オリエンテーション
タブレットの館内マップを確認し、ユー子は椿の間に辿り着いた。
「ふぅ……なんとか、五分前には着いた〜。もっと早く言ってくれればいいのにぃ〜」
ぶつくさと言いながら、広間を見渡すと、研修生が百人程度集まっていた。
どの魂も頭が良さそうに見える。
意外にも、世代はもとより、魂の質や、産まれた年代が幅広く、着物姿や中世のドレス姿の人もいた。
「貴女も受講生なのね。きれいな髪ね。羨ましいわ」
そう話しかけてくれた二十代らしき女性は、人参色の髪をきっちりとまとめ、シンプルな西洋風のワンピースを着ていた。そばかすのある小さな鼻がチャーミングだと、ユー子は思った。
「私、アン。よろしくね」
「アンちゃん、よろしく!私、ユー子!アンちゃん、昔読んだ本に出てくる主人公みたい!かわいい!」
ユー子の記憶にある、お気に入りの本。
人参色のおさげの女の子。
「ふふ、ありがとう。ユー子も本が好きなの?」
「うん!推理小説とかは読まなかったけど、児童書とか青春ものは好きだったよ」
アンは、にっこりと笑うとユー子の手を取った。
「守護霊になったらね、本をたくさん読んでもらうんだ。だからね、本が好きになりそうな女の子に就きたいの」
「そんなんだ!素敵な目標だねっ」
「うん!いっぱい本を好きになって貰いたいんだー。恋愛小説に、エッセイに、歴史小説。あと……ざまぁ系でしょ、俺最強系でしょ、そしてBL!」
「……お、おう?」
「タブレットで読んでハマっちゃって……へへっ」
アンは、小さな鼻を指先で擦る。
「ユー子は、タブレットで何か読んだ?」
「まだ読んでないよ〜。本も読めるんだね」
「うん。読めるよ。私は早めにここに来たから、待機時間が長くてずっと本読んでたの」
「そうなんだぁ。ここに着いたらすぐに『ここに集まれ〜』って言われたから、トップ画面もスケジュールと夜食と魂カタログしか見てないんだ」
「夜食リスト、気になるよね。おにぎりが美味しかったよ。ソフトドリンクも飲み放題だし、私は、エナドリのコーラ味がお気に入り!あれ飲んだら読書が捗るの!ハナさんから、読みすぎ!って通知きたの」
ふふふと、アンは舌を少し出して笑った。
「えっ。やっぱり行動ばれるんだ」
「ね、ちょっと怖かったけど、監視というよりも声かけって感じだったよ?そういえば、ユー子はステータスみた?」
「ううん。まだ」
「ステータスと勉強の進捗が連動しているみたいだから、後で確認するといいよ。私もステータスみて、先に勉強を進めようと思ったんだけどさ、教材の配信がオリエンテーションの後で出来なかったんだー」
「そうなんだ〜。アンちゃん、早くから来てたって言ってたから、ちょっと焦ってた」
ユー子は、アンが好きになった。
きっと勉強……もとい、修行も頑張れる。
そう思った。
「皆さま、お集まりいただきありがとうございます。本日より講義および実習が始まります」
ハナはコツコツとハイヒールの音をたてながら、一段高い壇上にあがった。
静かに受講生を見渡すと、会場にハナの透き通る声が響き渡った。
会場の空気が一気に引き締まる。
「授業はこの椿の間で行います。なお、動画配信及び録画がされますので、部屋からオンラインで受講可能です。さらに何度も見直す事も出来ます」
(なんか……令和っぽい)
「授業内容の資料は、本日より全てタブレットにアップしますので予習も可能になります」
ハナはゆっくりと受講生を見渡すと、にっこりと笑う。ユー子は、ハナの頬にえくぼが浮かぶのを見た。
「このような環境が整っているのは、エリートコースに選ばれた皆さんだけです。落第なんてしないですよね?」
(ひぇっ……なんだろ、笑顔が怖い)
「分かりました!一生懸命に精進します。私の時間の全てをかけて勉強します!」
ひと際背筋の伸びた、軍服姿の青年がはっきりと声を上げた。
ハナは、すっとその青年に視線を移す。
「……ほう。休まず励むと?」
ハナの瞳が鋭く光る。
「はい!もちろんです!」
青年は、直立不動で答える。
「皆さんもそう思いますか?」
ユー子は、周りを見渡す。
隣にいるアンは、困ったように眉をひそめ、「えっ、読書時間なくなる?」と小さくつぶやき、他の人達は、頷く者、床を見つめる者、ハナを見つめて頬を赤らめる者がいた。
ふう……と、ハナは皆に聞こえる、わざとらしい大きなため息をついた。
「守護する魂を支えるには、休息を学ぶ必要もあります。私達が休息を知らずして、守護を必要とする者の何を理解しますか。どう導くというのです。休息も学びです。そのための環境も整えています。なぜベッドがあったのか、なぜ娯楽があるのか、自身で考えなさい」
軍服の青年は、呆然とハナを見つめる。
「世に放たれた魂を導くのに必要なのは、守護する力だけではありません。魂が興味を持つものに、共感出来るよう感性を磨きなさい。きっと役に立つはずです。見守るしか出来ないことの方が多いのですから」
ハナは少しだけ、うつむいた。
「私が以前、守護した魂は笑うことも、娯楽を楽しむこともなく、霊界に戻って来ました。ただただ、疲弊していました。……私の導きが……いえ、私の力不足でした」
ハナの言葉に、会場は静まり返る。
誰もが、疲弊するまで働いた記憶があることは、表情から読み取れた。
「……ここにいる皆さんには、共通点があります」
ハナは優しい表情で微笑みかける。
「霊力の高さはもちろんのこと、他人の思いや、期待を優先し自分を後回しにしてきた者です。あなたたちのその素質が、守護する魂を支えます。皆さん、共に頑張りましょう」
「はい!」
皆、声を揃えて答えた。
その表情は、どこか誇らしげだった。
「では、続いて……」
ハナは淡々と、受講スケジュールの確認や注意事項の説明を続ける。
「娯楽も休息もして下さい。その時間の使い方は、守護する魂との相性の参考とします」
「読書の時間も相性として見られるってことかな」
アンはこっそりとユー子に話しかけた。
「うん、そうだと思う。私、夜食ばっか見てたから、食いしん坊の子と相性がいいってことなのかな」
「ふふふ、そうかもね」
アンはくすくすと笑った。
「では皆さん、実習用の白衣と、運動用のジャージを受け取ってから、部屋に戻って下さい。トレーニング室は、いつでも使用可能です。トレーニングで霊力を高めることも出来ますので、希望者はタブレットから予約を行って下さい」
「……修行って思ってたけど、授業だね、これは」
「このコースだけみたいだよ。他は修行って言葉がぴったりらしいよ」
ユー子がぽつりとつぶやくと、アンはひそひそと答えた。
「そうなの?」
「うん、次に環境がいいのが、学校系。こことカリキュラムは変わらないけど、思いっきり集団生活だし、規律も厳しいって……。その次が道場系で、その次が企業系らしいよ」
「ひぇ……」
(ハナさん、企業系を社畜系って言ってたよな……。うん。想像するの、辞めよう……)
ユー子は、ぶるると身を震わせると、白衣とジャージ、運動シューズを受け取った。
「何故に白衣……まあ、考えても仕方ないか」
ユー子は、ポツリとつぶやくとアンと連絡先を交換してから部屋に戻った。
どんどん広がっていく修行編。
止まらないユー子、増える登場人物。
番外編ではなく、もはや二部。




