心配
「ラオ、ちょっと人間界にレムの様子を見に行ってくれないか?」
ラオレフィムは、ハランレフィムの執務に呼ばれ、開口一番に言われた。
「は?」
ハランレフィムの“〜してくれないか?”は、“やれ!”と同意語だ。
「カミルに迫られてね」
ハランレフィムは、組んだ手を口元に当てながら、真っ直ぐにラオレフィムを見つめた。
「レムが特定の家に入り浸っているらしんだ。SNSってやつと、スマホの位置情報を見て気付いたらしい」
「……別に、あいつも成人してるし、俺があいつを鍛えたんだ。危険なもんか。たかが人間界の家だろ?」
ラオレフィムは、半目になる。
「……だって、レムは、か弱い小さな弟じゃないか。心配するよ」
「………。俺、中級悪魔たちの集団暴動、一人で制圧しに行ったけど?」
「お前は心配ないだろ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、心配の欠片もない。“強いから信頼している”……というより、“興味がない”というニュアンスの方が強く、ラオは心の中で泣きたくなった。
「レムは、が弱くて、優しい子だ。人間界の女の魂に入れ込んで、王族を抜けようとしてるんじゃないかと、カミルから相談されたことがあったんだ……」
ハランレフィムは、大きく息を吐いた。
その目は、喪失する不安の影が落ちていた。
「まさか!そんな事、考えられない!今もレムは帰ってきてるじゃないか!」
「あぁ……。その時の動きは、仕事もせずに、一ヶ所に留まっていたと、カミラの動向調査で分かっている。だが、ある日を境にまた、ふらふらと移動して仕事を再開したんだ。……そして今、その状況に似ている」
「それで、様子を見てこいと?」
「あぁ、行ってきてくれるか?」
ハランレフィムは、縋るような眼差しでラオレフィムを見つめた。
「分かった……俺が見定めてくる!」
ラオレフィムは、拳に力を込めた。
*****
「お前は、なんで此処で寛いでいる……」
タケルは、ソファーで大の字で眠るレムの後ろ足を、ちょいちょいと突っついた。
「うにゃ?おぉ!タケル!おかえり!腹減った!」
「……何がお帰りだよ!どうやって入った!」
タケルの声に、レムは悪びれることなく「玄関からちゃんと入ったぞ」と毛繕いをしながら答えた。
「つーか、お前、そこどけ!ナオちゃんが座れないだろ!」
「ん?おぉ!腹の子が育ってる!ここは時間が早いな。瞬きする時間で育つ。まあ、座れ!」
レムは、ソファーの端に移動すると、前脚でぽんぽんと叩いた。
「なんで、お前の家みたいな態度なんだよ!」
タケルはレムの首根っこを掴むと、ぽいっとカーペットに投げた。
「うなー!!成猫の首根っこ掴んで投げるなんて虐待だー!」
「お前は、猫のふりした悪魔だろ!」
くわっとタケルはレムの頭を掴む。
「ふふ……あははは」
ナオの笑い声に、タケルとレムは振り返った。
「ナ、ナオちゃん?」
「ふふふ……ごめんなさい……この賑やかさ、久しぶりで……あははは」
タケルは笑っているナオを見て、肩の力が抜けた。タケルはナオがずっと、心配だった。
産まれてくる子も、無事に産まれるか不安だった。霊能力は自分のことも、身内も、“認めたくない”気持ちが入り、うまく視えない。だから、怖かった……失う事が。
お腹の子には、ユー子が守護霊についている。
それに、祖母まで子の守護霊になってついている事にも気付いていた。
二人の存在が、タケルの心を救っていた。
それでも不安はあった。
よくない影が見えているからだ。
過剰に過保護になっている自覚はあった。
そのせいで、ナオが呆れているのも分かっていた。
正直、ここでレムに会えたことは、タケルに安心感を与えた。
「はぁ……んで、なんでお前はここにいるんだ?」
「むむ……ここ、落ち着くんだよ」
レムは眉間に皺を寄せながら、少しだけ考えてから答えた。
「は?」
「ちょっと城に戻ったんだけどさー、姉ちゃん達がうるさくて……」
「お前以上に、うるさいのか?」
「うるさいし、うざ絡みしてくる……っていうか……。とにかく、落ち着かないからここに来た!」
「……お前の姉って怖いな……。まあ、ゆっくりして行きなよ。お前にとっちゃ、一瞬の時間だろ?」
「ああ!そうだな!……ところで、タケル、コーラある?」
「……あるけど、これは……」
タケルはエコバッグの中身を覗きながらつぶやいた。
「タケルさん、レムさんに差し上げて?」
ナオは、そっとタケルの腕に手を添えて微笑み、コーラをレムに渡す。
「ナオ、ありがとな!」
レムは青年の姿になると、嬉しそうに受け取り、ぐびぐびと飲んだ。
タケルは、ナオをソファーに座らせるとキッチンへ向かった。レムも食べるだろうと、大鍋を用意し夕飯の準備をする。
「ナオ、ネトフリ見ようぜ!ドラマの続きが観たい!」
猫に戻ったレムは、ナオのお腹に頭を擦り付けた。
青年の姿なら、タケルはハリセンで叩いてやろうと思ったが、猫の姿ならいいか……とため息をついた。
特製ナポリタンと、サラダを盛り付け、テーブルに置いた。
その瞬間ーー。
家の外に異様な気配を感じた。
視られている……。
タケルが警戒を強めたその時。
家のインターフォンが鳴った。
「……ナオちゃん、俺が出る。レム、ナオちゃんを頼む……」
「あ?……あぁ」
レムは、眉を顰めながら、家の外の気配を探った。
「………?」
レムは青年の姿になると、不安そうにしているナオの頭をそっと撫でて、タケルに続いた。
「お前、ナオちゃんの傍にいろって!」
「……タケルの傍にいた方がいい気がしてな」
「……?」
タケルは、ドアチェーンをかけたまま扉を開けた。
がっがこん!
ぱーん!
力任せに外から開けられ、ドアチェーンが外れる。
「うちの弟を誑かしているのは、お前か?」
露出度の高い、マッチョマンが顔を覗かせた。
ラオ兄襲来
張り込みして様子を見る事はしない。正面突破が基本。ただ常識人ではあるのでインターフォンは鳴らす。




