昭和幽霊は、海外悪魔を迎えにいく
霊力高めの昭和幽霊、ユー子は、霊能者のタケルと共に成田空港へ降り立った。
「ドライブデートって、助手席で爆睡するもんだっけ?」
タケルが、呆れたようにぼやく。
金髪。
胸元の大きく開いたド派手なシャツ。
黒革のパンツには、チェーンに繋がれたクリスタルが揺れている。
どう見ても怪しい。
だが、先ほどまで身につけていた金のアクセサリーは外され、代わりに天然石のネックレスとブレスレットへ変わっていた。
はっきり言って、ダサい。
昭和生まれのユー子でも分かる。
まだ金のアクセサリーの方が、とこぞのホストのようで、まだマシだった。だけど、今はなんだか……うん。やっぱりダサい。
よく見ると、天然石やクリスタルには、霊力が込められている。
タケルの隣を歩きたくないのは、ダサいだけではないようだ。
ダサいけど、なんか……カッコよく見えるのは、タケルの素材の良さだろう。
「車に乗ると、眠くなるの……」
「幽霊になっても眠くなるもんなの?」
「さぁ……?ただの習慣じゃないかな?」
ユー子は、首を傾げながら、じっとタケルを見つめる。
「そんなに、俺を見つめて……なに?」
「いや……タケルってイケメンだなぁって」
服装は残念だが、眉の形も、筋の通った鼻も、少し垂れた目元も、いわゆるイケメンの部類だろう。
「だろ?誰も俺の魅力に気付いていないけど、俺は“イケメン”なんだよ」
両手の親指を自身の胸につけて、ドヤ顔をする。
「彼女いないの?」
「ぐはっ……クリティカルヒット……」
ユー子の純粋な質問に、タケルは大袈裟なリアクションで胸を抑える。
「彼女……。俺のそばにいると、怖い思いをするから……とか、幽霊の方が好きなんでしょとか……挙げ句の果てに、ダサいと言われ……」
タケルはくらりと足をもつれされる。
「もう……そこは、触れないで……」
「振られるんだ」
「ぐあっ……。ユー子、俺を殺す気か……。ここまで連れて来てあげたのに……」
「ふふ……」
ユー子は、少し楽しそうに笑う。
「死んだら、友達になってあげる」
「あのねぇ……」
タケルは呆れたように笑った。
「お友達には、傷つくこと言っちゃダメなの」
そう言って、そっとユー子の頬へ触れる。
「それに、もう友達でしょ?」
ユー子は、ぱちぱちと目を瞬かせると、ぱぁっと顔を輝かせた。
「うん! 友達!!」
嬉しそうに、その場で高速でくるくると回り始める。
(ちょいちょい人間離れした動きするんだよな……この霊)
タケルは、回転するユー子を眺めながら思う。
(今まで会ったことないタイプだ……)
短くため息をつくと、スマホの時刻を確認する。
「さて、ユー子。海外の友達は、もう着いたかな?」
「あっ……メッセージ来てた!」
――――
【demon since666】
yuu ko、日本に着いたぞ!
――――
空港の窓から見える飛行機の写真とともにメッセージが入っていた。
タケルがユー子のスマホ画面を覗くと、意外にも近くにいるらしい。
「ぎゃぁああ……。ボクのくまちゃん、歩いてどっかいっちゃったぁ〜!!」
しくしくと泣く子どもを、父親が優しくなだめる。
「くまちゃん……歩いて行っちゃったかぁ」
父親は子どもを抱き上げ、周囲を見回した。
「きっと、くまちゃんも、日本が楽しみだったんだね。一緒に探してみようか?」
「あっちは、どうかな?」
遠ざかっていく親子の背中を見つめながら、ユー子はぽつりと思う。
――いいなぁ。
その時だった。
柱の影から、くまのぬいぐるみがひょこっと顔を出す。
てちてち……。
小さな足で歩きながら、こちらへ近づいてくる。
その手には、スマホ。
『よっ! お前、yuu koか?』
くまのぬいぐるみが、小さな手をぶんぶん振る。
「もしかして、レム?」
『あぁ! 見ての通り、レム様だぞっ!』
「……見ての通りって、ぬいぐるみじゃないか……。しかし、中にとんでもないのが入ってるな?」
タケルは顎へ手を添え、じっとぬいぐるみを見つめた。
その瞬間。
ぬいぐるみの赤い目が、ぎらりと光る。
『むむ……誰だコイツ』
レムは、タケルをじっと見上げた。
『お前も、後ろにとんでもない守護がいるなっ』
「ほぅ……分かるのか」
タケルは、少しだけ目を細めた。
「しかし、なんで日本語? ユー子、海外の友達じゃなかったのか?」
『ふん! 我輩にかかれば、言語の壁なぞ存在せぬよ!』
レムは、えっへんと胸を張る。
……ぬいぐるみなので、あまり迫力はない。
「レム、かわいい!」
ユー子が、ぱっと顔を輝かせた。
「ぬいぐるみだから、ちっとも怖くない!」
きゃっきゃと笑いながら、その場で高速反復横跳びを始める。
ぬいぐるみが、ぷるぷると震える。
『我輩は恐ろしいんだぞっ……! えぇい!!』
くまのぬいぐるみの目が、妖しく光った。
次の瞬間――
くてっ、とぬいぐるみが床へ倒れ込む。
そして……。
ユー子の目の前に、すらりとした長身の男が現れた。
艶のある漆黒の髪。
キレのある眉。
どこか冷たさを感じさせる赤い瞳。
鼻筋はすっと通り、薄い唇には妖艶な笑みが浮かんでいる。
全身黒のスーツ姿だというのに、不思議と重たさはない。
洗練された仕立てと、長い脚のラインが、その存在感を際立たせていた。
少し尖った耳には、シルバーのピアス。
指先にも、センスよくシルバーリングが並んでいる。
「ぐはっ……」
ユー子は、目を見開いたまま固まった。
あまりの美貌に、脳の処理が追いつかない。
そして……直立不動のまま
ばたん!!
と、後ろへ倒れ込んだ。
「ふふふ……我輩は“こわい”だろ?」
レム(人間ver)は、低く重い声がユー子の耳に響く。
ユー子は、倒れたまま動かない……。
「付き合ってられるか……ぬいぐるみから出たら、超絶イケメンだなんて反則だろっ。しかもファションセンスも良いし、俺よりも背が高いなんて……くすんっ」
タケルは、床へ落ちていたくまのぬいぐるみを拾い上げた。
「……ちぇっ。負けだ負けだ!」
そう呟きながら、ぬいぐるみを軽く叩く。
ぱん、ぱん。
埃と一緒に、ぬいぐるみに残っていた邪な気配が静かに祓われていく。
「さて……先ほどの親子は……」
タケルがきょろきょろと周囲を見回した、その時。
「くまちゃん!」
泣いていた子どもが、こちらへ向かって指を差した。
「つかまえたよ。はい、どうぞ」
タケルはしゃがみ込み、ぬいぐるみを差し出す。
「おじちゃん、ありがとう!!」
(おじちゃん……)
タケルの笑顔が、一瞬だけ引きつった。
(お兄さんだろ……。でも三十路は、おじさん……なのか?)
内心ダメージを受けながらも、タケルはいつものように“演技モード”へ切り替える。
にかっと派手に笑った。
「どういたしまして!」
親子に笑顔で手を振り見送ると、タケルは振り返って、ユー子とレムを見る。
そこには、眠りから覚めた美女を、美しき悪魔が手をとって起こす、ファンタジーな世界が広がっていた。
(……気のせいかな、背後に薔薇が見える。エフェクトってやつか?乙女ゲームのスチルか……)
「ユー子は、本当に幽霊なんだな」
「レムは、本当に悪魔なのね」
見つめ合う二人……。
(……これ、いつまで続くのかな……)
タケルは、半ば諦めたように二人を傍観していた。
「幽霊……ユー子は、実体がない……そうかな?」
突然、レムが静かに口を開き、タケルを見据えた。
タケルは、半目になっていた目をぱちりと見開いた。
「あぁ……」
少し考え込むように、頭を掻く。
「ところで……悪魔って、実体あるのか?」
タケルは腕を組むと、首を傾げた。
「俺には、生きてる人間も幽霊も、ほとんど同じに見えるから……正直、いまいち分かんないんだよね」
「実体……とは少し違うが」
レムが、ふっと目を細める。
「我輩の力を使えば、誰にでも見えるようになる。触れることも出来るさ」
そう言って、レムはゆっくりタケルへ歩み寄った。
すらりとした黒い影が、タケルの目の前で止まる。
顎をくいっと持ち上げられ、タケルは反射的に目を瞬かせた。
近い。
息がかかるほど近い距離で、赤い瞳がタケルを覗き込む。
瞬間――
ばちりっ!!
静電気のような音が響いた。
レムの手が、弾かれるように離れる。
「おっと……」
レムは口元を歪めた。
「くくっ……守護者を怒らせたようだ」
タケルは、レムの赤い瞳を見つめたまま、一瞬だけ思考が停止する。
(なに今の……。乙女ゲームかと思ったら、BL展開なの?)
タケルの心は激しく動揺していた。
「まぁ、生きている人間に限りなく近く、“存在”を出すことが出来るのさ」
レムは、ふっと笑いながら腰へ手を当てると、挑戦的な視線をタケルへ向けた。
その瞬間ーー
タケルの腰元に下げられていたクリスタルが、かたかたと細かく振動する。
それは、警告するかのように。
(……危険だ)
タケルの背中を、冷たい汗が流れる。
(こいつが本気を出したら、どうなる?……っていうか、専門外すぎるよ〜〜)
「レムずるい〜!!こわーい!!私もみんなに見られた〜い!!」
正気を取り戻したユー子が、二人の間へ割って入ろうと、ぴょこぴょこと跳ね始めた。
「我輩は悪魔だからなっ。これくらいおちゃのこさいさいなんだっ!」
(お茶の子さいさい……どんな翻訳機能してんの?)
タケルの心のツッコミが止まらない。
「だから、こんな事も出来るんだぞ」
レムは、ユー子の額へ、ゆっくりと、そして優しく口付けをした。
すると、赤黒い靄が、ふわりとユー子を包み込む。
冷たいような。
熱いような。
不思議な感覚が、ユー子の身体を通り抜けた。
そして――
ユー子は、今……。
誰にでも認識される、“存在”となった。
タケルの思考は忙しい。
ユー子はイケメン態勢ゼロ




