一夜でできること
Term 4に入ると、学校から人が減った。
上級生はStudy leaveへ入り、授業へ来る日と来ない日が分かれた。中庭のテーブルにも空席が増え、いつもの昼食場所へ行っても、女子グループが全員そろうことはほとんどなくなった。
ビー(Bea)は図書館で勉強していた。
ジソ(Jisoo)はESOLの試験対策。
ハナ(Hana)は授業がない日は学校へ来なかった。
プローイ(Ploy)はOutdoor Educationの予定を確認し、ニチャー(Nicha)はChemistryのノートへ色の違う付箋を貼っていた。
かるたは、誰かがいれば一緒に食べた。
誰もいない日は、一人で階段へ座った。
最初の頃ほど、一人でいることは怖くなかった。
ただ、終わりに近づいている感じがした。
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試験は、一日で終わらなかった。
最初の週にEconomics。
数日後にMathematics。
その次にESOL。
科目によって開始時刻も場所も違い、同じ教室へ行けばよいわけではなかった。
試験会場には机が等間隔に並び、普段の教室とは別の学校に見えた。鞄とスマートフォンは前方へ置き、机の上には必要な物だけを出す。
誰も動画を見ていない。
誰も話していない。
教師も、生徒が自分から質問するのを待たなかった。
開始時刻。
終了時刻。
使える時間。
やることが全部決まっている。
かるたは、こういう場所の方が楽だった。
自由がない。
だから、次に何をするか迷わない。
かるたは、試験の三日前までほとんど勉強しなかった。
三日前になると、まだ二日あると思った。
前日になると、急に全部が現実になった。
Economicsの前夜、過去問題を開いた。
最初の一時間は、何を覚えればよいのか分からなかった。
解答例を読む。
問題へ戻る。
また解答例を見る。
同じ言葉が何度も出る。
需要。
供給。
機会費用。
外部性。
使える文をそのまま覚えた。
午前三時を過ぎると、頭が冴えた。
試験会場では、覚えたばかりの表現が問題文にあった。
書けた。
完璧ではない。
空白にはしなかった。
終わった瞬間、合格した気がした。
帰宅すると眠った。
次の日は何もしなかった。
Mathematicsの試験前も、似たことをした。
こちらは、始めれば速かった。
過去問題を解く。
間違えたところだけ確認する。
同じ型をもう一問する。
明け方には、最初に分からなかった問題も解けるようになった。
試験では、見たことのある形が出た。
数字が違うだけだった。
途中式を省かないよう、普段より丁寧に書いた。
時間が余った。
見直しをした。
自分は、やればできる。
追い詰められればできる。
その結論だけを持ち帰った。
ESOLは、読解より作文が難しかった。
それでも、テーマが一つあり、時間内に終わらせなければならない。
選択肢が少ない。
逃げる場所がない。
書くしかなかった。
Statisticsのレポートのように、何週間も画面を開いたまま迷うことはできない。
知っている単語で書いた。
文法は間違えた。
最後まで到達した。
試験会場を出るたび、身体の中が空になった。
その夜には、次の科目のためにまた詰め込んだ。
数日間だけなら、できた。
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試験がない科目は、別の形で終わりが来た。
体育(PE)では、活動そのものには参加していた。
走る。
投げる。
チームへ入る。
身体を動かしている間は、何をすべきかが目の前にあった。
しかし、最後に提出するレポートが残った。
自分の活動を振り返り、目標、結果、改善点を書く。
かるたは、最初のページだけ書いた。
次のページへ進むと、同じことを別の言葉で説明する必要があった。
Statisticsと同じだった。
教師から、期限が近いと言われた。
「活動は終わってる。あと文章だけだよ」
あと文章だけ。
母が言いそうな言葉だった。
あとそれだけなのに、終わらなかった。
提出日前夜、かるたは一部を埋めた。
空欄を残したまま送信した。
取れたクレジットもあった。
取れない部分もあった。
美術は、完成した二枚で認められる基準が一つあった。
三枚必要な基準は届かなかった。
Statisticsのレポートも、教師に促されながら最低限の形へ直し、一部は提出できた。
すべて失敗したわけではない。
だからこそ、どこまでできて、どこからできないのかが見えた。
一夜で終わるもの。
答えが決まっているもの。
目の前に問題があるもの。
期限が数時間先にあるもの。
それなら、どうにかできる。
何週間も続けるもの。
自分で進み方を決めるもの。
退屈な部分を繰り返すもの。
途中で誰も止めないもの。
それだけが残る。
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ジアハオ(Jiahao)とは、試験のない日にファイブ・マイル(Five Mile)で食事をした。
ジアハオは、自分の試験は最悪だったと言いながら、次の休みに家族とオーストラリアへ行く話をした。
かるたは、取れなかったクレジットの画面を見せた。
「でも、Calculusはできるだろ」
「できる」
「Economicsも、たぶんパスする」
「たぶん」
ジアハオは画面を指した。
「お前、頭いいのに、workしないよな」
悪意のない声だった。
かるたの腹の奥が熱くなった。
“I do work.”「やってるし」
英語で言い直した。
ジアハオは首を傾げた。
“Not the boring part.”
退屈な部分をやらない。
それが、最も正確だった。
"You don't get it"「お前に分かんないだろ」
“What?” 「え?」
"Even when I try to make it done, it just doesn't work"「やろうとしても、できないときあるんだよ」
うまく言えたのかわからなかった。馬鹿な言い訳に聞こえたかもしれない。
ジアハオは笑わなかった。
「じゃあ、誰かとやれば?」”Then, ask someone to help you out”
「そういう話じゃない」"It's not like that "
「じゃあ、どういう話?」"Then what exactly are you struggling with"
答えられなかった。
自分でも分からない。
怠けたくないのに、怠けているようにしか見えない。
好きなことでも、面白くない部分へ来ると動けない。
怒られれば苦しい。
怒られなくても終わらない。
「もういい」"Forget out it"
かるたは言った。
ジアハオは、少し間を置いてから、自分のポテトをこちらへ押した。
謝らなかった。
かるたも謝らなかった。
ポテトは食べた。
帰りのバスでは、普通にアニメの話をした。
喧嘩したのかどうかは分からなかった。
関係が終わらなかったので、たぶん、終わるほどのことではなかった。
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十一月の終わり、Year 9の少年が帰りのバスで訊いた。
“When are you leaving?”
かるたは窓の外を見た。
十二月十二日。
航空券もある。
母は空港へ迎えに来る。
学校のポータルにも、留学終了日が表示されている。
“Not sure.”
知らない、と答えた。
少年は、かるたの顔を見た。
嘘だと分かったような気がした。
それ以上は訊かなかった。
バスの前方には、例の体格のよい上級生がいた。
制服ではなく、黒いTシャツと短パンを着ている。試験を終えたらしく、スポーツバッグを足元へ置いていた。褐色の肌をした女子が隣に立ち、吊り革の代わりに座席の背へ手を置いている。
男子が何か言うと、女子は肩を押した。
男子は大きな声で笑った。
車内の後ろまで届いた。
かるたは、名前を知らなくても、あの声なら次に聞けば分かると思った。
停留所で降りると、Year 9の少年も降りた。
少年はいつもと違い、すぐには歩き出さなかった。
「お前、来年もここにいるの?」
かるたは英語で訊いた。
少年は少し驚いた顔をした。
「いるよ」
「いいね」
「何が?」
「別に」
かるたは先に歩いた。
背後から、少年の足音が少し離れて続いた。




