第十話 急げ!
ルキフグスは頭上に振り上げた斧を、目の前にある魔剛石で作られた錠前に向かって勢い良く振り下ろす。
錠前は甲高い金属音と共に真っ二つになって床に落ちた。
扉を開け、その巨躯を小さくして下りの中に入ると、そこに鎖で繋がれたヴェールの姿があった。
「待たせたな」
「待たせ過ぎじゃ」
ルキフグスはヴェールに歩み寄り、その目の前で徐に斧を振り上げた。
「動くなよ」
ヴェールに向かって斧が振り下ろされた。
再び牢獄に甲高い金属音が鳴り響き、ヴェールの体を全く傷付ける事なく体を縛る魔剛石の枷の前部にだけ縦に一線走り、枷が外れて床に落ちた。
「誠に助かった。必ず来てくれると信じておったぞ」
感謝の言葉にも、ルキフグスの表情は曇る。
「その件に関してはまず謝らなくてはならぬな」
「謝るじゃと? どうしてじゃ?」
「少し事情があってな。最初はここに来る事を断った」
ルキフグスは亡国となった自らの国の経緯を包み隠さずに話した。
「……そうか、儂の国も大変じゃったが、儂が牢に入れられておる間にお主の国も大変じゃったのだな。じゃが、ならばどうしてここに来たのじゃ?」
ルキフグスは斧を床に刺して立て掛け、首に下がるペンダントを外してヴェールに差し出した。
「こいつだ」
ヴェールは木の根のような足の一本でペンダントを受け取り、左側の蛙の頭の口の中に放り込み、飲み込んだ。
「お前が儂の元に寄越した奴の御蔭で考えが変わったのだ」
「ほう、そうか。お主もあ奴に何かを感じたのじゃな」
「ああ、何かは分からぬが、とても不思議な奴だ」
「それで、今何処に居るのじゃ?」
「サタナエルより先に決着を付けねばならぬ奴が居ると云って、先を急ぎおった」
「いかん!」
突然ヴェールが上げた大声に、ルキフグスだけでなく他の牢に入れられている悪魔達も驚く。
「あ奴とアスタロトを戦わせてはならぬ」
「アスタロトだと? まだ生きておったのか」
アスタロトの国が滅びたと言う報告は、周りの国なら知っていて当然の事実であった。
ただ、サタナエルの下僕になっている事は、近辺の国でしか知られていなかった。
「奴が決着を付けようとしておるのはアスタロトなのか? しかし、どうして奴とアスタロトを戦わせてはいかぬのだ?」
「理由は後じゃ。今は━━」
話し出すより早く無数の足で歩み出そうとするヴェールだが、体全体を襲った激痛が足を止める。
「長い間雷を受けてきた影響か。体が思うように動かぬ」
「大丈夫か?」
「ルキフグスよ。儂を奴とアスタロトの元に連れて行ってくれ。頼む」
「任せておけ」
ルキフグスは斧を床から引き抜いて肩に担ぎ、空いている左手でヴェールの中央の頭の後ろ首を摑んで持ち上げる。
「急いでくれよ」
「だったら少し揺れるが、我慢せいよ」
ヴェールを抱えたまま牢を出たルキフグスは、他の牢から「出してくれ!」と叫ぶ悪魔達の声に脇目も振らず、駆け去って行った。




