ラオレフィム
タケルの前には、短髪黒髪のやたらとガタイのいい男が立っていた。
太い眉に、端正な顔立ちなのに眼光は鋭い。
大きな赤い眼は、どこか既視感があった。
「……誰?」
タケルは、物怖じせずに睨み返した。
「ラオ兄!」
レムは、タケルと並び名前を読んだ。
「レム!お前は、なぜここに入り浸ってる!女か?!」
「違うよ!タケルは男だし、ただ居心地がいいんだよ。飯出てくるし、ネトフリ観れるし!」
「男がいいのか!」
「なんでそうなんだよっ!」
タケルは、思わず突っ込みを入れ、レムと来訪者の顔を見比べた。
赤い眼、この威圧感のあるオーラ。
なるほど、兄弟か……。
タケルには、兄弟がいない。
だからこそ、弟を心配して様子を観にくる姿が新鮮だった。
「レム、お前の兄貴か?」
「おう、ラオ兄だ!」
「……レム、その紹介は雑すぎる……レムの兄、ラオレフィムだ」
ラオレフィムは、タケルに握手を求める。
「……タケルです。レムの……友人です」
タケルは、ラオの握手に応えた。
ラオレフィムは、タケルの『友人』と言った横でレムが眼を輝かせて、にんまりと笑う様子を見た。
(なるほど、居心地がいい……か)
「レムさんのお兄さんですか?どうぞ、お入り下さい」
三人の様子を伺っていたナオが、廊下から顔を出し、タケルのそばに寄るとラオに声をかけた。
「ナオ、ありがと。ラオ兄、上がってよ!」
「だから、なんでお前の家みたいな態度をとってんだよっ!」
タケルの素早い突っ込みに、ラオレフィムは目を丸くして見つめる。
(……なんだ、なんなんだ、この親近感は……)
「ちょうど、飯にするところだったんですけど、お兄さんも召し上がりますか?」
タケルは、ラオレフィムをダイニングテーブルに案内した。
「かたじけない……いただこう」
「ラオ兄、タケルの作った、これ、美味いぞ。あと、タケル、りんごある?兄貴、りんご好きなんだ」
ラオレフィムは、自分の好物をレムが知っていることに、驚いた。
「あー、ナオちゃんの実家から大量に送られてきたりんごがある。食べてくれると助かる。食後に出すよ」
「よろしく〜」
レムが、当たり前のように座った隣にラオレフィムも座った。
「ナポリタンもたくさん作ったから、お兄さんも遠慮なく食べて下さい。レム、お前は遠慮しろよ」
「なんでだ〜。我が輩もいっぱい食べる〜」
食卓を囲みながら、穏やかな時間が流れる。
時折、タケルが「レム、野菜も食え」と言ったり、ラオレフィムのお茶が無くなれば、自然と注ぎ足される。
(い、居心地が良い。しかも、うるさくないし、突っ込みしなくていい……)
「しかし、レムには兄弟がいたんだな」
タケルは、ラオレフィムとレムを交互に見ながら、少し羨ましそうにした。
「ああ!兄ちゃんが二人に、姉ちゃんが二人だぞ!」
「五人兄弟なんですね!私、一人っ子だから羨ましいです」
ナオも、羨ましそうにレムを見た。
「う〜ん……たくさんいても、めんどうなこと
あるけど……まあ、頼りになるなっ」
レムは、眉をひそめたり、笑ったりと表情が忙しい。
「末っ子か……。なんか、納得……」
「どんなお兄さん達なんですか?」
タケルが、レムの性格に納得している横で、ナオはレムに質問した。
「うーん……そうだなー、一番上の兄が、ハランレフィムで、頭が良いぞ。けど、目が悪いな。我が輩がまだ、子どもに見えているらしいし……」
レムは、一人一人思い浮かべながら、兄姉の話を始めた。
長子の兄、ハランレフィムは、頭が良くて、目が悪い。
二子の姉、ヴェルメフィアは、研究熱心だけど、口が悪い。
四子の姉、カミルメフィアは、心の掌握は得意だけど、耳が悪い。
その横で、ラオレフィムは笑いながら聞いていた。
「んで、ラオ兄。ラオレフィムは、三子の兄ちゃんで、すごく強いんだ!我が輩、プロレスで勝ったことない!ラオ兄に闘い方を教えてもらったから、死神にも勝てたんだ!」
レムの紹介に、ラオレフィムは目頭を抑える。
「ただ……ラオ兄は、いつも間が悪いなっ」
ざっとこんな感じだ!と褒めているのか、そうでないのか、レムの雑な兄姉紹介は終わった。
ラオレフィムは、内心驚いていた。
あんなに小さくて、何も出来なかった弟が、兄姉たちの事をよく見ていること、空気をよく読んでいることも、意外だった。
(そりゃ外交も上手くいくな。俺たちの中で癖がないのは、レムかも知れない……)
「兄姉がたくさんいるの、憧れてたけど、それはそれで大変なんだな」
「おう!そうだぞ!姉ちゃん達なんか、ベタベタしてくるし、兄ちゃんは、赤ちゃん扱いしてくるし、大変なんだぞっ!ラオ兄だって、我が輩が泣くまで、ボコボコにしてくるからなっ」
「……大変だな……」
タケルは、初めてレムに同情した。
「お前は、まだ可愛がられているからいいさ。俺なんて面倒ごとばかり押し付けられて、暴動一人で制圧しても誰も褒めてくれないぞ……」
ラオレフィムは、つい本音が溢れてしまった。
「お兄さん……中間子も大変ですね……」
ナオは、ラオレフィムに同情の目を向ける。
「おぉ!分かって下さいますか!大変ですよ!弟は可愛い!けど、損な役回りなんですよ!」
いつの間にか、食べ終わった食器が片付けられ、食べやすくカットされたりんごが置かれている。
(……いい!ここ、居心地が良い!!)
「なんか、感動してるとこ悪いんだけどさ、玄関のチェーン壊したよな。もちろん、弁償してくれるだろ?」
タケルは、ラオレフィムを真っ直ぐ見つめた。
「………あっ」
ラオレフィムは、目を逸らした。
「ほら、間が悪いだろ?……ラオ兄、俺、日本円持ってるから立て替えとくよ」
「……俺?」
タケルは、レムの一人称が“俺”になってることに、めざとく気付いた。
「あっ、間違えた!我が輩!」
「はは、兄貴が来たから素に戻ったんだな」
(……レム、やっぱり可愛い!)
「ラオ兄、まだいんの?ってか、何しにきたの?」
急に突き放されて、ラオレフィムは少しだけ悲しそうな顔をする。
「いやぁ……レムの動向調査から一箇所に留まっているから、様子を見てこいってハラン兄に言われてな」
「……動向調査?」
タケルは、不穏な言葉に反応した。
「あぁ……カミル姉ちゃんか……」
「は?お前、動向調査って名の監視じゃないか?いい大人なのに……こわっ」
「だろ〜?まあ、でも慣れた。そばにいなければ、自由に動けるし……」
「えっ。なんで慣れてんの?……こわっ」
ラオレフィムは、自分以外の人が突っ込みを入れているのを初めて見た。
「だよな、だよな!そう思うよな!レムもなんで受け入れてんだよ!」
ラオレフィムは、タケルに賛同する。
「あ〜……タケル、誰かに似てるって思ってたけど、ラオ兄か〜。ラオ兄もいつも突っ込み入れて、無視されてたもんな〜」
「「………」」
タケルとラオレフィムは、無言で顔を見合わせると、勢いよく手を組む。
「お兄さん、苦労してんな」
「おぉ!タケル!分かってくれるか!俺のことは、ラオと呼んでくれ!」
「え〜なんで、ラオ兄とタケル、仲良くなってんの〜」
「ふふふ……いいですね。兄弟って。賑やかで」
ナオは、穏やかに笑った。
「あぁ!面倒なことあるけど、楽しいぞ!だから、ナオ、いっぱい子ども産め!」
ぱちこーん!
どこからか出してきた、ハリセンでタケルはレムの尻を叩く。
「なんだ!なんで叩かれる!」
「まだ産まれてないのに、デリカシーない事いうなっ!」
「まあ、まあ、タケルさん。良いじゃないですか。兄弟いると賑やかで楽しそう」
「……ナオちゃん……。俺、頑張って働くね……」
「……んで、ラオ兄、なんでカミル姉の動向調査ごときでここに来たの?」
見つめ合うタケルとナオを横目に、レムは空気をあえて読まずに、ラオレフィムに向き直った。
幼さを残した表情がすっと消え、静かな表情に切り替わる。少しだけ低くなったレムの声色に、ラオレフィムも鋭い目つきに切り替わる。
張り詰めた空気を察した、ナオとタケルはキッチンに移動し、コーヒーを入れ始めた。
「レム、お前、王族を抜けようとした事があるのは本当か?」
「……昔の話だよ」
レムは、これ以上は、話さないと目を逸らした。
「レム……何があった」
ラオレフィムは、さらに追及する。
「……愛した魂がいたんだ。楽しかった。愛おしかった。王族を抜けて、天界でも、霊界でもどこでもいいから、二人だけで過ごそうと考えてた。……だけど、死神に狩られた」
ただそれだけのことさ……と、レムは天井を見つめた。
「……そうか、それで死神千体討伐か……」
「まあね〜……」
「では、今回は魂に入れ込んで、王族を抜けようとしている訳ではないんだな?」
「ふんっ!あの感情は、もう二度と味わえないからなっ!……タケル!甘いもの!甘いもの食べたい!」
キッチンで見守っていた、タケルとナオは、何も言わずに、静かにコーヒーとクッキーをテーブルに置いた。
レムはむしゃむしゃとクッキーを頬張る。
ラオレフィムも、静かにコーヒーを飲んだ。
「じゃあ、ラオ兄、帰りなよ」
「……何故だ。来たばかりだぞ」
居心地の良さを知ってしまったラオレフィムは、城に戻れば、兄妹とのやり取りや、仕事が残っている。少しでも時間稼ぎをしたい。
どうせ、数日居ても、向こうでは数時間だ。
(……少しくらい良いだろう)
すっかり帰る気が失せていた。
「は?……いやいや、帰れよ。でかい男二人いたら、邪魔だよ」
ほっこりした空気に、タケルは間髪入れずに切り裂いた。
「猫になればいいだろっ!」
レムは黒猫に変化する。
「……猫になればいいのか?」
ラオレフィムは真剣な眼差しでタケルを見つめると、くるりと身を翻す。
そこには、メインクーンのようなもふもふの黒猫が座っている。
「……!!もふもふ!レムよりもふもふ!」
「ライオンみたい!もふもふ!」
タケルとナオの目の色が変わる。
「ふぎゃー!!」
ラオレフィムは、タケルとナオに抱き止められ、胸毛と後頭部に顔を埋められ、思いっきり息を吸われる。
「な、な。なんで〜。なんか減る〜」
レムは、じたばたともがくラオレフィムを見つめて、かっかっかっと笑う。
「猫になると、こいつら豹変するからなっ。それさえ、我慢すればここにいられるぞっ」
ラオレフィムは諦めたように、くたっと力を抜いた。
レムは兄を差し出して、もふもふ回避。
やっぱり間が悪い




