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54.嫌な臭い

 貧民街に住み着いて一ヶ月が過ぎ、水問題が片付き次は臭いの問題である。臭いの問題は下水設備が確立されていないためである。貧民街と言われるだけあって、建物はバラックのような物ばかりで、下水システムがしっかりしている訳ではない。


「クリヤマ様、このたびは井戸を設置していただき、ありがとうございます」


 貧民街の長がお礼を言いにやって来て、頭を下げる。


「ここは下水はどうしているんですか?」


 栗山が質問すると、長は難しい顔して教えてくれたが、それは下水とは言えない処理方法だった。中世のヨーロッパでも、もう少しまともな下水だったと思われる。孤児たちが、排泄物処理の仕事を生活のためにしているとのことだった。それに関しては4人が一番理解している。


「仕事を取るのはどうなのかと言われても仕方がないが、そこをどうにかするのも貴族の仕事だろう」


 栗山の言いたいことは理解できるが……。仕事に溢れてしまった人たちは、どうすれば良いと言うのだろうか。

 畑仕事をすれば良いっても、すぐに結果が出るわけではないので現実的ではない。だったらどうすれば良いというのだろうか。

 冒険者になれば魔物や獣たちを狩り、その肉を売ったり、自分たちで食べたりすることができるだろう。しかし、子供がそのような事をできるのかと言われると、できるはずが無い。全てが現実的ではないのである。

 基本的に孤児院が貧民街にあるが、ギリギリ生活ができる……とは言えないまでの施設である。子供たちが仕事をしなければ生活がままならない。


「どうするの?」


 カミュが少し心配そうな顔して、栗山に聞いてくる。


「少し考える。今日はもう遅いから、明日に備えて早く休もう」


 4人はそれぞれ返事をしたが、今回ばかりは栗山でもどうしようもないだろうと思いながら、自分の部屋へ戻っていく。


「子供ができる仕事ねぇ……」


 そう呟いてから、栗山はお風呂へ向かった。

 翌朝、栗山たちは商業区に足を運ぶ。商業区では様々なものが売られており、4人は目を輝かせながら色々な物を観て回る。

 食材が心もとないないので栗山は食品街に足を運ぶと、卵が結構な値段で販売されていることに驚く。

 どうしてこんなに卵が高いのかと聞くと、卵は冒険者に依頼しないと手に入らないからだと言われ、栗山は不思議そうな顔をした。


「だって、鶏が産んだのを採るだけでしょ?」


『その鶏を育てるのが大変なんだよ。誰も飼育なんてしたことがないんだからな』


 その話を聞いて栗山は「それだ!」と言って、急いで4人と合流した。


「……今度は何を思いついたのよ」


 買い物の途中だったこともあり、機嫌が悪いチヒ。


「卵を集めて売れば、子供たちは生活していける!」


「「「「はぁ?」」」」


「鶏の飼育をやらせれば良いだけだったんだ」


「鶏って、育てるのが大変だって有名なの知らないの?」


 馬鹿にしたかのようにカルミが言うと、栗山はニヤニヤして答える。


「育て方は俺が知っている。先ずは飼育できる環境作りだ、急いで孤児院へ向かうぞ!」


 4人は嫌そうな声を上げるのだが、栗山が行くというのだから、付いていくしかないのである。

 孤児院に到着し、運営をしている修道士に鶏の飼育をしたらどうだと話をすると、門前払いされてしまう。


「子供たちを馬鹿にするのはやめてほしい」


「馬鹿になどしてません!」


 そう言ってもう一度説得を試みるのだが、馬鹿にするなと言って、追い返されてしまう。

 ならば、どうすれば良いのだろうかと思いながら家路につこうとしたら、カミュが呼び止めた。


「チアキさん、もしかして……鶏は高級食材って、知らないの?」


「は? ……え? 鶏が?」


 まさかの言葉に驚愕する栗山。


「鶏って、基本的にどうやって飼育すれば良いのか分からない生き物なんだよ」


 あのコケコッコーと鳴く生き物が高級食材と言われ、立ち尽くす栗山。


「だから自然に生活させて、産んだ卵を取りに行く冒険者が多いんだ」


 初耳も良いところである。この世界を甘く考えていた事を改めて思い知らされ、膝から崩れる。

 鶏は小学生でも育てる事ができるというのに、異世界ではそれすら危険というのである。


「ならさ、チアキさんが孤児院に金貨一枚寄付するというのはどうかな?」


 カミュは栗山の肩に手を置き、耳元で囁くように言う。

 それは考えていた案の一つだが、いつ、自分が居なくなるのか分からない中で、寄付をするのは如何なものだろうと思っていた。

 そのため、自分たちで出来る仕事を見つけ、生活を送らせる方が良いと、栗山は判断して仕事探しを選んだのである。


「でもね、実際は排泄の処理しかできないんだよ? それ以外の仕事って何をさせれば良いのさ? チアキさんが、ゲスイだっけ? それの処理をしたら、チアキさんはお金を貰えるの? この間、井戸を作ってあげたけど、報酬は貰ってないじゃん。そんなの仕事とは言わないよ。感謝はするかもだけど、その時だけだよ」


 珍しくまともな事を言うカミュだった。


「なら、貴族って何をするんだよ。威張っているのが仕事じゃないだろ」


 そう言われても、4人は威張っている貴族しか知らないため、答える事ができない。


「本来貴族というのは、経済基盤を支えるのが役割なんだよ。だから、この貧民街を良くするのは、本来貴族がやる仕事なんだ」


「だけど、今までの貴族様がやらなかった事を、今更チアキさんがやる必要があるというの?」


 コレットが言う。


「放って置けないだろ。第二、第三のお前たちが生まれるかもしれないんだぞ」


「独りよがりじゃないの? それ」


 カルミが少し冷めたような口調で言う。


「そうかもしれない。だけど……」


 こう言い出したら止まらないのが栗山。4人は深い溜め息を吐きながら家へと歩き出し、栗山はその後ろをついて行くだけであった。

 栗山は食事の準備もせず自分の部屋へ戻ってしまい、4人は晩御飯はどうすれば良いのか話し合う。だが、4人の中で食事作れるものなど居ないため、誰かが栗山にお願いするしかなく、ジャンケンで聞きに行く人を決めたのであった。

 結局、ジャンケンに負けたのはカミュで、渋々呼びに行くのだが、カップ麺を渡されてリビングへ戻って行く。


「ご飯は?」


 戻って来たカミュにコレットが聞く。


「これでも食ってろ。だってさ」


 そう言ってカミュは、渡されたカップ麺をテーブルに置き、お湯を沸かしに台所へ向かう。


「これはこれで不味くはないけど……」


 チヒはそう言いながら自分が食べたいカップ麺を選ぶと、カミュが不機嫌そうな顔をしながら戻ってくる。


「貴族としての役割かぁ……。チアキさんて、変なところで真面目だよね」


 カルミが加薬を入れながら呟くと、4人は深い溜め息を吐いたのだった。

 翌朝、難しい顔をした栗山がリビングの椅子に腰掛けていたのだが、朝食は作っていなかった。


「おはようございます、チアキさん」


 カミュが声を掛けるが、栗山の耳に届いているようには思えなかった。


「まだ気にしているんですか?」


「当たり前だ。何か良い案があれば……」


 その言葉を聞いて、カミュは溜め息を吐く。


「……風呂に入ってくる」


 そう言って立ち上がった栗山は、何かに気が付いて動きを止めた。


「どうしたんですか?」


「……風呂だ」


「――はい?」


「風呂を作れば良いんだよ!」


「お風呂を?」


「そうだ、衛生面で気になるのなら、安い風呂場を作ってやれば良いんだ。大浴場ってやつだ。俺の能力なら、簡単に作る事ができる!」


「ですけど、薪はどうするんですか?」


「それこそ自分たちで仕入れて来させるんだ。ある程度の奴ならば、薪割りだってできるだろうし、斧で木を切ることだってできる」


 栗山は一人で納得して風呂場へと向かい、機嫌良く朝食を作り始めた。

 その後、再び孤児院へ赴き、大浴場の話を修道士に持ちかける。しかし、良い答えが返って来ない。


『病気の子供だっているんです、全員が働ける訳じゃないんですよ』

 

「しかし、今のような生活を続けられる訳じゃない!」


 そう言われてもと修道士は言う。


「下水処理さえしっかりしてしまえば、子供たちの仕事は無くなるんだ。今のうちに仕事を変える方が良い」


『その大浴場の費用は、誰が出してくれると言うんです』


「俺が作るから問題ない」


 問題ないと言われても信用できるはずがない。貴族とはそういった生き物だと修道士は言うが、栗山は何度も説得を試みて、数日後にようやく説き伏せたのであった。

 それからの作業は早く、一週間後には立派な大浴場が出来上がり、最初に入ったのはもちろん子供たちであった。

 それから栗山たちは下水処理の作業を始め、一ヶ月後には貧民街に嫌な臭いが無くなったのである。

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