昭和幽霊と、溶けたアイス
病院に行きたくない昭和幽霊のユー子は、黒猫のレムを抱えて散歩をしていた。
「ねぇ、レム。私、なんで幽霊になったんだろ?」
ユー子のつぶやきに、レムは顔をあげる。
「未練があるんだろ?霊力が高ければ原型を留められるし、覚えている奴もいるからじゃん?」
「……私、忘れられていない?」
「おそらく……な」
ユー子は、立ち止まるとしばらく空を見つめると、レムの柔らかな毛並みをそっと撫でる。
「私ね、苦しかった……もっと楽しいこといっぱいしたかった……」
ごろごろと喉を鳴らしていたレムは、ぴょんとユー子の腕から地面に降りると、青年の姿に変える。
「楽しいこと、これからも出来るぞ!我が輩と旅をしてもいいじゃないか!どうだ?悪魔にならないか?」
レムは、妖艶な笑みを浮かべながら、ユー子の手を取ると、軽く口付けをした。
「うん……それも良いのかも。忘れられるくらいなら、ずっと楽しいことしてたい」
レムは、ユー子の声色に戸惑った。
(悪魔の個体数は少ない。仲間を増やすのも、第三王子である我が輩の役割……。でもそれでいいのか?ユー子は本当は何を望んでいるんだ?)
「本気か?」
レムの赤い目がユー子の大きな瞳を捕える。
「……分かんない」
ユー子の言葉に、何故かレムはホッとした。
「なら、もう少し考えるといい。なにせ、時間はたっぷりあるんだからなっ」
美しい青年のレムに似合わない、陽気な笑顔がユー子に向けられた。
「ねぇ、レム。公園に行かない?そこでアイスを食べようよ!」
「あぁ!いいな!我が輩は、またガリガリするアイス食べるぞ!」
「私は、チョコアイス!」
コンビニでアイスを買うと、二人は食べながら公園に向かった。
いつも子どもたちで賑わっているはずの公園は、今日は静かだ。
「ちっちゃい子達いないね。なんでだろ?」
ユー子は、アイスをちびちびと食べながら
、公園を見渡す。
「昼寝でもしてんだろ。いいじゃないか!独占だ!」
レムは、ガリガリとアイスをかじると、あっという間に食べ終わる。
「う〜ん……でも、静かすぎるよ。なんか……変な感じがする」
ユー子は、不安そうな顔をして辺りを見渡した。
レムは、ぴくりと肩を震わせると、公園の木の影を凝視した。
レムはユー子の前に一歩進む。
赤い目が僅かに細められた。
「……ユー子、俺の後ろにいろ」
レムの突然の低い声にユー子は戸惑った。
(……オレ?)
木の影から、令和の公園には不釣り合いなシルクハットを被り、銀のステッキを持った、天使のように柔和な笑顔をした青年がゆっくりと近づいて来ていた。
「レム、知り合い?」
「……静かに……喋るな」
レムの爪が鋭く伸びていく。
シルクハットの青年が、ゆっくり進んでくる気配がする。
ユー子は、レムの背中で青年をよく見ることが出来なかったが、笑っていることだけは分かった。
「ふふ、誰かと思えば、レムさんじゃないですか?ご観光ですか?」
その声は、穏やかで鈴の音色に似ていた。
「……まあ、そんなところだ」
レムの声は硬い。
「私はですね、もうすぐ昇進しそうなんですよ。ちょっと蒔いた種がね……芽吹そうなんです。ふふふ」
「……相変わらず、聞いてもいない事を……。煩い奴だな」
「……おぉ怖い怖い。貴方に何人滅せられたか……恨みは強いですよ?」
青年の表情は変わらない。
「私たちも、魂を回収するのが仕事でして……よりポイントの高い魂を集めなきゃいけないんですよ?」
「俺も仕事だ。お前は回収だけじゃないだろう。死神の本来の仕事から外れている」
「レムさん、仕事は自分で作り出すんですよ?マニュアル外の仕事もこなしていかないと、一流の死神になれませんからねぇ〜」
ころころと鈴を転がすように死神は笑った。
「規定通りに仕事をして、ハイクラスの死神もいるだろう?」
レムの問いかけに、死神は答えない。
「ところで、貴方の後ろにいる、美しい女性を紹介してくれませんか?」
レムの背後を覗くように、死神は横に腰を曲げる。
ユー子は、不気味な気配にレムの背中に張りついた。
「断る!」
「……おやぁ……それは残念。ふふふ……。そんな上玉。滅多に居ない……ここからでもわかる。霊力の高い魂は、ポイントが高いんですよ」
口が弓形に上がる。
異様に大きな唇がちらりと見えて、ユー子はレムの背中の服を握った。
(怖い!気持ち悪い!)
「実は、前々から気になっていたんですよ。レムさん、横取りはダメですよ?ふふふ」
死神は一歩近づく。
「お嬢さん、悪魔にならないか?って誘われませんでした?」
覗き込む瞳は、いやらしく細められた。
「騙されてはいけませんよ?貴女の魂は美味しいですよ?」
くくっと短い笑い声が、ユー子の琴線に触れる。
「レムは、私のことを思ってくれてる!無理に誘ったりしてない!」
ユー子の声は震えていた。
「それに、嘘は絶対つかない!」
レムの服を握った手が震える。
レムは目を見開いてユー子を見ていた。
「おや〜悪魔の誘惑に染まってしまいましたね〜。いいでしょう。私には芽吹く種がありますから……本日のところは見逃して……」
死神の言葉は、不自然に途切れた。
死神はシルクハットを取ると、足で踏みつけた。
黒くて太い糸が、死神の足元に向かって、するすると巻き込まれていく。
「誰です!!私の芽を摘んだのは!!」
突然、激昂した死神に、ユー子はアイスを落とすと、レムの腕を抱きしめ、身を震わせる。
(怖い!怖い!)
「……」
レムはユー子を再び背後に隠す。
(この糸の先に残る僅かな霊力……タケルか?)
「昇進が掛かっていたのに!!長い間溜め込んでいたのに!!くそがっ!!」
天使のような声で出てくる言葉は、激しい怒りを含んでいた。
「ユー子……腕から離れてくれ」
レムは、低く小さな声でユー子に告げる。
「合図をしたら、逃げろよ……」
その声は、思いの外、穏やかだ。
レムはユー子に、優しく微笑みかけてから、死神を静かに見据える。
シルクハットがぐしゃぐしゃになるまで踏みつけていた死神は、すっと突然静かになると、姿勢を正してユー子に視線を向けた。
「いやぁ……私とした事が、取り乱してしまいました。すみませんねぇ〜つい……」
死神は、天使のような微笑みで銀のステッキをユー子に向ける。
「お嬢様さん?死神になりませんか?きっと楽しいですよ?」
ゆっくりと歩み寄る。
レムの爪は、更に伸び、角と牙が生える。
身体もいつもより大きく太くなっていく。
「これは、俺の獲物だ」
ぐるぐるとレムは唸りながら、一歩前に出る。
「おやおや……私が先に見つけたんですけどねぇ……」
死神は、手を頬に添えると、ゾッとする笑みで首を傾げる。
「では……少々手荒になってしまいますが……ふふふ……私の糧になって頂きましょう♪」
レムの口から、ギリギリと歯軋りの音が聞こえた。
ユー子がレムの顔を見上げると、レムはとんっとユー子を軽く押す。
「逃げろ!」
そう短く告げると、死神に飛びかかった。
ユー子は、押された勢いそのままに、公園の外へ走り出す。
涙を浮かべながらーー
公園の外に出て振り返ると、レムと死神は互いに傷つけながらもつれ込み、黒い穴へと消えていく。
黒い穴は消えていき、その地面には溶けたアイスと棒だけが残されていた。
「レム?レムーー!!!」
幽体になったユー子は、力の限り叫んだ。
その声は誰にも聞かれなかった。




