正論パンチでKO、もうやめて
警察官が帰ったあと、母は店へ泊まることを決めた。
決めたのは、児童相談所との電話を切ってからだった。
玄関には、外れた靴箱の扉が壁へ立てかけられていた。
床へ落ちた印鑑。
母の鍵。
かるたのサンダル。
二人が倒れた場所だけ、廊下の埃が服で拭われていた。
母は旅行鞄を出さずに、店で使っている灰色の工具箱へ、着替えを二組、洗面道具、携帯電話の充電器を入れた。
「三日」
母が言った。
「まず三日、私は店で寝る。朝七時と夜八時に電話する」
かるたは廊下の壁へ背中をつけていた。
「出なかったら?」
「二回かける。それでも出なかったら、児相の人へ連絡する」
「警察じゃなくて?」
「必要なら、そっちにも連絡してもらう」
母は脅す言い方をしなかった。
手順を説明する声だった。
「冷蔵庫、上から今日、明日、明後日。薬をもらったら、飲んだかどうかは連絡して」
「一人で置いといていいの」
「よくはない」
母は即答した。
「でも、私と同じ家に置くのも、いまはよくないって」
母は工具箱の蓋を閉めた。
片方の留め具が、一度では掛からなかった。
指で押し直した。
「何かあったら電話して」
「何かって」
「分からない。眠れないでも、吐いたでも、誰か来たでも」
「母さんが来たら」
母の手が止まった。
「何」
「何でもない」
母は追及しなかった。
工具箱を持ち上げ、玄関へ向かい、床に落ちていた自分の鍵を拾った。
かるたは、母が出ていくことへ安心していた。
安心している自分を見つけると、今度は母を追い出したような気がした。
どちらも嫌だった。
母が玄関の扉を開けた。
「学校には、私から連絡する」
「行くし」
「行くかどうかじゃなくて、何があったかだけ伝える」
「また勝手に?」
母は振り返り、疲れた表情を見せた。
唇の端には、警察官が撮影した傷が残っていた。
「勝手にする」
母は言った。
「もう、全部あんたの許可を取ってから動ける状態じゃない」
扉が閉まった。
鍵を掛ける音はしなかった。
母は家の鍵を持っていた。
それでも、今夜は戻ってこない。
かるたは玄関に立ったまま、外れた靴箱の扉を見た。
直そうと思えば直せそうだった。
ねじ穴は壊れていない。
父の工具箱もある。しかし直さなかった。
誰もいない家は、広くはならなかった。
音だけが遠くなった。
冷蔵庫を開けると、三つの容器が縦に並んでいた。
〈今日〉
〈明日〉
〈明後日〉
一番上の容器を取り出した。
中身は見なかった。
電子レンジへ入れ、時間を設定する前に、食べるのをやめた。
その夜は眠れなかった。
廊下を通る車の光が、カーテンの隙間から天井へ移動した。
一台。
次の一台。
光が来るまでの時間を数えた。
途中で分からなくなった。
午前四時を過ぎた頃、スマートフォンを開いた。
母からのメッセージは一つだけだった。
〈店に着いた。戸締まり確認。返信不要〉
返信不要と書いてあった。
かるたは返信しなかった。
それでも、無視したような気がした。
画面を消す。
すぐにまた点ける。
新しい通知はなかった。
朝七時、母から電話が来て、三回鳴らしてから出た。
「起きてた?」
「今起きた」
嘘を吐いていた。
「眠れた?」
「普通」
「今日、児相の人が十一時。病院は二時半」
「学校は?」
「今日は休むって伝えた」
「勝手に?」
「診察の日にしたから」
「学校ぐらい行けるって」
「じゃあ病院のあと行く?」
「その時間にはもうほとんど終わってるじゃん」
母はしばらく沈黙した。
「十一時に来るから、服着ておいて」
電話は切れた。問い詰められなかった。
そのことが、かるたには落ち着かなかった。
十一時に来た児童相談所の職員は、玄関へ入る前に、家の中へ母がいないことを確認した。
親近感の湧く、フレンドリーな声の女性だった。
名刺を置き、昨日の傷を見た。
「昨夜、お母さんから連絡はありましたか」
「一回」
「怖かったですか」
「別に」
「戻ってきてほしいですか」
「別に」
「戻ってきてほしくないですか」
「分かんない」
女は、分からないと書いた。
「お母さんと同じ家で過ごすことについて、今はどう思いますか」
「何日かなら、いない方が楽」
「何日か過ぎたら?」
「知らない」
「では、今日はそこまでにします」
理由を作らせなかった。
父の話も、知らない男の話も訊かなかった。
その二つは、別の紙にもう書かれているらしかった。
午後、病院へ行った。
母は店から直接来ていた。
待合室では、かるたから一つ空けた席に座った。
名前を呼ばれると、一緒に立った。
診察室で実直そうで手慣れた医師が訊いた。
「眠れないのは、いつからかね」
「前から」
「何時頃にお布団にはいってる?」
「十二時ぐらい」
「眠るのはどうかな?」
「三時とか。寝ない日もある」
「途中で起きますか」
「起きる」
「怖い夢とかはどうかな?」
「覚えてない」
「ふむ、では食事は取れているかな?」
「普通」
母が横で口を開きかけた。
医師が先に言った。
「本人から聞きますから、お母さんは…」
母は黙った。
「学校へ行けていますか?」
「行けてる」
「最近、休んだ日とかは」
「今日」
「それ以外では?」
「葬式とか」
「気持ちが落ち込むことはありますか」
「父さん死んだし。普通じゃないですか」
「死にたいと思うことは」
かるたは咄嗟に医師の机を見た。
黒いボールペン。
小さなカレンダー。
パソコンの横に、未開封の箱ティッシュ。
「別に」
「自分を傷つけようとしたことは」
「ない」
「いなくなりたいと思うことは」
「みんなちょっとは思うんじゃないですか」
医師は、みんなが思うとも、思わないとも言わなかった。
眠るための薬が、一週間分出た。
薬の名前は覚えなかった。
「決められた量より多く飲まないでください」
「はい」
「薬は、お母さんが管理できますか」
母が答えた。
「今、別居状態です」
一時的なものです、と付け足さなかった。
医師は少し考え、薬局で一回分ずつ袋へ分けてもらうことにした。
飲んだら空袋を残す。
夜八時の電話で確認する。
それで決まった。
問題が一つ、手順になった。
帰り道、母は前を歩いた。
駅の改札前で立ち止まり、薬の袋をかるたへ渡した。
「今日の分だけ」
「子供じゃないし」
「多く飲んだら危ないって言われたでしょ」
「多く飲まないって」
「そういうの、今は信用の話じゃないから」
母は残りを自分の鞄へ入れた。
「夜、店まで取りに来いって?」
「毎日、郵便受けへ一回分を入れる。朝、回収する」
「そこまでする?」
「する」
母はキッパリと答えた。
かるたのために考えた手順だった。
かるたには、逃げ道を一つずつ塞ぐ作業に見えた。
薬を飲んだ夜は眠れた。
朝、目を開けると、全身が布団の底へ沈んでいた。
眠ったはずなのに、身体の重さは減っていなかった。
腕を上げるのに、理由が必要だった。
学校へ行く。
トイレへ行く。
水を飲む。
どれも、身体を起こすだけの理由にはならなかった。
午前八時十二分、母から電話が来た。
出れなかった。
八時十四分。二回目。
出なかった。
八時十七分、メッセージが来た。
〈学校から連絡。まだ来ていない。九時までに返信。なければ児相へ確認する〉
かるたは、画面を伏せた。
九時を過ぎても動かなかった。
九時十一分、玄関の鍵が開くと、足早に母が入ってきた。
作業着のままで、髪は後ろで乱雑に縛られていた。
手には、空になった薬の袋を入れる透明なファイルを持っていた。
「あんた、生きてる?」
返事をしなかった。
母は部屋のカーテンを開けた。
光が入った。
かるたは布団を頭まで引き上げた。
母が布団の端を持った。
「やめて」
「朝日、浴びた方がいいって先生も言ってたでしょ」
「やめてって」
母は布団を剥がした。
「少しでいいから起きなさい。学校へ行って、友達と話すだけでも違うから」
かるたは母を見た。
怒鳴る力はなかった。
何も言わず、母の顔を見た。
母は、その目を見返した。
「その顔やめて」
かるたは表情を変えなかった。
「何」
「人を恨むみたいな目で見るの、やめなさい」
母の声が揺れた。
怒りではなかった。
「そんなことして、何になるの」
かるたは起き上がらなかった。
母は透明なファイルを胸へ抱えた。
「わたし朝からこうやって、あんたが息してるか確認するの嫌なんだけどなあ」
声が小さくなった。
「店にいても、電話に出なかったら、また何か起きてるんじゃないかって思う。私の気持ちも少しは考えてよ」
胸の中へ、重いものが一つ追加された。
母を困らせている。
母を仕事から戻している。
母を泣かせようとしている。
父を死なせた。
母を家から追い出した。
学校へも行けない。
薬を飲んでも起きられない。
何もできない。
それでも生きている。
一つずつは、事実に近かった。
並べると、死んだ方がよい理由になった。
母の目が濡れていた。
今すぐ自分の首を切れば、この会話は終わる。
そう思った。
方法まで思い浮かんだ。
台所。
父の工具箱。
カッター。
どれも、立ち上がらなければ届かなかった。
「学校行くから」
かるたは言った。
「だから、もうやめて」
母はすぐに布団を返した。
「送る?」
「いらない」
「朝ご飯は」
「いらない」
「薬の空袋」
「机」
母は机から袋を取った。
透明なファイルへ入れた。
「学校へ着いたら連絡して」
「する」
しなかった。
家を出たあと、学校とは反対方向へ歩いた。
駅前の商店街を抜けた。
店は開いていた。
母はもう戻ったのかもしれなかった。
前を通らなかった。
公園のベンチへ座った。
子どもはいなかった。
犬を連れた老人が一度通った。
午前十時二分、母から電話。
十時十五分、吉岡から電話。
十時二十三分、母からメッセージ。
〈学校に着いていない。どこにいる〉
十時三十一分。
〈返事だけして〉
十時四十六分。
〈警察に探してもらうことになる〉
通知音が鳴るたび、胸の奥が縮んだ。
音を消した。
画面が光るだけになった。
それでも、ポケットの中で何かが増えていくのが分かった。
学校へ行けない。
学校へ行けないなら、卒業できない。
卒業できないなら、留学にも行けない。
留学に行けないなら、この家に残る。
この家に残るなら、朝は母に布団を剥がされる。
父の落ちた階段を通る。
母の店の機械音を聞く。
小田が海と湖の話をする。
来年も、その次も、ここにいる。
かるたは顔を両手で覆った。
最初は涙だけだった。
次に呼吸が乱れた。
止めようとすると、喉から変な音が出た。
誰もいない公園で、身体を折り曲げた。
「もうやめたい」
声に出た。
「学校、やめたい」
何をやめれば終わるのかは分からなかった。
学校だけではなかった。
家。
留学。
母。
父。
自分。
全部を一度にやめる方法しか、思いつかなかった。
昼を過ぎるまで、公園と駅前を往復した。
午後一時四十二分、コンビニのトイレへ入った。
洗面台の鏡に、腫れた目が映った。
水で顔を洗った。
目薬を入れた。
赤みは消えなかった。
マスクを上まで引き上げた。
学校へ着いたのは、五時間目が始まる少し前だった。
職員室へ入ると、吉岡が立った。
「来たか」
「おはようございま~す」
かるたは明るく言った。
声は普通に出た。
自分でも驚いた。
「今は午後だ」
「じゃあ、こんちゃ~」
吉岡は笑わなかった。
「体調は」
「全然大丈夫っすよ」
「朝から連絡が取れなかった」
「スマホ、サイレントだったんで」
「どこにいた」
「散歩っす」
「四時間?」
「長めの」
吉岡は、かるたの顔を見た。
腫れた目。
濡れた前髪。
マスクの内側で荒れた呼吸。
全部見えているはずだった。
「教室いくか?保健室にしとくか?今日は帰るってのでもいいぞ」
吉岡は言った。
「どれにする?」
「授業」
「分かった」
それ以上は訊かなかった。
「留学については、お母さんから継続の意思があると連絡を受けている。辞退するなら、本人の署名が要る」
「しないし」
「なら、締切までに書類を揃える」
「はいはい」
「返事は一回でいい」
教室へ入ると、何人かが顔を上げた。
佐伯が言った。
「お。来た」
別の生徒が、机の中を指した。
「プリント入ってるよ」
「あんがと」
誰も父の話をしなかった。
誰も朝の話を知らなかった。
それでも、全員が少しだけ普通の速度を落としているように見えた。
かるたは自分の席へ座った。
小田は前を向いたままだった。
授業が始まって十分後、ノートの端へ小さく書いた。
〈大丈夫?〉
紙を後ろへ送った。
かるたは、その下へ書いた。
〈全然〉
小田は一度振り返った。
かるたが笑うと、前へ戻った。
その日の放課後、母は学校へ来なかった。
代わりに、学校へ電話をしていた。
家庭内で問題が起きたこと。
本人から辞退の意思は聞いていないこと。
欠席や遅刻は通常どおり評価してよいこと。
ただし、家庭事情だけを理由に、選考から外さないでほしいこと。
吉岡は、その内容をかるたへ伝えた。
「お母さんは、選考と、実際に出発させるかどうかは別だと考えている」
「何それ」
「選ばれたあとで、安全に行ける状態か判断するということだ」
「行くって言ってんじゃん」
「お前の意思だけで決まらない部分もある」
「またそれかよ」
吉岡は返事をしなかった。
三月一日。
応募締切の日。
母は朝から店にいた。
かるたが学校へ行く前に寄ると、作業台の上へ留学書類が並べられていた。
保護者署名。
診断書。
面接評価。
振込明細。
最初に母から渡された三万円。
残りの九万円。
父の死亡保険金の一部から支払われていた。
母は青い蛍光ペンで振込額を囲んだ。
「払った」
かるたは明細を見た。
「もう?」
「今日の四時まででしょ」
「落ちたらどうすんの」
「返金条件は確認した」
「そうじゃなくて」
母は日付の空いていた署名欄へ、三月一日と書いた。
二月の最初に書かれた自分の名前の横へ、二週間後の日付が入った。
「選ばれるかどうかは、学校が決める」
母は言った。
「行けるようにするところまでは、私がやる」
書類を揃え、透明な袋へ入れた。
「あとは、自分の手でつかみなさい」
かるたは、母の手を見た。
あの夜、自分の腕をつかんだ手。
唇から血を拭いた手。
父の遺影を印刷した手。
保険の請求書を書いた手。
九万円を振り込んだ手。
母は、かるたを前へ進ませようとしていた。
止まれば死ぬと思っている人間のように。
こちらがどこへ進みたいのかより、立ち止まっていること自体を恐れていた。
「何」
母が訊いた。
「別に」
「じゃあ、学校へ持っていって」
透明な袋を渡された。
かるたは受け取った。
自分の手でつかめと言われたものは、最初から母の手の中にあった。
その日以降も、学校へは毎日遅刻した。
一時間目に間に合う日はなかった。
二時間目に来る日。
昼休みに来る日。
来ない日。
授業中は机へ突っ伏して眠った。
教師に起こされると、教科書の場所だけはすぐに開いた。
何も読まなかった。
昼休みは、これまでほとんど話したことのない同級生の机へ座った。
ゲームの話。
動画の話。
コンビニの新商品。
相手の名前を正確に覚えていなくても成立する話だけをした。
小田とは必要なことしか話さなかった。
「次、移動教室」
「知ってる」
「提出、今日」
「分かってる」
「それ、昨日も言ってた」
「じゃあ今日こそ出す」
出さなかった。
学校が終わると、駅前へ行った。
アプリで会った男の部屋には、白い天井があった。
別の男の部屋には、木目の天井があった。
安いホテルの天井には、煙感知器の赤いランプがあった。
かるたは会う前にはよく喋った。
学校の話。
教師の物真似。
母の店の変な看板。
ニュージーランドでは羊が人間より多いらしいという話。
相手が笑えば、かるたも笑った。
そこにいる間だけは、普段の自分へ戻れたように見えた。
名前はユウだった。
十八歳だった。
父は生きていることもあった。
一人暮らしのこともあった。
留学へ行くことが決まっていることもあった。
言葉にした設定の中では、何にでもなれた。
話さなくなったあと、かるたは天井の鏡を見た。
何が起きているかを、自分の身体から少し遠い場所で眺めた。
終われば、服を着た。
相手の洗面所で髪を直した。
礼を言った。
金を受け取らない日もあった。
金が目的ではなかった。
一時間か二時間、自分の人生を説明しなくてよいことが目的になっていた。
母には、小田といたと言った。
最初に名前を出したのは、考える前だった。
「小田くんと?」
「うん。留学の準備」
「何時まで」
「八時ぐらい」
「電話代わって」
「もう帰ったし」
翌日、吉岡が小田へ訊いた。
「昨日、かるたと一緒だったのか」
かるたは少し離れた場所にいた。
小田は透明な書類入れを胸へ抱えた。
答える前に、喉が一度鳴った。
「と、途中までは」
吉岡は、何時までかを訊いた。
「覚えてません」
小田は答えた。
嘘だった。
放課後、図書室の前で呼び止められた。
「僕の名前を使うなら、先に言って」
小田が言った。
「使ってないって。たまたま名前が出ただけ」
「それを使ったって言うんだよ」
「悪かったって」
「悪いと思ってない言い方、やめて」
「じゃあ何て言えばいいの」
「次はやめて」
小田は、それだけいって、理由を訊かなかった。
正しいことだけを言った。かるたは、その正しさが嫌だった。
それでも、次の週にも小田の名前を使った。
今度は、母が小田の家へ確認しなかった。
代わりに、帰宅時刻を記録した。
月曜、二十二時十二分。
水曜、二十一時四十分。
金曜、帰宅なし。
冷蔵庫の横へ貼られた紙に、青いペンで書いた。
かるたが紙を剥がすと、翌日には新しい紙が貼られていた。
夜中、家を出ようとしたとき、母は起きていた。
階段下の椅子へ座っていた。
照明は点けていなかった。
「どこ行くの」
かるたは玄関で靴を履いていた。
「コンビニ」
「財布持ってるね」
「コンビニだから」
「着替えも鞄に入ってる」
かるたは答えなかった。
母は立ち上がらなかった。
玄関も塞がなかった。
「出るなら、止めない」
母は言った。
「ただ、出た時点で警察と児相へ連絡する」
「は?」
「私はもう、一人で追いかけない。腕もつかまない」
「脅してんの」
「手順を説明してる」
「コンビニ行くだけだって」
「なら、十分で戻れるでしょ」
母は携帯電話を机へ置いた。
画面には、児童相談所の担当者の番号が表示されていた。
「出る?」
かるたは玄関の扉を見た。
鍵は開いていた。
母は触れていない。
自分で開けて、自分で外へ出られる。
出れば、警察が来る。
児相へ連絡される。
知らない男のところへ行く途中で保護されるかもしれない。
母は何もしていない。
正しい手順だけを置いていた。
かるたは靴を脱いだ。
「会う約束してた人に悪いな」と思った。
相手は、かるたが十五歳だと知らなかった。知っていたかもしれなかった。
どちらでもよかった。
階段を上がり、自分の部屋へ入った。
扉を閉めた。
鍵はなかった。
鳥籠の扉は開いていた。しかし、外に出たところで、もっと大きな籠へ移されるのは明白だった。




