第十話 動かぬ理由
風の刃に面喰ったサタナエルの元に、ルシフェルが一瞬にして飛び迫り、サタナエルの首元に鋭い爪を閃かせて横に薙ぐ。
サタナエルの首元から血が噴き出し、首が胴から離れ落ちて王冠と共に床に転がった。
ルシフェルは手を緩めず、サタナエルの体を右手で貫いた。
「あれでは幾らサタナエルと云え、生きておれまい」
「どうじゃろうな」
「いや駄目だ。早く離れないと」
ヴェールとアスタロトの危惧はルシフェル自身も認識し、直ぐにサタナエルの体から腕を引き抜こうとしたが、首を失っているサタナエルの両手がルシフェルの腕を摑んだ。
対処する間もなくサタナエルの手が閃光を放ち、ルシフェルの体に激しい電撃が流れ込む。
声は上げないながらも苦悶の表情を見せるルシフェルの前でサタナエルの体の首元が蠢き始め、徐々に隆起すると共に二本の角が生え、それは新たなサタナエルの頭となった。
「分からぬ奴だ。私は不死身だと云ったではないか。やはり図に乗っておるのは貴様のようだな。勿論、死ぬのもな!」
サタナエルの手の輝きが増すと共にルシフェルの体に流れる電撃も増し、ルシフェルの体から火花が飛び散る。
これには堪らずルシフェルの口から悲痛な叫び声が洩れる。
「もっと苦しめ。叫べ。そして死ね」
楽しげな笑みを見せるサタナエルの顔に、ルシフェルは必死に痛みを堪え、サタナエルを睨み付ける。
「こっ、この程度で死にはせぬわ!」
強く握った拳をサタナエルの顔に叩き込んだ。
サタナエルの顔が大きくのけ反ると共に摑んでいる手が緩み、ルシフェルはサタナエルの体から手を引き抜いて床に倒れると同時に横転してその場を離れる。
「まさか、今の痛みに耐えられるとはな」
サタナエルは足元に転がっている王冠を拾い、被り直す。
「拷問牢獄で受けた衝撃に比べれば、貴様の痛みなど取るに足らぬわ」
ゆっくりと立ち上がるルシフェルの足の少しのふらつきが、今の言葉が強がりだと告げていた。
ただ、それ以上に得たものは大きかった。
「何故だ。何故追い打ちをかけて来なかった。その機会はあったはずだ。余裕か? いや違う。そう云えばアスタロトは奴が玉座から全く動かぬと云っておったな。だとしたら、奴にはあそこから動けぬ何かが……もしや!」
ルシフェルは急に後ろを振り返る。
「ルキフグス、玉座だ。玉座の下を割れ!」
「玉座の下だと?」
「玉座の下だ。早くしろ!」
「なんだか分からぬが、邪魔になるからそこを退け!」
言われるままに斧を振り上げたルキフグスは、力一杯床に叩き付けた。
床が大きく割れ、そこから前方に亀裂が走り、飛び退いたルシフェルの横を一気に駆け抜け、一直線にサタナエルが立つ玉座に向かって走る。
亀裂が走る速さはかなりのものだったが、玉座までの距離を考えればサタナエルが十分躱せるものだ。
ところが、サタナエルは玉座の前から動こうとせず、ただただ狼狽える。
遂には亀裂が足元まで来ても動かず、亀裂が足元で途絶えた刹那、急に苦しみ出した。
「やはり、そう云う事か」
何かを確信し、ルシフェルはまた後ろを振り返る。
「ルキフグス、何をしている。もう一度だ」
ヴェールとアスタロトと共に、訳が分からずに呆然と立っているルキフグスに声を掛けたその時、突然床が揺れ始めた。
いや、床だけでなく部屋全体が揺れている。




