令和の陰陽師もどきと、男の子
令和の陰陽師もどき、霊能者のタケルは、男の子の霊を凝視した。
男の子から悪意は感じない。
それでも薄気味悪い気配は隠し切れていなかった。
『……油断した。女性の霊に紛れて分からなかった。タケル、こいつ危険です』
薄紅色の衣は、ところどころ破れている。
「おじちゃんじゃない。お兄ちゃんだ」
「ふふふ、おじちゃん、面白いね。良く僕に気づいたね。えらいよ」
小馬鹿にしたような態度でも、タケルの表情は変わらない。
「お前を守ってくれてた女性……どうして分散させたんだ?」
跡形もなくなった、優しい気配の女性の霊。
タケルは静かに怒っていた。
「あぁ……アレね。勝手に前にいただけさ。僕は別に怯えてた訳でもないんだけどね……。まあ、おじちゃんの認識を阻害することは出来たから、役に立ったよ」
『タケル……この霊、危険です。嫌な気配がする……死神か?……いや、でも……』
烏帽子の守護霊がタケルを守るように前に出る。
「へぇ……すごいじゃん。分かるんだ。僕ね、死神のお兄ちゃんにスカウトされたんだ。死神になったら、外に出られるんだって!黒い塊を追い詰めて力をつけてから取り込めば、死神になれるんだって!」
あはははと無邪気に笑う。
「そんなんで死神になれるのか?」
「うん!お兄ちゃん言ってたもん。だからね、いじめられている看護師さんとか、この病院で死んだ奴とか、ここに集めてたんだ!」
今までどれだけ苦労して負の感情を集めて来たかを、得意気に語る。
『そんなことをしても死神にはなれん。子どもはな……なれんのだよ。そう言う理だ』
烏帽子の守護霊が、悲しげに諭す。
「うそだよ!お兄ちゃんがなれるって言ったよ!だからさ、いっぱい集めたんだよ!取り逃がした魂もあったけどさ!時間をかけて……」
男の子は、顔を赤くしながら、床を踏み抜く。
「その、お兄ちゃんとやらは、どんな奴なんだ?」
タケルは眉をひそめながら、男の子に問いかけた。
「……すっごいカッコいいんだよ!黒いシルクハットを被っててね、銀色のステッキも持ってて、カッコいいんだ」
憧れにも似た笑顔で、男の子は答える。
『……愉快犯的な死神ですね。死神にも制服はありますから』
「えっ、死神って職業なの?ってか制服支給?」
タケルは烏帽子の守護霊の言葉に反応した。
『えぇ……魂の回収屋ですね。恨みを向けられた魂はポイントが高いので、力のある死神が幅を効かせていますが、そうでない不良な奴は、こうやって純粋な魂を利用して悪霊ポイントを稼ぐんですよ』
薄紅色の守護霊は、淡々と語りながらタケルの横に立つ。
「……なにそれ。霊界ってどうなってんの?ポイント制?」
タケルとその守護霊の顔を、忙しそうに見比べる男の子は、地団駄を踏む。
「僕を無視するなよ!黒い影を消しちゃったおじちゃん!お前なんて嫌いだ!」
男の子はタケルに向かって突進してくると、拳を作りタケルの横腹をぽこすかと叩く。
「……お前、頑張ったんだな。ごめんな」
タケルは男の子をそっと抱きしめる。
男の子の手がピタリと止まった。
「苦しかったな。生きたかったよな。ここにいてはダメだ。そろそろ、ゆっくり休んでもいいんじゃないか?」
タケルは、人差し指と中指を立てると、小さく何かを呟き、男の子の足元に繋がる黒くて太い糸を断ち切るような仕草をする。
黒い糸はするすると、どこかへ戻っていく。
タケルはその気配をちらりと見たが、男の子に視線を戻す。
「お前はな、もう自由なんだよ……好きなところに行っておいで。そして、上がりたくなったら俺のところにおいで」
男の子は足元を見てから、タケルを見上げた。
「自由?ここから出られる?」
「あぁ……お前を縛り付けていたものは、切ったよ。好きなところに行けばいいさ」
タケルは静かに告げる。
「……僕、病院しか知らない。お母さんも、来ないし……いじめられてた看護師さんだけだもん。来てくれたの」
「……そっかぁ。じゃあ、俺とドライブに行く?赤いスポーツカーに乗りたくないか?」
「スポーツカー?赤いの?乗りたい!」
男の子の笑顔が、ユー子と重なる。
「ははっ。じゃあ決まりだな!行こうか!」
「うん!おじちゃんありがとう!」
「……お兄ちゃん……な!」
タケルは静かに笑うと、リネン室から出る。
壁越しに様子を見ていた事務長は、そろりそろりとタケルの傍にゆっくりと近づいてきた。
「……もしかして、終わりました?」
「はい、もう大丈夫ですよ。確認しますか?」
「……一応、確認させて頂きますね。多分わからないと思いますけど……」
事務長は、リネン室を恐る恐る覗き込む。
「……なんか、圧迫感がなくなりました?リネン室ってこんなに広かったでしたっけ?」
事務長は首を傾げる。
「まあ、そんな感じですね。これで、いつでも泣きたい時の場所として使って大丈夫ですよ」
「……はは、泣かなくてもいい環境にしなきゃいけないんですけどね」
事務長は、力なく長いため息をついた。
「もう、霊はいないんですか?」
「あぁ、男の子なら私の横にいますよ」
「ひぇ……」
事務長の質問に、タケルはさも当たり前のように答えた。
「大丈夫です。悪い奴じゃないんで。このまま私が連れていくので安心して下さい」
「……祓えなかったんですか?」
「はは、この子が外を見たいって言ってたんで、連れて行こうと思って。祓う必要はないんですよ」
男の子は、タケルの言葉を静かに聞いていた。
その表情は、落ち着いている様にも、わくわくしているようにも、嬉しそうにも見える。
「そうですか……外が見たい……ですか。ここの小児科では産まれてからずっと病院で過ごす子もいます。外に行きたいですよね……。タケルさん、貴方に依頼して良かったです。今後とも宜しくお願いしますね」
「……こちらこそ」
タケルは、依頼料を受け取ると病院の駐車場に向かう。
「さぁ!乗って!」
「わー!!カッコいい〜!!スポーツカー、本で見て乗って見たかったんだ!」
男の子は眼を輝かせると、静かに助手席に座る。
「すごいすごい!外だー!おじちゃん、どこに行くの?」
「そうだなぁ、初めての外だろ?海にでも行くか?」
「海!!やった!海、行きたい!!」
赤いスポーツカーは、街中を滑るように走る。
「すごいすごい!速い速い!もっと速くなる?」
「法定速度は守んなきゃな。これ以上はスピードは上げられないよ」
「おっきな雲!」
「おっきな公園!」
「人いっぱい!」
「犬!」
男の子の眼には全てが新鮮に映っているようだった。
「さあ、海に着いたぞ」
車を停めると、海岸沿いを男の子と歩く。
「うわぁ〜すごい!すごい!ひろ〜い!!」
男の子は、波打ち際をひた走る。
「おじちゃん、すごいの!どんなに走っても苦しくないよ!」
「“お兄ちゃん”だぞ!それは良かったな。転ぶなよ!」
「うん!!たのし〜!!」
ぱたぱたと砂の上を走る。
波を追いかけたり、逃げたり。
タケルは、男の子をぼーっと見つめながら座り込むと、ポケットからタバコを取り出すとライターで火を点けた。
普段はあまり吸わない。
けれど、今日だけは吸いたくなった。
(……死神。最近よく話題に出るな……何も起きなければいいんだが……)
タバコの煙が広い海へと流れていく。
『タケル、身体に悪いぞ』
烏帽子の守護霊は、姿を表さないまま声をかける。
「分かってる……嫌な予感が消えないんだ」
『……タケルは我らが護っておる』
「あぁ……俺はな」
タケルのつぶやきは、海風に消える。
「おじちゃーん!!みてー!」
男の子は、タケルに向かって大きく手を振る。
「おー!見てるぞー!!」
タケルは大きな声で返事をすると、携帯灰皿に吸い殻を入れて男の子の傍に向かった。
「連れて来てくれてありがとう。楽しかったよ!」
男の子は、子どもらしい笑顔でタケルを見上げると、手をもじもじと動かす。
「……あのね……僕、もう行くよ。お空に還る。いつかまた、ありがとうを言いに来てもいい?」
「……あぁ、もちろん」
「じゃあ、行くね!」
男の子は振り返って海を見る。
「手伝いいるか?」
「ううん!大丈夫!光は見えてる!」
「そうか……じゃあ、またな!」
「うん!またね!お兄ちゃん、かっこよかったよ!」
男の子は、海に反射する光に向かって歩きだす。
夕日が差し込み、美しい光景が広がっていた。
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「伊藤さんのご家族に連絡しよう。肩呼吸が始まった」
看護師と介護主任は顔を見合わせる。
最近は水分すら飲めていなかった。
ナオは、真希の様子から、旅立ちの日が近いことを悟った。




