令和の陰陽師もどきと、海外悪魔
令和の陰陽師もどき、タケルはトンネルの中を突き進む。
まだ昼間だと言うのに、暗くて薄寒い。
トンネルの壁には、黒くてざわつく何かが這っている。
ゴキブリが可愛く感じるくらい、気持ち悪い。
怨念、執念、怒り、悲しみ。
全てがごちゃ混ぜになった何か。
更に奥に進むと、岩のような黒くて邪悪な塊が鎮座していた。
無数の手のような、触手のような、何かがタコの足のようにうねっていた。
強い耳鳴りと、頭痛、吐き気。
タケルは手にしていた清酒をトンネルの中に撒いたが、空気はあまり変わらなかった。
(………やばいかも)
タケルは目の奥が締め付けられるような苦しさと、つむじが逆立つようにぴりぴりとした感覚を覚えた。
数珠を腕に巻き、祝詞をあげる。
タケルの背後から、烏帽子を被った青年と、薄紅色の衣をまとった女性が降り立ち、タケルの前に出た。
「ちょっとヤバいかな……これ」
『やると決めたのでしょう?お前が祓わずしてどうする』
女性は冷ややかな目をタケルに向けた。
「ですよね〜。相変わらず厳しい」
タケルは、手を組みかえて印を結ぶ。
『これだけの怪異。なぜここまで吹き溜まっている……。一気に祓うぞよ』
烏帽子を被った青年は、好戦的な笑みを浮かべた。
黒い塊は、タケルを飲み込むように、うねうねと広がり覆い被さると、タケルを包み込んだ。
……………
タケルの目の前に、意地悪な表情をした少年たちがいた。
「お前んち、とーちゃんも、かーちゃんもいないんだろ?」
「お前が変だから、いないんだろー?」
「お前のばーちゃんも変わりものー」
幼い頃のタケルの記憶だ。
「あなたといると、変なものが視えるの。すごくきれいな人だけど、睨んでくるわ……別れましょう?」
「こんな怖い思いをするのは、あなたのせい!もう一緒にいられない!さよなら!」
「……ちょっとその格好なんとかならない?恥ずかしくて一緒に歩けないわ」
成人してからの記憶が過る。
…………ふざけんなよ!
俺の傷を抉るな!
俺は孤独じゃねえ!
誰にも怒ってもいねぇ!
お前と一緒にすんな!!
タケルは、札を取り出すと周囲に投げつける。
黒い塊は、札を避けるように分散してから、また一つにまとまっていった。
タケルを守護する、烏帽子の青年と薄紅色の女性が手を合わせて、つぶやく。
それに合わせてタケルも祝詞をあげると、神聖な空気がトンネル内を浄化し始める。
それでも、黒い塊は嘲笑うかのように、うねうねと動いていた。
ふと、タケルの背後に黒い影が落ちた。
(まずい!!……回り込まれたか!)
タケルが、横目で後ろを確認すると、一匹の黒猫が、てとてとと軽快な足取りで向かってきた。
「はぇ?……レム?」
タケルは呆気に取られて変な声が出た。
「おう!レム様だぞ!面白い事してんなっ」
黒猫は、赤い目を輝かせながら、黒い塊を見据えた。
「お前、なんでここに?巻き込まれるぞ?」
「それはタケルの力にか?それとも、あの面白い奴にか?」
タケルの守護者たちは、レムを見据えると更に警戒を高めた。
『こやつは……!酒の池に沈めて追っ払った筈!また来てたのか!』
『……その後も、地中に埋めた筈です!』
「おぉ〜、安倍のなんちゃらと、江戸の女〜元気してたか〜?見知った気配がタケルからしていると思ってたけど、お前らだったのか〜!」
数年ぶりに再開したような口振りだか、最低でも数百年振りだ。
軽く前脚を挙げて挨拶をするレムは、この空気の異様さに全く影響されていないようだった。
「魑魅魍魎たちと三日三晩酒飲んだの、懐かしいなぁ〜。でも、この塊は魑魅魍魎ではないな。人の欲だ……ふふ、こんなところに最上級のごちそうがあるなんてな。ついてきて良かったぞ!」
うしっしっと、黒猫が嗤う。
可愛らしく。
その次の瞬間ーー
黒猫から姿を変え、トンネルの天井近くまで大きくなる。
牛のような大きな赤い目。
獣のような大きな身体に、針金のような黒い毛。
鋭い大きな牙。
捻じ曲がった角。
低く胸に響く唸り声。
AI生成じみた姿は、実際に見ると恐ろしかった。
強い獣臭もする。
タケルも、守護者たちも、レムの姿に圧倒され見つめていた。
否ーー
目を逸らすことが出来なかった。
本来の姿になったレムは、口を大きく広げて嗤う。
「久しぶりのご馳走だ……、これで数百年は永らえる」
黒い塊は、逃げることも動くこともせず、タケルが瞬きをする前に、レムに飲み込まれていった。
*****
朝になり、ナオは起床介助を行っていく。
今日は晴天。
カーテンを明けて、真希を起こす。
「伊藤さん、おはようございます。朝ですよ。起きる前に、パットの交換しますね」
排泄介助と起床介助を慣れた手つきで行う。
真希は痩せており、身体は軽い。
他の利用者と比べれば、力は要らないが麻痺があるため慎重に行っていく。
「おはよう。あなた優しいのね。お名前は?」
名前を聞かれてナオは、ぴたりと手をとめた。
「……ナオと言います。よろしくお願いしますね」
「ナオちゃんと言うのね。よろしくね」
真希は、にっこりと笑った。
「さあ、これから朝食ですよ!今日は卵焼きが出るみたいです。卵は好きですか?」
「卵?卵は好きよ。娘がね、好きなの。娘はモデルをしているのよ」
「そうなんですね。さあ、車椅子に移りますよ」
ナオは、スライディングボードを使って手際よく車椅子に移乗させると、リビングスペースに真希を案内した。
他の職員と一緒に、利用者を起こして朝食の準備を始める。
「真希さん、食べましょうか?」
ナオは、真希の口元に、トロミをつけた味噌汁を当てる。
数口飲んだことを確認すると、ペースト状の卵焼きを口元に運んだ。
「要らないわ。食べたくない」
真希は首を振る。
「食べないと。食べると元気になれますよ?娘さん……由希子さんも面会に来られますし、元気な姿で会いませんか?」
「……由希子?由希子ちゃんは、まだ小学生よ。私、まだ入院しているの?いつ退院出来る?」
(……昨日のあの話は、一体……)
ナオは、退勤前に看護師に相談をした。
「真希さんって、認知症なんですよね?」
「えぇ、正確な診断ではないみたいだけど、MMSEの点数は、認知症レベルね。食事の拒否も強いみたいだから、ご家族と、管理栄養士に相談してみましょうか」
「……はい。よろしくお願いします」
ナオが施設の外に出ると、通学途中の小学生とすれ違った。
(真希さんの中では、由希子さんは小学生なんだ……。ご飯、食べられるといいな。あんなにも軽い身体で……。娘を迎えにいく……ってユー子のこと?それとも、由希子さんのこと?)
認知症の人の行動や、発言には、過去の経験に関わりがあることは認識していた。
けれど……。
これまで、深く利用者さんの過去を知ろうとしていなかった事に、ナオは気付かされた。
(なんか今日は無性にクリームパンが食べたい。あと、カップラーメン。夜勤を頑張ったご褒美ってことでいいよね。……プリンも買お)
高く登った太陽の眩しさに目をしぱしぱさせながら、ナオはコンビニに向かっていった。
仕事疲れた時にコンビニ行くとつい買っちゃうよね〜。
最近暑いから、アイスとかね。




