昭和幽霊は、機嫌が悪い
昭和幽霊のユー子は、朝から機嫌が悪かった。
「レムがクリームパン食べた!」
黒猫を睨みながら、ユー子は頬を膨らませた。
「そんなに怒るなよ〜、ほら、ここにクリームパンあるぞ?」
レムは、前足をきゅっと握ってクリームパンの形にする。
「はは……真っ黒だなっ」
「むきー!!クリームパン、食べたかったのにー!!」
レムもタケルも、ユー子とは短い付き合いではあるが、ここまで怒るのは見たことがなかった。
(……わがままになってきている……。自我が出てきたのか?)
「ユー子、トンネルのヤバいやつ、除霊しにくんだけど、着いてくるか?」
タケルはユー子が好きそうなことを提案する。
「……行く。行きたい!面白そう!トンネルってヘビスモおじさんがいるところでしょ?」
さっきまで頬を膨らませていたのに、もう表情が変わり、タケルは、ほっとため息をついた。
「あぁ、ユー子がSNSにあげたやつだな。俺がユー子を初めて見つけたトンネルだな」
タケルは、明るい表情でユー子を見つめた。
【令和の陰陽師もどき】
【yuu ko】
【demon since666】
SNSで偶然出会った。
実際に会うとは、思っても見なかった。
(……っても、俺も危険なんだけどな……)
「我が輩も行くぞ!闇を感じる!闇が我が輩を呼んでいる〜!」
「はいはい、じゃあ……支度するから待ってろ。除霊が終わったらクリームパンを買おう。通り道に美味しいパン屋があるぞ」
「やったー!!……レム、怒ってごめんね」
「ユー子が怒っても怖くないからなっ……気にするなっ」
レムは、ユー子の頬にぷにゅっと、ピンクの肉球を押し付けた。
*****
心霊スポットで有名なトンネルに、赤いスポーツカーが到着した。
「なんだ、ここは。負の吹き溜まりではないか……ここが人間が来て無事でいられるのか?最近の人間は、そんなのも分からなくなったのか?」
「……悪魔のお前が言うなよ」
「霊能者?って奴は少なくなったのか?平安京にはいっぱいいたし、江戸にもいたぞ?……危うく、我が輩も巻き込まれてしばかれそうになったけど」
「まぁ……そうかもな。大昔のことは俺は知らんけど、今よりは大勢居たかもな……。さて、どう祓おうか」
タケルは和装だ。
数珠を幾重にも重ね、札を持ち完全装備をしている。
タケルの周囲だけ、神聖な空気がぴんと張り詰め、上品な香が漂っている。
ユー子もレムも、タケルのオーラに圧倒され、あまり近づきたくない。
「お前、きらきらしてるぞ。しかも、嫌な匂いがする」
レム(青年)は、鼻をつまんで顔をしかめる。
「タケルの近くなんか、嫌だ。しっしっ」
ユー子は、手で払いのけるようにタケルから遠ざかる。
「同じ車に乗ってて、今更何言ってんだよ」
「我慢してた」
「そうかよ……。あっ、だからレムは後部座席に座ってたんだな」
「隣にいたくないからな……にしても、気合い入ってんな」
レムは、タケルを頭から足先まで見つめた。
「安倍のなんちゃらを思い出すよ」
タケルが抱えた清酒を怪訝な顔をして見つめた。
「そうかよ。それは光栄だ」
タケルは、トンネルの入り口に向かう。
「おぅ!兄ちゃん久しぶりだなー」
「おっちゃん、まだここにいたのか?」
血まみれのおじさんは、手をあげてタケルを歓迎した。
「ほれ、おっちゃんタバコ、持ってきたぞ」
「おー!気が効くな!……ん?嬢ちゃんじゃないか。元気にしてたか?」
「おじさん、覚えてくれてた!ありがとう!」
ユー子は、血まみれおじさんの傍にいくと、ぴょこぴょこと跳ねた。
「さて、おっちゃん、それから周りにいる霊たち。俺はこれから奥にいる奴を祓う。きっと皆んなにも影響があると思う。巻き込まれたくない奴は、ここから離れてて」
タケルは周りを見渡し、覚悟を決めた。
「兄ちゃん……あれを祓うのか?やめておけ……。飲み込まれるぞ」
おじさんは、目に力をこめてタケルに警告する。
「……覚悟は出来ているし、準備もしていた。じゃないと、ここにいる皆んなは、ここから離れられない」
「……兄ちゃん、気付いていたのか。俺らが好きでここにいる訳じゃないって……」
おじさんは、ユー子が火をつけたタバコをふかしながら低く唸った。
「あぁ……。ここのトンネルも埋めるらしい。その前に何とかしてくれと、依頼が来てたんだ。やっと準備が済んでね」
「……そうか、頑張れよ」
「おう!」
タケルは、トンネルの入り口に入っていった。
*****
ナオは、今日は夜勤だ。
夜勤でも、夜間に不穏になる方、排泄介助、記録入力、やる事はたくさんある。
職員の数も少なくなるし、救急対応があれば現場は一気に慌ただしくなる。
見回りをしていると、真希の部屋から泣き声が聞こえた。
「伊藤さん、どうされましたか?眠れませんか?」
「迎えに行かなきゃ、娘が待ってるの」
真希は、動く片腕を震わせている。
「伊藤さん、今は夜遅いので明日にしませんか?今日はもう寝ましょうか」
「待たせているの……。長生きしちゃったから……。ずっと、あの家で待っているの」
「娘さんが待っているんですね」
ナオは、真希の手をとる。
「娘さんは、どんなお子さんなんですか?」
「いい子なの。クリームパンが好きでね、外に出るたびに買ってくるの。すごく可愛い子でね。モデルをしているのよ」
真希は、ユー子の写真をベッドから見つめて微笑んだ。
「優子さん……でしたね。すごくきれいな方ですね」
「そうでしょ?私に似て、ちょっと変わった子なんだけど、優しい子なのよ」
真希の涙をナオは、そっと拭う。
「変わっているんですか?真希さんも?」
「えぇ……あの子もね、視えるのよ」
真希は声を落とすと、ゆっくりと囁いた。
「………視える?」
ナオの心臓が跳ねた。
「えぇ、不思議な力ね。誰からも理解されない……。ほら、あそこに男の子がいるでしょ?」
真希が窓を見る。
ナオも窓に視線を向けた。
カーテンの隙間から男の子がこちらを覗いていた。
「ひぇっ……」
思わずナオは、息を飲んだ。
「あら、貴女も視えるのね……。私、ボケてなんかいないわ。だって、ずっと視えていたんですもの…………」
ナオは、真希を見つめた。
「だからね、私は優子ちゃんを迎えに行きたいの……」
「……今日は休みましょう。ユー子……さんも、もう少し待っててくれると思いますよ」
「……それも、そうね。ありがとうね。あなた、名前は?」
「ナオって言います」
「ナオちゃんね。仕事中にごめんなさいね。もう寝るわ」
真希は、ゆっくりと目を閉じた。
「おやすみなさい」
ナオは真希の部屋から静かに出ると、他の利用者の様子を見に部屋をまわった。
(……認知症じゃない?迎えに行くって………もしかして……)
ナオは、目をぎゅっと閉じてから、他の利用者のケアに集中するために、気持ちを切り替えた。
ちょいちょいホラーが混じってますね。
怖くないよね?
コメディを書くはずが……。
命がテーマになってきてしまった。




