昭和幽霊は、少しだけ思い出す
太りたくない昭和幽霊のユー子は、ラーメンを半分残して満足そうに笑みを浮かべた。
「タケル!ありがとう!美味しかった。残してごめんね!」
ユー子は、手を合わせて「ごちそうさまでした」とお辞儀をした。
「残すのか?じゃあ、我が輩が貰おう」
レムは横から、ひょいと器を自分の前へ引き寄せると、残りをすべて平らげた。
「満足してくれれば、いいよ」
タケルは、そっと微笑むと、空になった器を片付けた。
その様子をユー子は、申し訳なさそうに見つめる。
「ユー子は少食なんだな」
レムは、ユー子をちらりと横目で見る。
「少食……なのかなぁ?なんか、全部食べると罪悪感が……でも、残すのも罪悪感……」
ユー子は、なんで罪悪感があるのか思い出せなかった。
「まぁ……食べることや、美味しさが思い出せればいいんじゃない?」
タケルは、洗い終わった食器を、ステンレスの籠に入れた。
「んで、お前らは、これからどうすんの?観光?」
「うむ……観光だな!」
レムは、どこか楽しそうに目を細める。
「心霊スポット巡りもしてみたいし、渋谷、浅草、川越あたりに行きたい!」
「なぜ、川越……」
「小江戸なんだろ?前に来た時、江戸に行ったんだ!」
「……江戸ねぇ……」
タケルは、人力車に乗って色気を振り撒くレムを想像して、苦笑いをした。
「まぁ、どの道今日は夜遅いから、明日にしろ。俺は風呂入って寝る。お前らは?ここで寝るつもりか?」
給湯器のスイッチを押すと、電子音が鳴る。
『お湯はりをします』
「……!!タケル、誰か喋ったぞ!そこに、何か取り憑いてるのか?」
レムはきょろきょろと部屋を見渡す。
「……気配がない……だと!さては、高位な……」
「ははっ……違うよ、機械だよ!給湯器!日本のは喋るの」
タケルは、レムの慌てぶりに思わず笑う。
「ユー子は知ってた!最近の喋るって!」
ユー子はレムにドヤ顔をして、胸を張った。
「最近っていっても、かなり前からだけどな」
「……そうだっけ?」
ユー子は、首を傾げる。
「んで、お前らって風呂入るの?何も用意出来ないけど……」
「タケル、もうご飯だけで充分だよ。おもてなしありがとう!」
ユー子は、心から素直な気持ちで笑った。
「こんなに親切にしてもらえて、嬉しい。誰も見てくれなかった。だけど、タケルは、無理に祓ったり、無視しないでくれた!ありがとう!」
こんなに暖かい人、いたんだ。
ユー子は、SNSにハートがつかなくても、満足していた。
「ここまで、話が出来て、融通が効く能力者は少なくなったからな……ユー子がそう思うのも、わかるさ」
レムは、ユー子の頭をそっと撫でる。
「平安京には、何人も面白い奴が、いたけどなぁ…。」
思い浮かべるように、レムは天井を見つめた。
「……平安?お前、平安時代にも来てたのか?」
「おぅ!危うく、安倍の何ちゃらに、しばかれるところだったよ」
どこか楽しげにレムは笑った。
「安倍って……晴明。安倍晴明のことか?」
「知らん」
目を丸くするタケルに、レムは「いちいち名前なんて覚えてないし、興味ない」と首を振った。
「っーか、お前何やったんだよ。しばかれるって……」
「ん?何やったんだっけ?……魑魅魍魎たちと、酒盛りして、なんかしたんだよな……忘れた」
「……お前、何やってんだよ」
「そしたらさぁ〜、そいつに捕まってさぁ〜」
レムは、ついこの間のような口ぶりで続けた。
「そんなに酒が好きなら、ここで沈んでろって言って、酒の池に沈められたんだよな〜。
いや〜参ったよ」
「しばかれてんじゃねーか」
「そうなのか?じゃれあいだろ。しかし、あの酒はもう見たくないな……」
レムは、“うぇ〜っ”と舌を出す。
「酒ってこれか?」
タケルが、清酒を取り出すとレムの前に置く。
「うげ〜これだよ!散々飲んだあとに、沈められたんだ。しかも、神に捧げるやつだって言って、霊力半端なかったな〜」
危うく召されるところだったと、眉をひそめながら唸った。
「レム、日本酒嫌いなの?」
ユー子は、不思議そうに訊ねた。
「嫌いって訳じゃないが、悪酔いするんだよ」
「でも、このお酒も霊力入ってる」
ユー子は、じーっと酒を眺めた。
「……ユー子、やっぱり君は……」
タケルがつぶやいた、その先は、給湯器の「お風呂が沸きました」の声で途切れた。
「じゃあ、俺は風呂入ってくる……。好きに過ごしてもいいが、二階には行くなよ」
ユー子は、二階の妙な気配を思い出した。
(このお酒と似ている……)
「行かないさ……あの空気……神域だろ?」
レムはタケルを見ずに、さらりと応えた。
「はは……悪魔とは凄いなぁ……宗派は関係ないのか」
「ふんっ……日本の神々を怒らせたらどうなるかは、分かっているさ。優しい顔をして向かい入れてくれるが、ルールを破れば痛い目に合う」
レムの顔が曇る。
「……痛い目……あったんだな」
「二階には行かないさ。というか、行けない……。タケルの守護は強い」
レムは、ふわりと猫の姿になるとソファで丸くなる。
どうでも良さそうに、欠伸をすると丸くなって寝始めた。
「タケル、ゆっくりしてきて。私、隅っこでいい子にしてるね」
ユー子は、部屋の隅に移動すると、スマホをいじりだした。
*****
タケルが風呂に入っている間、ユー子は今日撮った写真を見返していた。
空港で撮った三人の自撮り。
黒猫。
自分の姿。
どれもはっきりと映っている。
きれいに笑えてるかな。
私って、こんな姿だったんだ。
忘れてた。
自慢の長い髪も、ワンピースも、あの頃のまま。
あの頃……。
忙しかった。
寝る間も惜しんで働いた。
寝るのは移動の車の中だけ……。
可愛い。
きれい。
そんな声も苦しかった。
それよりも……。
楽しかった。
面白い。
遊ぼう。
きっとそう、言われたかった。
怖い!
びっくりした!
そうやって存在を認めて貰いたかった。
ほんとうのわたし、どんなひと?
ユー子は、膝をかかえながら、スマホをそっと伏せた。
レムは、昔、江戸で日本の神様を怒らせて、数十年ばかり地中に埋まりました。
なので、神域にはちょっとビビっています。
タケルの家の二階には、神棚と仕事部屋があります。
どうやら、ちゃんと仕事をしているようです。




