昭和幽霊は、猫吸いをする
ちょっとだけ実体が見えるようになった昭和幽霊のユー子は、タケルを睨んだ。
「そう怒るなよ〜。レムが近くにいないと実体が見えないって、俺のせいじゃないだろ」
タケルは、男たちをなんとか蹴散らした後、柱の影で頬を膨らませるユー子をなだめた。
「我輩のそばにいれば、いいじゃないか」
いつの間にか戻ってきていたレムが、“大した問題ではない”と言いたげにため息をついた。
「だって〜」
ユー子は、ぶすっと頬を膨らませる。
「消えて、驚かせること出来たって思ったのに、タケルの手柄になった〜」
「そこなの!?」
タケルは、思わず声を裏返らせた。
「消えたことにショック受けてたんじゃないの!?」
「じゃあ、タケルのせいだな」
レムは、どうでも良さそうに周囲を見回した。
「なんでだよ!他人の気持ちなんて、不可抵抗だろ?」
だが、その言葉は、ユー子には届いていなかった。
ユー子は、柱の影へしゃがみ込むと、うじうじと床の模様を指でなぞる。
「そんな事よりも、観光だ。タケル、連れて行け。スクランブル交差点に行きたい」
レムは、目を輝かせてタケルに詰め寄る。
「……俺、帰りたいんだけど」
「スクランブル交差点、人いっぱい。怖い」
ユー子は、タケルとレムを見上げる。
「……タケルの家に行く」
ユー子が純粋な眼差しで、タケルに詰め寄るとレムも頷く。
「そうだな。日本の住宅にも興味がある」
「興味を持つな。っーか、どこまでついて来んの? 俺は空港までで良いだろ? あとは二人で好きなところ行けよ」
「何故?」
レムは、不思議そうに首を傾げる。
「何故?なんでそうなんだよ。観光に来たなら、ビジホでも民宿でも行けばいいだろ?ってか、お前ら寝るのか?二十四時間、勝手に観光してろよ」
「タケル、ブラック企業の偉い人みたい。それ、昭和だよ」
「…………」
タケルは、げんなりと肩を落とす。
(昭和はお前だろ!ってか、なんで、そこだけ令和なんだよ!)
「うちはダメ。結界張ってるし、そもそもお前らは入れないよ」
「じゃあ近所まで〜。家の外で立って待ってるから〜」
「だ〜め!心霊スポット巡りでもしてくればいい」
タケルは手をバッテンにして、拒否をする。
「ほぅ……それも面白そうだな」
「ん〜それでもいっか!じゃあ……その辺の車に乗り込んで……ナビ操作すれば、行けるから、そうしようか!」
ユー子は、“おもしろいトンネルがあるよ”とレムに笑いかけた。
「あ〜!ダメ!それもダメ!」
タケルは慌てて手を振りながら制止した。
「も〜タケル、ダメダメばかり!」
「勝手にナビ操作して、他人の車で行かないの!もう、幽霊の倫理観、どうなってるの?」
「では、我輩がその辺の女を誘惑して、連れて行ってもらうか?」
「だー!!なんでそうなるのっ。それもダメ!」
レムは、近くにいる女性に視線を投げる。
その瞬間ーー
その女性は足元から崩れていく。
「……わかった。俺の家の近くまでだな……。そこで大人しくしてろよ」
タケルは、被害が出る前に、自分の傍に二人を置くことを覚悟した。
「ったく……商売できないじゃないか」
ぶつくさ小言を言いながら、二人を連れて駐車場へ向かった。
ユー子は、先ほどの男たちに囲まれたのが、怖かったらしく、幽体のままだ。
赤いスポーツカーの横に立つレムを見て、タケルは毒づきそうになった。
(……ちっ。どんだけ絵になるんだよ)
「ほら、乗って」
レムは助手席に、ユー子は後部座席に乗り込み、タケルの自宅周辺まで、奇怪なドライブになった。
*****
「あ〜やっと着いた〜。疲れたぁ〜!」
自宅の駐車場に車を停めると、タケルは大きく伸びをした。
道中、レムが無駄に色気を振り撒くせいで、周囲の車や自転車が事故を起こしかけた。
さらに、ユー子が後部座席から後ろをじぃっと見つめるものだから、“視えちゃう”運転手が慌ててブレーキを踏むなど、終始ハラハラするドライブとなった。
(疲労感が半端ねぇ〜)
「ここがタケルの家なのか?小さいな……ドールハウスみたいじゃないか」
「……日本のごく、一般的なサイズだ。アメリカと比べんな」
「わ〜本当だ〜、入れないよ〜」
ユー子は、扉を開けようとしたが、開かない。
「……まだ鍵かかってるからな。普通に入れないよ」
「そっかぁ……」
ユー子は、タケルが扉を開けるのをじっと待つ。
扉が開いた瞬間。
ユー子が、そっと指を差し入れる。
ぱちっ。
小さな音を立てて、指先が弾かれた。
「これが結界……」
ユー子は、弾かれた指先を見つめる。
「どれ、我輩も試してみよう」
レムも、扉の中へ手を差し入れる。
ばちばちっ!!
先程よりも大きな音が弾け、レムの手が勢いよく弾かれた。
「ほらな?入れないんだから、その辺うろついてろ。近所の人に迷惑かけんなよ!じゃあな」
タケルは、するりと家の中に入ろうとすると、レムは、にやりと笑う。
「結界おもしろい!やるじゃないか!では、少し力を込めて……」
レムは、おもむろに腕まで扉の中に突っ込むと、ぐっと拳を作る。
次の瞬間ーー
ぴしゃん!!
雷がなったかのような、音が響き渡ると、近隣の電気が一斉に消える。
ぱりーん!
何かが割れる音がする。
「うそだろ!!結界が壊れた!!なんなの?なんなの?この結界はるのに、どんだけ時間かけたと思ってんの?」
タケルは涙目になりながら、崩れ落ちる。
「どうだ!絶望したか?」
「それが、ここまで運んできてくれた人へのやり方かー!!」
タケルが、レムに詰め寄っても、レムはどこ吹く風か、タケルの家に上がり込む。
「あっこら、靴脱げ!」
「お邪魔しま〜す」
ユー子も靴を揃えて、上がり込む。
「……もう、やだ……」
タケルが二人に続いて家に入ると、停電していた光が戻る。
リビングでは、レムが勝手にソファーでくつろいでいる。
ユー子は、部屋の隅っこにしゃがみ込む。
この隅っこが落ち着く……。
ユー子は、ほっと一息つきながら、タケルを見上げると、タケルは大きくため息をついた。
「……家主より先にくつろぐなよ」
どさりとソファに座ると、天井を見上げる。
「……狭い」
レムは、隣に座ったタケルに文句を言う。
「お前がデカいんだよ。小さくなればいいだろ」
タケルは天井を見上げながら、つぶやくとレムは「なるほど」とつぶやいた。
ユー子が瞬きをする、その間に。
レムは、すっと少年の姿へ変わっていた。
「レムすごい!」
ユー子は目を輝かせて、レムの傍に近寄る。
「……おれはもう、驚かないぞー。結界壊されたし、美少年になっても、美猫になっても」
「猫の方が良かったか?」
レムは、真面目な顔でタケルを見ると、瞬間、きれいな黒猫に化ける。
「猫ちゃん!!」
ユー子は、レムに飛びつくと、ぎゅーっと抱きしめる。
「ぐぇ〜っ。ユー子!さすがに苦しい!力を緩めてくれ!」
「ごめん!レム。いつも猫に逃げられるから、嬉しくて……」
「俺、猫アレルギーなんだけど……」
タケルは、自分が言ったにも関わらず、猫に変化したレムを、警戒するように距離を置く。
「あれ?大丈夫そうだな。いつもなら直ぐに反応すんだけど……はっ!!」
タケルは、目を輝かせるとユー子から黒猫になったレムを奪う。
「猫ちゃん!!」
レム(黒猫)の背に顔を埋めて、思いっきり息を吸う。
「これがやりたかった!!」
「あ〜タケルずるい!ユー子も猫吸いやりたい!」
ユー子も負けじと、レム(黒猫)の腹に顔を埋めて息を吸う。
「……我輩を誰だと思っている」
「「かわいい猫ちゃん」」
レムは、くたりと身体の力を抜く。
「ゆっくり堪能するが良い。この魅力も悪魔の力だ」
レムは、ごろごろと喉を鳴らした。
「うんうん!猫は悪魔的な魅力あるよね!そうだ!写真とっていい?猫の写真、ハートつきやすい!」
ユー子は、スマホをとりだすと、レムの撮影をする。
「撮った写真、我輩にも送ってくれ。猫の時だけ自撮りが出来なくて、コレクションにないんだ」
「分かったー!!」
ユー子の隣では、タケルも一緒になって写真を撮る。
「こんなに近くで猫の写真が撮れるなんて……。結界なんて、もう一度作ればいい。それよりも猫!猫!美猫!」
「ふっ……タケルには、美少年や美女より猫か……。覚えたぞ……」
レムの赤い瞳が、妖しく光る。
タケルの腰のチェーンに付いているクリスタルが細かく振動して警告をする。
レムの呟きも、クリスタルの変化にも、夢中で撮影を続けるユー子とタケルには届かなかった。
猫は悪魔的な可愛さがあります。
どうしても説明役やツッコミ役になるので、タケルが主人公っぽくなっていますが、一応ユー子が主人公です。
……たぶん。
ダブル主人公ってことでお願いします。




