ここに来た理由
少し前から陣痛らしき痛みが始まっていた。
ナオは、猫になったレムとラオレフィムを撫でながら、気を紛らわせていた。
「タケルさん……、破水した」
ナオの呼びかけに、キッチンで洗い物をしていたタケルの手が止まる。
「ナオちゃん!病院に行こう!レム、ラオ、手伝ってくれ!」
「おお!ついに産まれるんだなっ」
「タケル、何をしたらいい?」
目を輝かせてわくわくしているレムとは、対照的にラオレフィムは、タケルに指示を仰ぐ。
「俺は病院に連絡するから、入院バックとタオルを持ってナオちゃんを車に載せてくれ」
「承知した!」
ラオレフィムの素早い動きに、タケルは病院に電話をかけながら感謝した。
ラオレフィムは、荷物をまとめ動線を確保した。レムはナオを軽々と抱き上げると、車に乗り込んだ。
(ありがたい……正直、俺だけだったらパニクってた)
タケルも車に乗り込み、病院へ急ぐ。
ナオの額からは、汗が流れ、陣痛の波が来るたびに呼吸が荒くなる。
「ナオちゃん、もう出発するからね!安心してね!」
「ナオ、呼吸を整えろ……そう……吐いて……吸って……」
慌てるタケルを視線の端で見ながら、ラオレフィムは、ナオの様子を伺っている。
「ラオ兄、すげー。さすが軍神!」
その横でレムが感心したように頷いた。
「レムが産まれる時も、そうだったからな。他の兄妹も親父もパニクって使い物にならなかったぞ」
「……親父もかよっ」
車は、スムーズに動き出した。
病院まであと少しというところで、一台のトラックが横転して道を塞いでいた。
「くっそ!ここでUターンして……」
タケルは盛大に舌打ちをしながら、辺りを見渡す。気が焦っていたタケルは、窓の外の黒い影に気付かなかった。
「……タケル、このまま突っ切れ」
「ナオ、頑張れよ!あとは我が輩に任せろっ!」
二人の言葉がタケルの耳に届いた時には、レムとラオレフィムの姿は、車外にあった。
ラオレフィムは、横転したトラックを軽々と持ち上げ、反対車線に移動させる。
タケルは、目の前の状況に驚きながらもアクセルを踏む。バックミラー越しに見えたレムは、黒い影を押さえつけている。
「……気付かなかった……。一体何が……」
タケルはハンドルを強く握りしめ、病院へ急いだ。
病院に着くと、ナオは診察を受け、分娩室に案内されていく。
「母体も胎児も問題ありません。初産なので、時間がかかります。旦那さまは待合室でお待ち下さい」
看護師の説明に、タケルは大きく息を吐くと待合室のソファーにへなへなと座りこんだ。
「ふぅ〜……良かった……とりあえず……」
タケルは額の汗を拭う。
(ラオとレム、居てくれて本当に良かった)
あの黒い影……あれは……。
「死神だよ」
いつの間にか、ユー子が隣に立っていた。
「ユー子!……死神って……」
「うん……もう喋っていいよって言われたから言うね」
ユー子は、見た事のない真剣な眼差しでタケルを見つめた。
「ナオちゃんは大丈夫だよ。ちゃんと護ってるから……」
「一体、何が起きてる?」
タケルは震える声でユー子の肩を掴もうとしたが、その手は宙を切るだけだった。
「あのね、赤ちゃん、すごく霊能力が強いんだ。ナオちゃんが持っている霊能力も取り込んで成長している。死神にとったら、ポイントが高い魂なんだ」
「……そんな……俺よりも霊能力が強くなるのか?」
タケルは、幼い頃の自分を思い出し青ざめた。
「産まれる前ならね……。今が一番強い」
ユー子はタケルの頬をそっと手を伸ばした。
その手は、触れられることもなく、ただ冷たい風が吹きぬけた。
「産まれたら、私とタケルのお婆ちゃん、あと陰陽師の先生が、その力を抑え込むから安心して。お腹の子の魂も、今世では能力の解放を望んでないんだ」
「……そんなことって……」
「あるんだよ。私、いっぱい勉強したし、陰陽師の先生もすごく強いんだ!タケルのお婆ちゃんにも教えて貰いながらも、ちゃんと守るよ!……ただ、今が一番危険なんだ」
ユー子は、分娩室の扉を見つめる。
「だからね……レムに助けてってお願いしたの」
*****
レムが死神を蹴り飛ばすと、爪を鋭く伸ばす。
「なぜ、お前が人間を守る」
「はっ、ただお前らが嫌いなだけだ」
「……我らが単独行動をすると思ったか」
死神は不敵に笑う。
死神の背後の影がゆらりと揺れると五体の死神が現れた。
「……ちっ」
レムは舌打ちをする。
「レム、俺を忘れるな。死神退治、楽しそうじゃねーか」
ラオレフィムは、好戦的な笑みを浮かべ、指を鳴らす。
「喜べ!」
ラオレフィムは高らかに宣言する。
「悪魔界、第二王子、軍神ラオレフィム。
第三王子、レイルレフィムが相手だ!!」
ラオレフィムの圧に、死神たちは、一歩下がる。
「悪魔界の戦闘狂ツートップと戦う栄誉をありがたく受け取るがよい!」
ラオレフィムは、飛び出し一気に死神たちとの間合いを詰めた。
「ラオ兄、待って〜」
ラオレフィムとレムの戦い方は似ている。
力任せに、俊敏に。
互いの位置を把握しつつ、死神を追い詰めて行く。
一体、また一体と、ラオレフィムの拳を受けて、跡形もなく消滅し、レムの蹴りで三体の死神が消滅した。
残り一体……。
最初からいた奴だった。
「……何故、王族がここに……計画が!私の計画が!!」
死神は、大型を振り回しレムに襲いかかる。
がしっ!!
ラオレフィムは死神を背後から引き倒し、羽交い締めにすると、そのまま首を締め付けた。
「かわいい弟に手を出してんじゃねーよ!」
ラオレフィムの腕に力が入る。
「くはっ」
ばきばきと死神の首が軋む。
死神は、それでも諦めず、手を広げると、銀色の光が渦を巻くように集まり始める。
「……されるかっ!」
ラオレフィムは鋭い牙を、死神の首に喰らいつく。
それでも光は集まり続ける。
レムは、ラオレフィムを巻き込まずに攻撃が出来ないでいた。
「レム!俺ごと攻撃しろ!お前の攻撃くらい、耐えてみせる!」
「わかったよ。ラオ兄……ごめんな」
ラオレフィムの怒号を聞き、レムは躊躇なくヴェルメフィアから貰った呪いの指輪を、死神に向かって、親指で弾いた。
瞬間ーー
死神とラオレフィムは消えていった。
「……よし!」
レムはカラスの姿になると、急いで病院へ飛んで行った。
*****
ヴェルメフィアは指輪の呪いが発動した気配を感じた。
直ぐに転送されてきた死神。
「いらっしゃ〜い」
明るく美しい声が歌うように出迎えた。
「んで?あんたは、レムに何をした?」
ドスのきいた声と、血走った赤い大きな瞳のヴェルメフィアに、死神は光を集めたまま、身を硬くした。
「はっ。こんなチンケな魔法……」
ヴェルメフィアは死神の手ごと光を握り潰す。
ばきばきばきっ!
「うぎゃーー!!」
「わー!!」
ラオは、きょろきょろと辺りを見渡し、死神から離れる。叫び声を聴いて高揚した笑みを浮かべたヴェルメフィアと目が合った。
「ひぇ……」
「……ラオ、お前はなぜここにいる」
「……わかんない」
ラオレフィムは、そう言うと、逃げるように研究室から飛び出した。
「やばいやばい。やっぱりヴィア姉ちゃんが一番やばいっ」
*****
「旦那さん、もうすぐ産まれますよ。立ち会いますか?」
看護師に声をかけられ、タケルは勢い良く立ち上がる。
「タケル、私も傍にいるよ!一緒に赤ちゃん迎えようね」
「あぁ……ユー子、ありがとう」
タケルは分娩室へ向かった。
やっぱり間の悪いラオ兄。
ヴィア姉ちゃんは、魔法の研究していますが、力も悪魔なので普通に強いです。




