昭和幽霊は、半分こしたい
昭和幽霊のユー子は、タケルの家の近所をぶらぶらと散歩していた。
タケルは仕事らしく、自宅の二階へ閉じこもったまま。
レムは「観光に行ってくるぞ!」と言って、川越へ向かっていった。
ユー子は、タケルの家でじっとしているのも、レムについていくのも気が進まず、なんとなく街を歩き回る。
当然、誰もユー子を気に留めることなく、素通りしていった。
電信柱から「わっ!!」と飛び出してみたら、自転車に轢かれた。
無傷だけど、なんだか痛い気がする……。
ユー子は、公園へ入ると、ジャングルジムのてっぺんへひょいっと登った。
ぼんやり園内を眺めていると、ふと、年の離れた姉妹に、目が留まる。
(親子? それとも姉妹かな〜?)
女子高生くらいの女の子と、幼稚園くらいの小さな女の子。
女子高生はスマホを片手に、小さな女の子の相手をしていた。
「みみちゃん! みて! たんぽぽ!」
「うん、うん。たんぽぽ可愛いねぇ」
ちょこちょこと走り回る女の子が、なんだか可愛い。
その光景を見ていると、胸の奥がざわめくのを感じた。
ユー子は、ふっと笑ってジャングルジムから飛び降りる。
「こっちにおいでー!」
手を振ってみる。
けれど、小さな女の子は気付かない。
もっと近くへ寄ってみる。
それでも、視線は合わなかった。
「……妹」
(あれ?)
長い黒髪を揺らしながら、ユー子は小さく首を傾げた。
(さて、何かを思い出した気がするぞ?)
「妹……いた気がする。私のマネをする小さい子……」
ユー子は、長い黒髪をお腹へ抱え込むようにして、小さく膝を抱える。
思い出しそうで、思い出せない。
もやもやする……。
頭にかかった霧に、いらいらした。
「みみちゃん、お腹すいた〜」
「じゃあ、家に帰ろう。コンビニで肉まんでも買って帰ろっか」
「やったー!!」
「夕飯前だから、お姉ちゃんと半分こだよ」
「うん!!」
姉妹は手を繋いで、公園から出て行った。
「半分こ……」
ぽつりと呟いた声が、胸の中を温かくする。
『おねーちゃん、一緒にたべよー』
ふわりと、自分と似ていない妹の姿が浮かぶ。
(なに……これ?私は何を思い出そうとしているの?)
ユー子は、姉妹の後ろ姿を見送ったあともしばらく、公園のど真ん中でしゃがみ込んでいた。
「おーーい! ユー子、何してんだ?」
ふと顔を上げると、タケルは変質者みたいに、きょろきょろ辺りを見回しながら傍に寄ってきた。
タケルは、公園の真ん中でしゃがみ込む、ユー子を見つけると、ほっとしたように肩を落とした。
「どうした。こんなところでしゃがみ込んで」
「……わかんない。今、おセンチなの」
タケルは、「おセンチって、いつの時代の流行語だよっ」と呟きながら、しゃがみ込む。
抱えそびれた黒髪が、地面についているのを見て、タケルは小さくため息をついた。
「髪の毛、地面についてるぞ」
タケルが髪に触れようとすると、ユー子は慌てて髪を抱き寄せた。
「だ、だめ!」
「ん?どうした、どうした?」
「……髪は大切なの」
震えるような声に、タケルは目を見開く。
「……そっかぁー、ユー子は髪が大切なんだ」
(髪………)
『治療のために、髪を切ることをおすすめします』
無表情に冷たく、突き放されたような言葉が頭に響く。
『そんな、舞台が………主役なのに!』
『治療に専念してください』
『代役、見事に演じ切る』
『皆んな、私のこと忘れちゃう!早く復帰しなきゃ!!』
(嫌だ嫌だ嫌だ!思い出したくない!)
「……ユー子?どうした?」
タケルは、ユー子の顔を覗き込む。
「ううん……なんでもないよ。タケル、肉まん半分こしよっ」
「ん?なんで肉まん?」
ユー子の笑顔は、昔撮った写真のように、偽物じみていた。
*****
「ユー子、クリームパンがたべたいのか?」
クリームパンをじっと見つめるユー子をみて、タケルはクリームパンを手に取った。
「……妹がね、好きだったの。でも小さいからよく半分こしてたんだ。美味しい美味しいって頬を叩きながら喜ぶ姿が可愛くて、いろんなパン屋さんで、買ってあげてたんだ」
「そうなんだ。ユー子には妹がいたんだね」
「うん、歳の離れた可愛い妹。でも、名前も思い出せない……」
うつむくユー子をタケルは切なげに微笑む。
「ユー子、もしかして……いろいろと、思い出してきてる?」
「……わかんない。思い出したくないような……私、なんで死んだんだろ?」
「それは、俺にはわからないけど……。昔のことを思い出すのは、怖いかもしれない。だけど、嬉しかったことも思い出せるはずだよ」
「そうかなぁ……。タケル、傍にいてくれる?」
「もう、ここまで面倒みてきたからね。任せてよ」
「……ありがとう」
ユー子とタケルが家に戻ると、すぐにレムも帰ってきた。
「見ろ!こんなに長くて黒い、へんなもんが売ってた!!」
レムは、異空間から長いふ菓子を取り出すと、目を輝かせて、ユー子とタケルに見せつけた。
「黒くて長いこれは、悪魔専用に違いない!」
「……それ、小学生の頃、遠足で買ったな……レム、その面でそれ買ったの?」
妖艶な美しい青年が、ふ菓子を購入する絵面が想像出来ない。
「あぁ、皆、驚いていたぞ!悪魔って気付かれたかな?」
「それは、絶対にないと思うぞ?」
「レム!半分こ!半分こしよーよ!ユー子、ふ菓子好きー!!」
「むむっ。これは菓子なのか?甘いのか?」
「んー、なんとなく甘い!」
レムは、ふ菓子を半分に折ると、ユー子に渡してから、一口ぱくりとかじった。
「んん!なんだこれは?甘い……けど、ふわふわしてて歯がきゅってなるぞ?これ自体が悪魔なのか?」
「何でだよ……」
タケルは、肉まんとクリームパンをテーブルに置き、夕食の準備を始めた。
*****
ナオは、真希の生活歴に目を通した。
地方で生まれ、上京。
都内のデパートで勤務し、ご主人と出会い結婚。
二女を出産。
長女は芸能活動をしており、一番のファンであった。
長女が二十三歳の時に、病気で死去。
喪失感から、精神を病む。
ご主人と次女の支えもあり、回復。
次女が結婚したため、夫婦二人で過ごしていた。
五年前にご主人が亡くなり、独居。
二年前に、スーパーの前で転倒。
脳梗塞と転倒による骨折で入院。
以降、認知機能が低下している。
「………。ユー子、二十三歳だったんだ……」
ナオは、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「真希さんのケアをどうするのか、考えなきゃ……だけど、ユー子のことが気になっちゃう。私、どうすればいいの?」
ナオは、生活歴を何度も読み返した。
レムはふ菓子の端っこが好きになりました。
実は、三本買ってます




