障または外部からの電子的干渉を示す所見は確認されていない。
▲措置▼
POI-KRT-01の監視区分は、受動監視から重点監視へ変更される。
対象の学校、居住地、通信端末および主要接触者周辺における現実性変動監視を継続する。
POI-KRT-01に対する直接接触および収容は、異常性の再発条件ならびに外部要因の有無が確定するまで保留する。
POI-KRT-01の国外移動を想定し、受入教育機関周辺の観測体制について、財団ニュージーランド支部ウェリントン本部との協議を開始する。
対象が未成年者であることを考慮し、監視および一時確保プロトコルについては倫理委員会による監査を実施する。
同規模以上の奇跡論的改変またはタイプ・グリーン型現実改変が再発した場合、現場責任者はPOI-KRT-01の一時確保を許可される。
本事象において確認された記録上の不一致および作用機序に関する調査結果は、付録KRT-03/Δへ分離されている。
▼付録KRT-03/Δ▼
◆警告◆
本付録の閲覧には、Level 3以上のクリアランスと、時間異常部門制定の因果適格性認証の両方が必要です。
認証に失敗した場合、使用端末は封鎖されます。閲覧者には限定的記憶処理および保安調査が実施されます。
アクセスを続行しますか?
YES / NO
> YES
>クリアランス情報を照合中……
>・
>・・
>・・・
>Level ██資格を確認。
>現行基準履歴上の職員記録を照合中……
>・
>・・
>・・・
>該当職員を確認。
>因果隔離記録上の職員情報を照合中……
>・
>・・
>・・・
>該当職員を確認。
>警告: 職員記録の初回登録日時に差異が存在します。
>因果適格性スキャンを開始……
>・
>・・
>・・・
>閲覧者に複数の競合する自伝的履歴は検出されませんでした。
>読み取り専用接続を開始します。
>・
>・・
>・・・
>サイト-81██ XACTS保護因果隔離サーバーへ接続しました。
>ようこそ、█████様。
▖▗▘▙▚▛▜▝▞▟ ░▒▓▓▒░ ▟▞▝▜▛▚▙▘▗▖
⮻因果的不一致の確認⮻
暫定異常案件KRTの監視開始後、財団の現実健全性保全・異常改変事象対応マニュアル(Reality Integrity Response Manual、RIRM)に基づき、POI-KRT-01に関連する行政、学校、医療および通信記録の一部は、六時間ごとにサイト-81██へ複製されていた。
複製データは、サイト-81██内のシャンク/アナスタサコス恒常時間沈降装置(Xyank/Anastasakos Constant Temporal Sink、XACTS)によって保護された因果隔離サーバーへ保存されていた。
保存対象は、POI-KRT-01本人に関係する記録、および暫定異常案件KRTの再発判定に必要な限定的周辺情報のみである。
KRT-03発生以前に取得された最終隔離複製と、事象後に学校および関係機関から再取得した記録が比較された結果、通常のデータ改竄では説明できない不一致が確認された。
便宜上、XACTS保護サーバーに保存されていた資料群を隔離記録KRT-03-A、現在の外部世界に存在する資料群を現行記録KRT-03-Bと呼称する。
◈隔離記録KRT-03-A◈
交換留学派遣候補者第一位: 小田████
第二位: ████かるた
小田████による辞退申請: 存在せず
小田████の保護者による辞退同意記録: 存在せず
学校から受入教育機関へ送信された第一候補者情報: 小田████
20██年3月8日12時時点の選考管理データ上、派遣予定者は小田████
████かるたの状態: 次席候補者
◉現行記録KRT-03-B◉
交換留学派遣候補者第一位: 小田████
小田████は20██年2月26日、家庭事情を理由に辞退
第二位の████かるたを派遣生徒として決定
小田████名義の辞退届が存在
小田████の保護者による電子署名が存在
教職員と小田家による事前面談記録が存在
学校から受入教育機関へ送信された派遣者情報: ████かるた
小田████本人、家族および関係教職員は、辞退を本人の判断として記憶
████かるたは選考結果確認書へ署名済み
現行記録KRT-03-Bでは、小田████の母親が直近に単身赴任となったこと、ならびに妹の進学と日常的な健康管理のため、小田████が国内に残る必要があったことが辞退理由として記録されている。
小田家の通信端末、通信事業者側ログ、家族間のメッセージ、学校面談記録および教職員の予定表にも、当該辞退理由と整合する記録が存在する。
これらの記録には、作成日時、電子署名、通信経路および機器識別情報上の異常は確認されていない。
また、現行記録には、20██年2月26日に小田████がPOI-KRT-01へ辞退を伝えた通信と、これに対するPOI-KRT-01名義の返信が存在する。
当該通信はXACTS保護サーバー内には存在せず、隔離複製が作成された時点では成立していなかった。
記録上の改変範囲は、単一の選考結果または辞退届に限定されない。
現行記録KRT-03-Bには、以下の要素が相互に矛盾しない状態で追加されている。
◙物理文書
◙学校内電子記録
◙通信事業者側ログ
◙家族間の通信
◙教職員の記憶
◙小田家関係者の自伝的記憶
◙辞退を前提として行われた生活上の判断
◙受入教育機関側の登録情報
◙POI-KRT-01自身の送受信履歴
⮻時間異常部門による解析⮻
一連の不一致について、時間異常部門および同部門所属の██████部門へ解析が依頼された。
調査では、隔離記録KRT-03-Aを現行ネットワークから切り離した検証用仮想環境へ展開し、記録構造、因果参照、生成規則および時間的連続性が検査された。
基準履歴そのものが遡及的に変更された場合、因果隔離記録には通常、以下のうち一つ以上が確認される。
◙データ構造内における時間方向の破断
◙生成元を喪失した記録または物品の存在
◙相互に成立不能な因果参照
◙時間矛盾を形成する情報または物品の消失痕
◙基準世界の記録生成規則に対する追加または変更
◙履歴ブロックの検証条件に対するプロトコル・フォーク
◙大域的因果律へ伝播するタキオン流の偏向
隔離記録KRT-03-Aから、これらの兆候は確認されなかった。
現行記録KRT-03-Bについても、20██年2月26日から3月8日までの時間が、実際に異なる出来事を経て進行したことを示す独立した時間的痕跡は検出されていない。
以上から、KRT-03は過去の事象を変更して新たな歴史を生成したものではないと判断される。
推定される作用は、KRT-03発生時点に存在した人物の認識、電子記録、物理文書および関連状態を一括して変更し、
「小田████は20██年2月26日に辞退していた」
という前提と整合する現在を形成したものである。
現行記録に存在する十一日間の履歴は、時間的に再実行された過去ではなく、KRT-03発生時に生成された、現在側の遡及的整合情報である。
██████部門は本作用を、暫定的に疑似遡及的現実整合化と指定した。
本作用は、観測者から見れば過去改変と区別しにくい。しかし、基準世界の大域的履歴、物理法則または履歴生成規則を変更していない点で、通常の反歴史的異常および時間改変事象とは区別される。
現行基準履歴内に限れば、本作用によって形成された記憶、物理文書および電子記録は相互に整合しており、現実改変研究上の「クリーン改変」に近い性質を示す。
一方、XACTS保護記録は当該整合化の影響を受けていない。このため、本事象は完全なクリーン改変ではなく、因果隔離された外部参照点に対して限定的な不整合を残したものと判断される。
⮻POI-KRT-01との関連⮻
KRT-03発生時に観測された現実性変動の中心点は、POI-KRT-01の位置と一致していた。
一方、POI-KRT-01に恒常的なヒューム値上昇は確認されていない。
POI-KRT-01が意図的に改変を実行したこと、または改変の具体的内容を事前に選択していたことを示す直接的証拠は存在しない。
過去二事象では奇跡論的アスペクト放射および補償的反動が確認されているのに対し、KRT-03ではこれらが観測されなかった。
以上から、以下の可能性が継続検討されている。
POI-KRT-01による無意識的な現実改変
POI-KRT-01の心理状態を起動条件とする自律的現象
POI-KRT-01を触媒とした第三者による干渉
青色複写用紙または関連する外部知性による遠隔作用
奇跡論的作用とタイプ・グリーン型現実改変が、同一の未確認機構から派生している可能性
⮻収容可能性⮻
KRT-03による変更は、対象範囲が限定されており、基準世界の大域的履歴または時間的連続性を損傷していない。
理論上は、関係者への記憶処理、関連記録の置換および限定的な現実安定化処置によって、隔離記録KRT-03-Aに近い状態を再構成できる。
このため、KRT-03単独の収容難度は暫定的にSafeクラス相当と評価される。
ただし、この評価はPOI-KRT-01本人の異常性に対するオブジェクトクラス指定ではない。
⮻監督官注記⮻
現状、POI-KRT-01が交換留学派遣者として選出された事実について、財団による取消し、訂正または小田████への派遣資格の復元は実施しない。これはPOI-KRT-01の利益を保護するための判断というより、現行記録KRT-03-Bが既に、小田家の生活、学校運営、通信記録、受入教育機関の登録および複数人物の認識へ統合されている点。並びに、これらの変更が我々の技術的には修正可能であることに起因する。
より重要なのは、POI-KRT-01の能力、外部勢力による干渉の可能性、ならびに過去二事象で確認された奇跡論的作用との関係が特定されていない以上、現行状態を再び変更した場合にPOI-KRT-01がどのような反応を示すかは予測できない点である。
また、我々が現在「現実改変後の不整合を認識している」と考えていること自体についても、慎重であるべきである。POI-KRT-01が単に周囲の現実を変更する存在なのか、変更後の状態へ違和感を抱かせない認識災害を併発する存在なのか、あるいは我々が違和感を抱いているという事実まで含めて許容しているのかは、現時点では判別できない。
最後の可能性について、現場の担当官が考慮する必要はない。考慮したところで、対応手順に変更があるわけでもないからな。
現時点において、危険を増加させてまで我々が既定世界に干渉する合理的理由は存在しない。
—時間異常部門監督官 ████
>因果隔離資料への接続を終了します。
▖▗▘▙▚▛▜▝▞▟ ░▒▓▓▒░ ▟▞▝▜▛▚▙▘▗▖
>現行履歴への書き戻しが行われていないことを確認。
>
>閲覧記録をLevel 3/Δ監査台帳へ登録しました。
>
>警告: 本資料の内容を現行記録上の関係者へ伝達しないでください。
>警告: 閲覧以前から隔離記録KRT-03-Aの内容を知っていたと感じる場合、端末を操作せず、時間異常部門へ連絡してください。
>警告: 指定された連絡先が表示されない場合、保安職員の到着まで現在位置から移動しないでください。




