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お前は、その意味を考えたことがないだろう―奇跡論者の現実改変記  作者: Hyman Godley
ニュージーランドで高校生編

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18/27

もう一人の留学生

Term 3の初日、テリー家の客室が一つ増えた。

増えたのは部屋ではない。

もともと息子が使っていた二階の部屋を片づけ、別の留学生が入ることになった。

かるたが聞かされたのは、到着の三日前だった。


「ドイツから。十七歳。あなたと同じ学校よ」


テリー夫人は英語で説明しながら、廊下へ積まれていた段ボールを別の部屋へ移した。


「名前はルーカス(Lukas)」

「男?」


訊いたあとで、名前から分かるだろうと思った。


「そうよ。何か問題ある?」

「別に」


問題があるとすれば、何が問題なのか説明できなかった。


▼▼▼


ルーカス(Lukas)は、空港から帰ってきたその日に、かるたの部屋へ入ってきた。

ノックはした。

返事を待たなかった。


「ここ、Wi-Fi弱くない?」


英語で訊きながら、ベッドの端へ座った。

背が高かった。

立っていると細く見えたが、半袖のシャツから出た腕には、筋肉の線がはっきり浮いている。肩も広い。ただ、体育館前で見かける上級生のような塊ではなく、余分なものを削った身体だった。

髪は明るい茶色。

目は青というより灰色に近い。

かるたは、一度見て、見すぎたと思ってノートパソコンへ目を戻した。


「他の部屋よりは入るかな」

「マジで? じゃあ、ここで動画見てもいい?」

「自分の部屋で見れば」

「止まるんだよ」


ルーカスは既にスマートフォンを横向きにしていた。

許可を求めた形だけが残り、答えは必要としていないらしかった。

動画には、雪山を滑る人間が映った。

ルーカスは冬の間にスキーかスノーボードをしたいと言った。学校の生徒から、安く道具を借りる方法も聞いたらしい。

到着して数時間で、かるたより町の情報を持っていた。


「誰に聞いたの」

「空港で会ったフランス人。去年ここにいたって」

「空港で?」

「荷物待ってる間に」

「どうやって話しかけるの」

「普通に」


普通に。

最も再現できない説明だった。

ルーカスは動画を見終えると、自分の部屋へ戻った。

十分後、また入ってきた。

今度は上半身に何も着ていなかった。


「洗濯物、どこに出す?」


かるたは返事を忘れた。

ルーカスの腹には、薄く筋肉の境目があった。胸は大きすぎない。肩から腰へ向かって、身体の幅が狭くなる。


近い。


「かご」


やっと答えた。


「どこ?」

「下」

「サンキュー」


ルーカスは自分が裸であることを、一つの情報としても扱っていなかった。

かるたはドアが閉まってから、画面へ戻った。

何を見ていたのか分からなくなった。

好きなのか。

顔がよいから見ただけなのか。

筋肉があるからなのか。

距離が近かったから、身体が勝手に反応しただけなのか。

そもそも、ドイツ人は家の中でこの程度の格好を普通にするのか。

判断する材料がなかった。

しばらくして、ルーカスが階下から叫んだ。


「洗濯かご、二つあるけど!」

「服の方!」

「両方、服入ってる!」


かるたは説明するために部屋を出た。

考えても分からないものは、そのままになった。

夕食では、ルーカスがほとんど一人で喋った。

ドイツの学校。

乗り継ぎで荷物が一度消えたこと。

空港で知り合ったフランス人。

冬の間にスノーボードをしたいこと。

テリー夫妻は、話の途中で分からない言葉があっても止めなかった。ルーカスも、相手が全部を理解しているか確認せずに続けた。意味が抜けても会話が壊れないことを、最初から知っているようだった。


「かるたは、彼女いる?」


突然、英語で訊かれた。


「いない」

「彼氏は?」


テリー夫人がパンへバターを塗っていた。

テリー氏はテレビの音量を下げた。

誰も、質問が特別なものだという顔をしなかった。


「いない」


かるたは答えた。

ルーカスはうなずいた。


「じゃあ、自由だな」


恋人がいないことを寂しいとも、隠すべきこととも言わなかった。空いている予定が一つ増えたような言い方だった。

かるたは何か返そうとしたが、テリー夫人が明日の朝食について話し始めた。

会話はそのまま別の方向へ進んだ。


▼▼▼


学校では、ルーカスは初日から迷わなかった。

迷っていたとしても、近くの生徒へすぐに訊いた。

Termの途中から入った留学生へ、Houseや時間割を説明する担当として、上級生の女子が一人ついていた。


褐色の肌。

明るい茶色の髪。

大きな輪のピアス。


体育館前で見たことのある女子だった。


女子はルーカスの時間割を覗き込み、廊下の向こうを指した。教師へ話しかけるときも、同学年の友人へ話すときも、声の大きさが変わらない。

その近くを、例の体格のよい白人男子が通った。

スポーツバッグを肩へ掛け、誰かに呼ばれると、歩いたまま後ろへ手を上げた。


女子が何か言う。


男子は笑い、こちらを一度見た。


正確には、ルーカスを見たのだろう。

新しい留学生がいれば、見る。

かるたも初日に見られた。

それだけだった。


昼休み、ルーカスは既に別の留学生たちと座っていた。

ビー(Bea)がその方向を見て言った。


「友達作るの速いね」

「昨日来たばっかなのにね、すげえよな」

「白人の留学生は、着いた瞬間から友達いるよ」


ハナ(Hana)が英語で言った。


「空港で生成されるんだよ」


かるたが返すと、ビーが笑った。

プローイ(Ploy)は、ルーカスがかわいいと言った。


「かわいいじゃなくない?」

「じゃあ、hot」

「それは、まあ」


言ってから、自分が同意したことに気づいた。

ニチャー(Nicha)が顔を上げた。

ビーもこちらを見る。

かるたはパンを口へ入れた。


「何」

「何も」


ビーは笑っていた。

日本なら、ここから誰が好きなのか、男もありなのか、どこまでしたことがあるのか、質問が広がったかもしれない。

ビーは一度眉を上げただけで、次の話へ移った。

何も隠せなかった感じと、何も暴かれなかった感じが、同時に残った。


▼▼▼


ルーカスは一週間で、学校外の留学生を何人も知った。


フランス人。

ブラジル人。

中国人。

ドイツ人。


学校が違う者もいた。

ホストファミリー同士が知り合いだったり、以前の留学生から連絡先を受け継いだり、SNSで見つけたりするらしい。

金曜日の夜、ルーカスがかるたの部屋へ入ってきた。

今度はノックもしなかった。


「明日、パーティーある」

「どこで」

「クイーンズタウンの近く。たぶん」

「たぶん?」

「住所、明日送るって」

「誰の家」

「知らない」


条件だけ聞けば、閉鎖施設へ行ったときと似ていた。

知らない人。

知らない場所。

住所はあとから。

しかし、ルーカスは何も隠そうとしていなかった。スマートフォンには、複数人がくだらない画像を送り合うグループチャットが開いている。


「酒ある?」

「あると思う」

「テリーさんに言うの」

「友達の家へ行くって言う」


嘘ではない。

全部でもない。

ルーカスは、かるたの返事を待った。


“You don’t have to drink. Just come.”


来なくてもよい。

最初はそう聞こえた。

けれど、後半は来いと言っている。

飲む必要はない。ただ来ればよい。


「行く」


英語で答えた。

ルーカスは笑った。


「Good. お前、ずっと家にいるから」

「学校行ってるし」

「それは家にいないとは言わない」


何を言っているのか分からなかった。

それでも、誘われた。

翌日の予定ができた。

かるたはテリー夫人へ、ルーカスと友人の家へ行くと伝えた。

帰宅時間は分からないと書いた。

返信には、遅くなるなら連絡すること、帰れなくなったら迎えを頼むことだけが書かれていた。

許可された。

かるたは、断られる可能性を想定していた自分へ、少し遅れて気づいた。


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