昭和幽霊は、霊能者になつく
目立たない昭和幽霊のユー子は、現場監督の車の中で震えていた。
陽キャ怖い。
あいつ、ウインクした。
チャラい。
そして、ダサい。
令和の陰陽師もどき、タケルは、ジャラジャラとアクセサリーの音を立てて、ユー子の近くまで寄ってきた。
金髪。
長身。
胸元が大きく開いた、ド派手なシャツ。
さぞかし香水の匂いがするのだろうと、思ったが意外にも品のいい線香の香りがする。
「お姉さん!こんにちわ!可愛いねっ」
チャラい感じに声をかけられた、ユー子は固まる。
「タケルさん、誰と話してるんですか?」
「えっ……この人、監督の娘さんじゃないんですか?」
「……車の中には、誰も乗ってませんが……」
青ざめる現場監督を振り返り見ると、タケルは首を傾げる。
「あぁ……じゃあ、生きていない人か。はっきり見えすぎて、幽霊と人の区別がいまいちつかないんだよね〜」
「ひぇっ。車の中にずっと居たんですか?」
現場監督は、腕を摩りながらタケルと車を交互に見る。
「お姉さん、ずっとここにいたの?」
先程の変わって、穏やかで優しい声色に、ユー子は戸惑う。
「見えてるの?無視しないでいてくれるの?」
「あぁ、大丈夫だよ。外に出れる?」
チャラくない、優しい問いかけにユー子は、頷いて外に出る。
「私の居場所、壊れるところ、面白そうだから見てた」
「そうなんだ……工事を反対している訳じゃないんだね」
タケルの声は優しい。
「うん。面白い機械があって、手伝いたいの」
「そうなんだ……。じゃあ、見ててもいいから、何もせずに見守ること出来る?」
「……うん」
ユー子が頷くと、タケルは微笑む。
「監督、工事再開して大丈夫ですよ。なにもしないって約束してくれました。ただ面白がってただけみたいです」
「……それは、本当なのか?そこにいるのか?」
「はい。あと、幽霊がいるのは、そっちじゃなくて、こっちです」
タケルは、ユー子をちらりと見た。
「……わっ分かった!よし、工事再開だ!」
「はい!」
現場監督の呼びかけで、工事が再開する。
次々に取り壊されていく、廃屋をユー子は、ただ大人しく見つめていた。
「ねぇ……ずっとここに住んでいたの?」
「わかんない。だけど、ここが一番落ち着くの」
タケルの呼びかけに、ユー子は静かに答えた。
「ずっと、ここに居るつもり?上にあがる手伝い……しようか?」
タケルは、やっぱり優しい。
チャラくて、ダサいけど。
たぶん、本当のタケルは優しいんだろう。
強制的にあげることも出来るはず。
ユー子の意思を尊重してくれる。
「……まだだめ。レムが日本にくるの。案内してあげたいんだ」
「レム?」
ユー子はスマホをそっと取り出すと、タケルにこれまでのSNSのやり取りを見せた。
「あっ……【yuu ko】。そうか、君が【yuu ko】か」
タケルは、少し驚いたように目を丸くする。
「ほら、これ。【令和の陰陽師もどき】って、俺のアカウント」
「あっ、トンネルの時にコメントくれた人!」
「そうそう。おじさん元気だった?」
タケルは、そこで少しだけ言葉を止めた。
「……いや、幽霊に“元気”もないか」
「……うん。奥さんに会いたがってた」
「そっか……」
タケルは、ゆっくり目を細める。
「あのおじさんも、あのままか……」
その表情は、少しだけ切なそうだった。
がしゃん。
がしゃん。
工事の音が鳴り響く。
タケルは、ずっとユー子の隣で、廃屋が壊れていく様子を見守ってくれていた。
ユー子は、その光景をスマホで次々と写真に収めていく。
「……本当に使いこなしてるんだな」
タケルは、ユー子を横目に呟く。
「それ、どうやって使ってるの? 使い方も、どうやって覚えたの?」
「起動とネットは霊力だよっ」
ユー子は、どや顔でスマホを掲げる。
「使い方はね、使ってる人の背後に張り付いて、ずーっと見てたら理解した!」
「うへぇ……。通信量タダ、充電いらず! そんなことできんの?」
タケルは、感心したように眉を上げる。
「ってか、背後に張り付くって普通にホラーじゃん」
「えっ」
タケルは、くくっと笑った。
その時だった。
スマホ画面に通知が表示される。
――――
【demon since666】
yuu ko、なんとか日本行きの飛行機に乗れたよ。
あと三時間くらいで成田に着く!
会えるのを楽しみにしているよ!
――――
「あっ、レムからメッセージ届いた! 三時間後に成田に着くって!」
ユー子は、嬉しそうにスマホを握りしめ、タケルへ見せる。
「そういえば、レムって誰? 友達?」
「うん! SNSで意気投合してね。悪魔なんだって!」
「……悪魔は専門外なんだけど……」
タケルは、なんとも言えない顔をした。
「ね、成田って遠い? どうやって行こうかな」
ユー子は、きょろきょろと辺りを見回す。
「その辺の車に乗って、ナビ操作して連れて行ってもらおうかなぁ〜」
「いや、ちょちょちょ待て!」
タケルが慌てて止めに入る。
「何、勝手に車操作しようとしてんの!? 危ないでしょ!」
「え〜。私が運転するわけじゃないし。成田まで連れてってくれれば、何もしないよ〜」
「ナビ無視されたらどうすんのさ」
「ん〜……」
ユー子は、少し考えてから、にこっと笑った。
「着くまで、車から降りられないようにするだけだよぉ〜」
「やめなさい!」
タケルが即座に注意する。
「成田だったら、俺が連れてってあげるから! 本当にやめて! 俺の仕事増えるから!」
「タケル、連れて行ってくれるの?」
ぱぁっと、ユー子の顔が明るくなる。
「さすが! 令和の陰陽師もどき!」
「……うん。さすがの使い方、たぶん間違ってるけど、もうそれでいいや……」
タケルは諦めたように肩を落とす。
ユー子は嬉しそうにタケルの手を掴み、目を輝かせた。
その様子に、タケルは小さくため息をつく。
そして、そのまま現場監督へ振り返った。
「監督! 今日は金いらない!」
「えっ!? い、いいのか?」
「ああ。お祓いの必要もないし、このまま工事続けても大丈夫」
タケルは、ちらりとユー子を見る。
「霊も大人しいから、このまま連れてくよ」
タケルは現場監督に軽く手を振ると、ユー子を赤いスポーツカーの助手席へ案内した。
車の中には、タケルと同じ、上品な線香の香りが漂っている。
「さっ、お姉さん。お乗りくださいな」
そう言って、タケルは助手席のドアを開けた。
助手席にエスコートなんてされた記憶はない。
ユー子は、どきどきしながら車へ乗り込む。
ユー子は、人の車に乗る時、助手席には座らなかった。
そこは、ユー子なりの遠慮だ。
いつもは後部座席か、トランクに忍び込んでいたから。
タケルは運転席に乗り込むと、趣味の悪い金のネックレスを外した。
代わりに、天然石で作られたネックレスを首にかける。
ユー子は、その石をじっと見つめた。
「……これ、気になる?」
タケルはネックレスを摘み、ユー子が見やすいように軽く持ち上げる。
「うん。なんか強めの霊力が入ってるね」
「おぉ……そこまで分かるんだ」
タケルは、少し驚いたように目を丸くした。
「生きてたら、霊能者になれたかもな」
「そうなの?」
「あぁ。普通の霊なら、“なんか嫌”くらいしか感じないから」
「ふ〜ん」
タケルは少し考えると、ダッシュボードを開けた。
中から、天然石でできたブレスレットを取り出す。
「じゃあ、これ触ってみて」
「これがなに?」
「そこに、霊力込めてみてよ」
ユー子は、スマホを起動する時みたいに、ブレスレットへ霊力を流し込む。
――次の瞬間。
ばちりっ!
乾いた音が響いた。
天然石が一斉にひび割れ、ブレスレットはぱらぱらと崩れ落ちる。
「……うわっ」
ユー子が目を丸くする。
タケルは、砕けた石を見つめながら、小さく息を吐いた。
「あ〜……やっぱりか」
その声から、軽い調子が少しだけ消える。
「君、相当霊力強いよ……」
タケルは、ゆっくりユー子を見た。
「悪霊になる前に、上にあがった方がいい」
「悪霊になんかならないもん……」
ユー子は、頬をふくらませながら否定する。
「……そっかぁ」
タケルは、小さく笑った。
「俺も、悪霊になるところは見たくないなぁ」
その声は、冗談みたいに軽いのに、どこか優しかった。
「君の名前、“ユー子”でいいのかな?」
「うん。ユー子。覚えてるの、それだけ」
「そっか」
タケルは、エンジンをかけながら頷く。
「成田までは、ここから三時間くらいかな。ちょうど、お友達が着く頃だね」
「うん!」
「それまでは、俺とドライブデートでもしてよ」
「ドライブデート!!」
ユー子の目が、一気に輝く。
「そ。景色見たり、途中でコンビニ寄ったり、音楽聴いたり……楽しそうだろ?」
「うん! タケルありがとう!」
「俺も、こんな可愛い子とドライブできるの嬉しいよ」
タケルは、そう言って軽くウインクをした。
ユー子は、ぱっと視線を逸らと、下を向いたまま、もじもじし始めた。
「じゃあ、出発しまーす」
「わーい!」
嬉しそうにはしゃぐユー子を見て、タケルは静かに笑った。
こんなに素直な霊は、見たことがない。
満たされない。
見てもらえない。
ずっと寂しかった霊なのだろう。
それは、生前からなのか。
(海外から来る“悪魔”か……)
タケルは、ハンドルを握る手に少し力を込める。
(果たして本物なのか。
……二人が出会ったら、どうなる?)
見極めなければならない。
タケルは静かに車を発進させた。
ユー子は、とっても美人さんです。
ただ、本人にその自覚はありません。
そしてタケルは、“なんちゃってチャラ男”です。
お祓いの料金を踏み倒されたり、舐められたりしないように、わざと派手な格好と大げさなリアクションをしています。
生きている人には、厳しいかもしれません。
実際には、常識人で思いやりのある子です。
ちゃんとお祓いも出来ますが、優しいので説得してなんとかなるなら、説得を試みます。




