第六話 語らいの夜
傷の治癒を終えたルシフェルが、用意された部屋のベッドで横になっていると、部屋の扉をノックする音が聞こえて来る。
「誰だ?」
「妾じゃ。入っても良いか?」
ルシフェルは体を起こし、足だけを床に下ろす。
「前にも云ったが、ここはお前の城であろう。勝手に入れ」
扉を開けて入って来たプロセルピーヌは、前と同じく外に居る護衛の悪魔達に部屋には護衛を含めて誰も入れるなと釘を刺してから扉を閉めた。
「勝手に入れとは相変わらず素っ気ない返事じゃな」
話しながら奥の窓まで歩を進め、そのまま窓を開けてバルコニーに出て深呼吸する。
「どうじゃ? お前も外の空気を吸わぬか?」
ルシフェルは腰を上げ、バルコニーに出てプロセルピーヌに並んで止まる。
「どうした。吸わぬのか?」
「魔界の空気が美味いとは思えぬが」
「確かに天界に比べると、ここの空気は美味いとは云えぬであろうな」
それを受けてルシフェルは沈黙する。
訝しげに横を見ると、上空に向けられたルシフェルの顔には、口惜しさが見て取れた。
「済まぬ。そう云う意味で云った訳ではないのじゃが」
「気にするな。その事は何れ決着をつける。それより今日は何の用だ?」
「サタナエルの事じゃ。今の内に決めておこうと思うてな。本来なら総力を持って攻めたい所なのじゃが、周りには少し遠いとは云え、まだ他にも国がある。いつ攻めて来られるか分からぬ。そうスキュラが申しておるのでな」
プロセルピーヌは後ろを向き、少し歩を進める。
「先程も色々と口を挟んでおったが、気にしないでくれ。あ奴も良き奴なのじゃが、忠義が強い上に心配性でな」
「心配されぬよりましであろう。だが、余り冷たくすると信頼を失う事になるぞ」
「お前に云われずとも分かっておるわ。それよりもサタナエルの事はどうする?」
「サバタイの国を攻めた時の三匹に加え、カレガタナスを加えた四匹で攻めると云えれば良いのだが、下僕の数はサタナエルの国の方が圧倒的に多い。まあ、下僕だけなら四匹で何とかなろう。問題なのはサタナエルとアスタロトだ。直に戦ってみて力はサバタイとカレガタナスよりも間違いなく上だ。今回ばかりは少し下僕を借りなければならぬ」
「数にもよるが、もうサバタイもおらぬ故、少しなら問題なかろう。この国を狙う国はまだまだある故に、スキュラがごねるかもしれぬが」
「ごねるほどの数は云わぬつもりだ」
「助かる」
「話はそれだけか?」
「いや、もう一つある」
プロセルピーヌは再びルシフェルの横に並ぶ。
「もしサタナエルに勝った後、お前はどうするつもりじゃ? まさか、ここには戻って来ずにそのまま行ってしまうつもりではあるまいな」
ルシフェルの返事はない。
ただ、訊かずともそれで十分であった。
「やはりそうか。お前の性格じゃ。薄々は感じておったが」
「それで、別れを云いに来たのか? この国を守ると云う約束を果たすのだ。何を云おうとここには戻って来ぬぞ」
「別れなど云わぬ」
少し震えている声にルシフェルが横を向くと、プロセルピーヌが潤んだ目を向けていた。
「お前は魔王になったら妾を妻にすると申したな」
ルシフェルは戸惑いながらも頷いた。
「ならば、その時には戻って来ると云う事であろう。じゃが、今ここで別れを云ってしまえば、もう二度とお前が戻って来ぬ気がするのじゃ」
目に溜まっている涙が堪え切れずに溢れだし、雪のように白い頬を伝う。
ルシフェルはプロセルピーヌの肩を摑み、抱き寄せる。
「お前が魔王となり、妾を迎えに来る時を待っておるぞ」
「余計な心配を。我は必ず魔王となり、お前を迎えに帰って来る。安心して待っておれ」
プロセルピーヌを抱くルシフェルの腕に力が入る。
「今夜はここに居っても良いか?」
「何度も云わせるな。ここはお前の城であろう。好きにしろ」
「本当に素直でない奴じゃ」
ルシフェルの頬にも熱いものが伝っていた。




