最終話 無駄な戦い
崩れた壁の向こう側には森が広がり、外から差し込んできた薄明かりが部屋全体を照らし出す。
部屋のあちらこちらには、ルシフェルが部屋に入って来た時に襲って来て返り討ちにされた悪魔達が横たわっている。
「邪魔をするなと云ったはずだぞ」
「邪魔などしておらぬ。ただお前に、これが無駄な戦いだと云う事を分からせる為にやったまでじゃ」
「だから、どう云う意味だ?」
「それはアスタロトの体を見れば分かるじゃろうて」
ルシフェルは訝しげに視線を前に向けた。
亀裂を挟んだ先に居るアスタロトはしゃがんでいた。息は弾み、槍をまた床に落としている。その姿は柱の陰となり、見え憎かったが、雷鳴と共に飛び込んで来た雷の閃光がその姿を浮かび上がらせた。
「あれは……!」
アスタロトの体には、ルシフェルの爪によって詰められた傷が無数にあったが、肌には焼け爛れた跡がある。
「アスタロトはその体を隠して戦う為に、こんな暗がりの部屋を選んだのじゃろう」
ヴェールがルキフグスと共にルシフェルのもとに歩み寄って来る。
「お主がこの城から逃亡した時、追って行ったアスタロトに瀕死の重傷を負わされ、川に落ちたそうじゃな。その時、アスタロトはお主の死を確認しなかったとしてサタナエルの怒りを買い、その罰として自ら拷問牢獄に入ったのじゃよ」
「自ら拷問牢獄に入っただと?」
「それも、お主が入っていた時と同じ五日間な。それも出て来て間もないから、ほれ、その姿じゃ」
「貴様など、この体で十分よ」
「貴様、本気でその体で我に勝てると? 馬鹿にするでないわ!」
飛び出そうとするルシフェルの足をヴェールの足の数本が絡んで止める。
「止めよと云うに。先程も云ったが、死のうとしておる者を殺しても、お主の願いは叶うまいて。アスタロトよ、お主もいい加減に本当の事を話したらどうじゃ? 儂が居る以上、お主らを戦わせはせぬぞ」
「どうやらここまでか」
少し息が整った様子のアスタロトは、槍を拾い、ゆっくりと立ち上がる。
「やはり気付いておったのか。ここまで順調に来ていたと云うのに、まさかお前が牢から出て来るとは予想外だ」
「どう云う事だ? 分かるように説明しろ」
訊ねるルシフェルの声には、まだ苛立ちが見える。
「奴は進んでサタナエルの下僕になった訳ではないと云う事じゃ。それどころか、未だサタナエルを恨んでおるはずじゃ。違うか?」
「そうだ。俺はサタナエルに忠誠など誓ってはおらぬ。俺の下僕を……下僕を皆殺しにした奴になど、忠誠を誓えるはずがなかろう」
アスタロトが持つ槍は、怒りで小刻みに震えている。
「ならば何故死を選ばず、奴の下僕となった?」
今一度訊ねる声から、苛立ちは消えている。
「出来れば私も下僕と共に死にたかった。下僕とした約束さえしなければな」
「約束?」
「こうなった以上、全てを話さなければならぬか」
アスタロトは少し顔を上げ、虚空を見詰める。
《第六章へと続く……》




