第一話 敗走
アスタロトの城が燃えていた。
至る所から火の手が上がり、今にも城全体を覆わんとしている。
城内には夥しい数の悪魔達の屍が横たわり、今も尚、戦いが繰り広げられている。
鬼気迫る大声、槍で突かれ、剣で斬られ、また、爪で引き裂かれて斃れて行く断末魔の叫び声が、城のあちらこちらで聞こえる。
そんな中、五匹のガーゴイルに囲まれて通路を逃走するアスタロトの姿があった。背中には愛用する槍が、そして頭には、今は無き王の証たる王冠が乗っている。
「待て!」
後方から斧を肩に担いだ三匹のゴブリンが追って来る。
「ここは我等が引き止めます」
二匹のガーゴイルが足を止め、後ろを振りかる。しかし、背後から間を割ってアスタロトが躍り出る。
「ここは俺に任せろ」
「お待ち下さい! 陛下は早く城の外へ!」
下僕達が前に廻ろうとするが、アスタロトに槍の穂先を向けられ、動きが止まる。
「俺の方が早く片が付くであろう。任せておけ」
アスタロトは迫り来るゴブリン達に向かって飛び出す。
その速さたるや、ゴブリン達に斧を振るう間も与えずにその間を一瞬にして駆け抜けた。
ゴブリン達は動きを止め、アスタロトの方を振り返る事無くその場に倒れてしまった。
横たわる三匹全てのゴブリンの体には、大きな風穴が開いている。
「陛下、早くこちらへ!」
「いや、俺はもう逃げぬ」
アスタロトは槍を背に戻す。
「やはり俺には、今必死に戦っておる下僕達を残して逃げる事など出来ぬ」
「何を仰せです。皆、陛下が逃げる為に戦っているのですよ」
「そうです。ここは一先ず逃げて、また多くの仲間を集ってから殺された仲間の敵を討つべきです」
「お前達が何と云おうが俺は戻るぞ。他の者を見殺しになど出来ぬ。例えこの身が果てようともな」
元来た通路を戻ろうと歩み出した足を止めたのは、新たなる声であった。
「戻る必要はないぞ」
何処からともなく聞こえて来た声。しかし、辺りを見廻しても誰の姿もない。
「何処に居る……?」
突然床が揺れ出したかと思うと、アスタロトと下僕達の間の床が隆起し、床を割ってその下から一匹の悪魔が姿を現した。
「サタナエル!」
その頭に王冠こそないものの、アスタロトが嫌悪の眼差しを向けるその相手は、サタナエルであった。




