大移動!かるた君、ニュージーランドへ行く
誕生日から四月一日までは、早かった。
学校は卒業式と終業式の時期へ入り、廊下を歩く生徒の数も減った。
三年生は花束を持ち、下級生は教室の机を移動させ、教師は成績と進路の話をしていた。
かるたは留学用の書類を出し、スーツケースへ服を詰めた。
母は、一応は家へ戻った。夜に帰宅し、朝に店へ行くようになった。
食事も、以前と同じように冷蔵庫へ入った。
家のいろんな物には、〈持っていく〉〈置いていく〉〈現地で買う〉と書かれた付箋が増えた。
小田とは、春休みに入る前に少し話した。
「変換プラグ、買った?」
「買った」
「ニュージーランド、形違うから」
「知ってる。何か、斜めのやつ」
「そこまで知ってるならいいけど」
「母さんが買った」
「君は何を準備したの」
「心」
「一番信用できないやつじゃん」
小田は笑い、かるたも笑うが、互いにそれ以上、長くは話さなかった。
小田を見ると、あの日の進路指導室を思い出した。
小田の名前。
吸い込んだ息。
小さな返事。
その次には、辞退届があった。
小田と話していると、目の前の小田が、自分の知らない過去から来た人間に見えるときがあった。
怖かった。
だから、話しかけなかった。
小田も、無理に話しかけてこなかった。
結局、自分には、友達と呼べるほどの友達はいないのかもしれない。
そう思った。
小田が友達でないなら、何なのか。
友達なら、なぜ空港へ来てほしいと言えないのか。
考え始めると面倒になった。
やめだ。
▼▼▼
四月一日。
空港へ向かう車の中で、母はずっと喋っていた。
「パスポート」
「ある」
「在留関係の書類」
「ある」
「薬の証明書」
「あるって」
「現金、分けた?」
「分けた」
「財布一個に全部入れたら駄目だからね」
「分けたって言ってるじゃん」
「確認してるだけでしょう」
高速道路の標識が、後ろへ流れていく。
今日は、エイプリルフールだった。
留学が決まったこと。
父が死んだこと。
小田が辞退したこと。
母が家へ戻ったこと。
全部、誰かが考えた嘘のようだった。
空港へ着いても、母は喋り続けた。
チェックイン。
手荷物。
搭乗券。
乗り換え。
緊急連絡先。
カウンターの職員が一度説明したことを、母は別の言葉でもう一度確認した。
職員は笑顔を保った。
最後の食事は、適当な空港内の観光客用であろう日本食の飲食店で食べた。
母は蕎麦。
かるたはカツ丼。
窓の向こうでは、飛行機がゆっくり移動していた。
「なあ」
そうかるたは言いうと、母は待っていたかのように返した。
「何?どうかした?忘れ物?」
「いんや、というかさ、これ壮大なドッキリだったりしないよね」
「何がよ」
「飛行機乗ったら、学校ありませんでした、みたいな」
「誰があんた一人にそんなドッキリすんの」
「金持ちのテレビ局」
「それなら出演料もらわな割に合わんわ」
母は蕎麦をすすった。
「ていうか、今日エイプリルフールじゃん」
「ああね」
母は日付を思い出したように言った。
「だから何よ」
「縁起悪くない?」
「縁起で飛行機飛ばすわけじゃないでしょう」
母らしい返答だった。
隣のテーブルでは、同じくらいの年齢の女子が、友人らしい集団に囲まれていた。
色紙。
写真。
小さな花束。
泣いている子もいた。
別の場所では、家族が十人近く集まり、何度も集合写真を撮っていた。
祖父母。
兄弟。
小さい子ども。
全員が、誰か一人を見送っていた。
かるたの前には母しかいなかった。
小田へ連絡すればよかったのかもしれない。
学校の誰かへ、何時の便だと伝えればよかったのかもしれない。
けれど、来てもらったところで、何を話せばよいのか分からないし、自分の見送りがこぢんまりしていることを、恥ずかしがるべきなのかも分からなかった。
母一人では、足りないのか。
それを考えること自体が、母へ失礼な気もした。
食事を終え、検査場の前まで来た。
母は、かるたのコートの襟を直した。
「着いたら連絡」
「分かってる」
「オークランドでも一回。クイーンズタウンでも一回」
「二回も?」
「乗り換えで消えたら困るでしょう」
「消えんし」
「知らん土地では、分からんことを勝手に判断しない。困ったら人に訊く。黙ってたら誰も分からんからね」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
母は、襟から手を離した。
「あんたならできるやろ」
背中を押す言葉だった。
できる。
だから、やれ。
できると言われた以上、できなければ、自分の責任になる。
昔から、母の言葉には、その続きが付いていた。
かるたはうなずいた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
抱きしめはしなかった。
母は手を上げた。
かるたも手を上げた。
保安検査の列へ入った。
振り返ると、母はまだいた。
二度目に振り返ったときも、いた。
三度目は、振り返らなかった。
▼▼▼
出国は、思っていたよりあっさりしていた。
荷物を籠へ入れる。
上着を脱ぐ。
金属探知機を通る。
パスポートを見せる。
顔を撮られる。
搭乗口を探す。
海外へ出るというより、決められた場所へ物を置き、次の線まで歩く作業だった。
飛行機へ乗ると、たしかに緊張はした。
座席が狭い。窓の外が暗い。扉が閉まる。
いまから途中で降りることはできない。
その事実だけが、急に現実らしくなった。
離陸すると、身体が座席へ押しつけられた。
空港の光が小さくなった。
町の形が消えた。
かるたは、ようやく日本から離れた。
機内食は、ドラマで見るより複雑だった。
チキンかビーフ。
それだけだと思っていた。
実際には、和食か洋食。
魚か鶏。
米かパスタ。
朝食は卵かパン。
飲み物は何か。
ソースはどちらか。
一度にいくつも聞かれ、途中で分からなくなった。
「フィッシュ」
分かった単語だけ答えた。
出てきたのは、魚と米だった。
日本食なのか洋食なのかは分からなかった。
食べられたので、どちらでもよかった。
映画を一本見た。
途中で眠った。
目を覚ますと、窓の外が白み始めていた。
画面の地図では、飛行機は海の上にいた。
日本を四月一日に出た。
ニュージーランドへ着く頃には、四月二日になっていた。
エイプリルフールは、空の上で終わった。
▼▼▼
オークランド空港へ降りた瞬間、匂いが違った。
建物の中なのに、草のような匂いがした。
コーヒー。
絨毯。
洗剤。
知らない香水。
どれか一つではなかった。
空気そのものが、日本とは別の場所で作られているように感じた。
外へ出ると、日差しは強かった。
「あっちー」
けれど、汗が皮膚へ張り付かなかった。
日本の夏のように、空気を吸うだけで身体の表面が湿る感じがない。
明るいのに、乾いていた。
入国審査。
荷物。
食品の申告。
薬の確認。
職員の英語は、機内放送より速かった。
聞き返すと、もう一度言ってくれた。
怒られなかった。
空港の店でSIMカードを買った。
店員に言われるまま、スマートフォンを渡した。
設定が終わると、画面の左上に、見慣れない通信会社の名前が出た。
母へ送った。
〈オークランド着いた〉
すぐに返信が来た。
〈荷物ある?〉
〈ある〉
〈薬は?〉
〈ある〉
〈じゃあ国内線乗ったらまた連絡〉
景色の感想は訊かれなかった。
かるたも送らなかった。
国際線ターミナルから国内線へ移動するため、荷物を引いて外を歩いた。
地面に引かれた線。
見慣れない標識。
英語とマオリ語。
すれ違う人間の身体つきも、日本とは違った。
ポリネシア系らしい男性が、二人で大きな荷物を運んでいた。
半袖の腕が太い。肩も首も、服の中へ収まりきっていないように見えた。
褐色の肌、毛深い人もそこまでではない人もいるが、髭はみな綺麗に生えており、男らしく、東アジア人には見られない魅力があった。
かるたは、おもわず数十回は振り返った。
うわあ、ばかエロい、抱かれてぇ~
率直に思った。
日本にいたときは、自分がタチより身長が高いことは日常茶飯事だったが、こちらであれば抱かれたときに相手が自分に届かないことはないだろうと、期待が膨らんだ。
こっちのゲイ向けアプリは、どんな感じなのだろう。
どんな写真を使うのか。
どんな人間から連絡が来るのか。
前に使ったアプリのことを思い出した。
黒いワゴン車。
柑橘の芳香剤。
赤いランプ。
思い出しそうになったところで、国内線の案内板を見た。
考えるのをやめた。
正直、留学で一番気になっていたのは、英語でも、授業でも、スキーでもなかった。
知らない国で、どれくらい楽しい夜を過ごせるのか。
自分を知らない人間と、どれくらい違う自分になれるのか。
その二つだった。
国内線の搭乗口へ着くと、スマートフォンを開いた。
アプリストアを一度開いた。
何も入れずに閉じた。
まだ着いてもいない。
そういうことにした。
▼▼▼
クイーンズタウンへ着いた頃には、夕方になっていた。
空港はフランクトンにあった。
飛行機を降りると、先に山が見えた。
山の間へ、夕日が落ちていた。
本当に赤かった。
赤いのに、端の方だけ紫が混じり、雲の近くでは薄い橙色になっている。
熟れた夕張メロンの果肉を、空へ薄く引き伸ばしたような色だった。
見たことのない夕日だった。
ターミナルの出口を出た瞬間、それが正面にあった。
かるたは、スーツケースを持ったまま立ち止まった。
何かが解決したわけではない。
小田のことも。
母のことも。
父のことも。
何一つ変わっていない。
それでも、胸の中へ入っていた重いものが、一瞬だけ軽くなった。
この夕日は、自分が何をしたのか知らない。
それがよかった。
出口付近では、白い紙を持った夫婦が待っていた。
紙には、ローマ字でかるたの名前が書かれている。
テリー夫妻だった。
二人とも、英語系の姓を持っていたが、イギリスから来たのは祖父母の世代だと、車の中で説明された。
かるたは半分しか聞き取れなかった。
分かったところだけ、
「Oh, okay」
と答えた。
夫婦には二十代の息子がいた。
息子は既に働いており、家にいる日といない日があるらしい。
犬だけは、ほとんど両親の家に置いているという。
「He says it’s his dog. We do all the work」
ホストマザーが笑った。
かるたも、一秒遅れて笑った。
留学生を受け入れるのは初めてではなかった。
家のルールを説明された。
晩飯を、ティー(Tea)というらしい。これは一緒に食べるとのこと。
洗濯はすべてマザーがやってくれるから、かごに服は入れればいいとだけ言われた。
シャワーはお湯がこちらでは高いので最大10分程度にしてくれと言われた。
連絡方法:メッセンジャー、日本ではもはやだれが使っているのであろうか。
テリー夫妻の説明は慣れているように見受けられる。自分が何も分からないことを、最初から分かってくれている。
それだけで、少し楽だった。
家があるのは、Lake Hayes Estateと呼ばれる住宅地だった。
似た高さの家。
広い道路。
低い塀。
手入れされた芝生。
日本の住宅街より、空が大きく見えた。
町の中心ではなかった。
観光客が歩く場所でもなかった。
住むためだけに作られた場所だった。
商店は一角に集まっていた。
The Hayesというカフェ兼レストランと、同じ建物内に小さな食料品店。
それ以外は、ほとんど家だった。
店を出た瞬間、また住宅地になる。
日本では、住宅街の中にもコンビニや自動販売機や小さな店が、隙間へ入り込んでいる。
ここでは、買う場所と住む場所が、最初から分けられていた。
不便そうだが、同時に、妙にきれいである。
学校が始まるまでの間、かるたは犬の散歩を任された。
彼らの息子の犬。大きく、引く力も強い。
最初の数日は、散歩させているというより、犬に道を案内されていた。
Lake Hayes Estateの外周には、砂利の道が続いていた。
Shotover RiverとKawarau Riverの周辺を通るトレイルへつながっている。
住宅地のすぐ下に、広い川がある。
それだけでも不思議だった。
川辺には、木の枝へ縄をくくりつけただけのブランコがあった。
アニメや映画の中にしかないと思っていた形だった。
座ると、縄が軋んだ。
犬は少し離れた場所で草の匂いを嗅いでいた。
時折、川をジェットボートが走った。
音が先に来る。
水面を削り、白い波を立て、観光客を乗せたジェットボートが曲がる。
乗っている人間が、こちらへ手を振った。
かるたも振り返した。
知らない人間同士だった。
向こうにとっては観光。
こちらにとっては散歩。
かるたの日常が、誰かの非日常になっていた。
逆でもあった。
ホストファミリーとの食事は、思ったより静かだった。
話す日もある。
テレビを見ながら食べる日もある。
全員が同じ時間に食べない日もある。
何も話さなくても、怒っているとは判断されなかった。
食事を残したときも、理由を追及されなかった。
「Not hungry?」
「A little tired」
「Okay. Keep it for later」
それで終わった。
冷蔵庫へ入れられた。
食べるかどうかは、あとで決められた。
それだけのことが、かるたには新鮮だった。
到着した頃、Term 1はちょうど終わるところだった。
学校で簡単なオリエンテーションだけを受け、本格的に授業へ出るのはTerm 2からになった。
選択した科目は、ESOL、PE、Mathematics、Economicsなどだった。
NCEAの説明も受けた。
単位。
内部評価。
外部試験。
科目ごとに違う達成基準。
全部を理解したわけではない。
けれど、全員が同じ授業を同じ順番で受け、同じ試験だけで評価されるわけではないことは分かった。
自分で選ぶ。
取れる単位を確認する。
必要なものを組み合わせる。
何という自由な世界だと思った。
自由な分だけ、自分で把握しなければならない部分が増えることには、まだ気づかないことにした。
制服は紺色が基本だった。
ブレザー。
シャツ。
紺と黄色の斜め縞のネクタイ。
派手ではない。
けれど、遠くから見ても学校が分かる。
かるたには、妙にキャッチーなデザインに見えた。
Year 13になると、その学年の生徒がデザインした独自のネクタイを着けられるらしい。
さらに昼休みには、学校のすぐ隣にあるRemarkables Parkという商業施設が集まった場所へ行くことが許されており、自由な行動が権利として約束されている文化は新鮮だった。
学校の外へ出る。
買い物をする。
レストランで食べる。
時間までに戻る。
禁止するのではなく、戻ってくることを前提に許されている。
かるたには、それだけで異常なほど自由に思えた。
日本では、外へ出ないように門を閉める。
ここでは、出ても戻るだろうと思われている。
信頼されるとは、こういうことなのかもしれない。
それとも、戻らなくても本人の責任というだけなのか。
どちらでも、窮屈ではなかった
*日本編が終了しました。ここからはニュージーランド編へ突入します。




