こんにちは、赤ちゃん
タケルは祈るような想いで、命懸けでいきむナオを見つめた。
顔いっぱいに力を込め、歯を食いしばる姿に、タケルの拳にも力が入る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ナオちゃん、水飲む?」
タケルは、ペットボトルに差し込んだストローをナオの口元に寄せた。
「はぁ……ありがと」
ナオは一口だけ飲むと、小さく息を吐き、力なく微笑んだ。
「くぅ!」
再び、陣痛の波がナオを襲う。
「赤ちゃん、頭出てきてるよー。お母さん、頑張って〜」
助産師の声が、分娩室に響く。
「ナオちゃん!頑張って!」
タケルはナオの手を握ると、神に祈るように目を閉じる。
「くっ……あぁぁぁぁぁ!!!」
ナオの叫び声が分娩室に響き渡る。
「赤ちゃん、出てきたよ!!」
助産師は、しっかりと赤ちゃんを受け止めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
分娩室は、ナオの荒い呼吸だけが、妙に大きく聴こえた。
「……赤ちゃん、泣いて……ない……」
「………」
ナオは、視線を彷徨わせ、赤ちゃんの姿を探す。タケルは何も言えないでいた。
分娩室は静まり返っていた。
助産師は真剣な顔で、赤ちゃんを見つめ、看護師は慌ただしく動き出す。
「……赤ちゃん……」
タケルはナオの手を握ったまま、助産師の腕の中にいる、赤ちゃんを見つめる。
しかし、タケルの立ち位置からは、赤ちゃんの顔は見えない。
「………」
繋がれた二人の手は、わずかに震え、力が入る。
タケルは、滲む視界で赤ちゃんを見つめるしか出来なかった。
その時ーー
ユー子が助産師の背後に回る。
そして、赤ちゃんをじっと見つめた。
その表情は、真剣だった。
「……ユー子、守ってくれ……」
ユー子は、変わらず真剣な眼差しで、赤ちゃんの顔を覗き込む。
助産師は赤ちゃんの背中をさする。
ユー子は静かに赤ちゃんを見つめた。
『……べろべろぉぉ〜……ばぁ!!』
ユー子は、突然、顔をゆがませて変顔を披露した。
「………ふぎゃー!!ふぎゃぁぁ!!」
「ぶほっ」
赤ちゃんの元気な泣き声とタケルの吹き出した声が重なる。
「た、タケルさん?」
吹き出したタケルに、ナオが目を丸くして見つめた。
「ユ、ユー子が……」
他の女の名前を出したことで、看護師から冷たい視線を一身に受ける。
「いや……そのぉ」
しどろもどろに視線を彷徨わせると、ユー子はタケルを見て大笑いしている。
「ユー子が、変顔して赤ちゃんを泣かせたんだ……」
タケルは、こっそり、ナオにだけ聞こえる声でつぶやくと、涙を拭う。
「えっ?ユー子が?」
ナオは、きょろきょろと、ユー子を探したが、その姿は見えなかった。
「お母さん、赤ちゃん、抱っこしましょう」
助産師は、ナオにそっと赤ちゃんを渡した。
「元気な男の子ですよ」
ナオは、赤ちゃんを抱えて顔を覗き込む。
目鼻立ちがはっきりとした顔は、イケメンになるに違いない。そう確信した。
ナオはお産の痛みも疲れも全て吹き飛んだ。
「こんにちは。赤ちゃん」
「ナオちゃん、よく頑張ったね。ありがとう。ありがとう。産まれてきてくれてありがとう」
タケルは赤ちゃんごと、ナオを抱きしめた。
『ふふ、また会ったね』
ユー子は、そっと微笑むと姿を消した。
*****
ナオが病室に戻ると、窓の外にやけに大きなカラスが止まっている。タケルが窓辺に近づくと、一度、嘴を大きく上下させ、飛び立っていった。
「……レム、ありがとう」
「タケルさん、ユー子は?」
ナオの呼びかけに、タケルはゆっくりと振り返った。
「今は居ないよ。多分赤ちゃんのところにいるんじゃないかな」
「……タケルさん、私、ユー子が見えなくなっちゃった?霊能力なくなっちゃったのかな?」
「……うん」
タケルは、ナオの頭をそっと撫でる。
「子どもを産んだら、弱くなることがあるんだ……だけど、ユー子はいつでも傍にいてくれるよ」
「……そっかぁ……会いたかったな……。ねぇ、ユー子、どんな変顔したの?」
「ふふっ……こーんな顔!」
タケルは、目を見開き、鼻の穴を大きく膨らませて両手で頬を潰した。
「ぶはっー!!あははは!やだー!見たかった!」
「だろ?こんな顔されたら、赤ちゃんだってびっくりして泣くよな!」
「元気に育ってくれるといいね。二人で決めた名前で良いよね」
「あぁ。“シン”。俺たちの思いを込めた名前。みんなからも太鼓判が貰えたよ」
タケルとナオは、窓の外の空を見つめた。
*****
シンが産まれてから3ヶ月が経った。
シンは、何もない天井を見つめて、きゃきゃと笑い声を上げている。
「シン、ユー子がそこにいるの?」
きっと変顔をしているはず。
ナオは、ミルクの準備をしながら微笑んだ。
「そういえば、ユー子、レムにどうやって連絡したんだ?悪魔界に行ったとか?」
洗濯物を畳んでいた、タケルはふと思い出して、変顔をしているユー子に問いかけた。
『え?あぁ!レムに助けてって言ったやつ?』
「あぁ、あいつ、いいタイミングで、この家に来てくれたんだ」
『あぁ〜あれね!』
ユー子は思い出したように頷く。
『ふふふ、あれはね……DMだよっ!』
「は?」
『SNSのDM!』
タケル「いや、どうやってDM送るんだよ!」
次回、説明回。
たぶんギャグになる……予感。




