第九話 違い
「お、おい。後ろ!」
マルコキアスが呼び掛けるが、ルシフェルは動かない。
それどころか振り返りもしない。
背後まで迫ったルキフグスが、斧を振り下げた刹那、ルシフェルが言った。
「我も仲間に裏切られた」
斧はルシフェルの頭を割る寸前で止まった。
「神々に戦いを挑んだ時、その事が事前に漏れていた。誰かが裏切ったのだ。誰かは判らぬが、お前のように信頼しておった誰かにな。その為にこんな所に堕とされ、こんな姿にさせられた」
ルシフェルはゆっくりと振り返り、ルキフグスを睨み付ける。
「だが、お前とは違う」
迫力のある眼光、力のあるその声に、固まったまま動かないルキフグスの手から斧が溢れ落ち、床に突き刺さる。
「我はまた天界に戻るつもりだ。そして再び神々に挑む」
「天界に戻り、神々に挑むだと? 何を馬鹿な。そんな事が出来るはずがない」
「出来ぬかどうか、やってみなければ分からぬではないか。何もせず、ここに閉じ籠もって居るお前では無理であろうがな」
「では訊く。先程から気になっておったが、そちらのお前、マルコキアスではないのか?」
「そうだが」
「マルコキアスと云えば、プロセルピーヌの重臣であろう。ならば、お前は何者だ? あの国にお前のような重臣が居るとは聞いた事がない。ただの下僕か? そうとも見えぬが」
「下僕ではない。今は訳あって手を貸しているだけだ。我はここに堕ちて来て間もないのでな」
「堕ちて来て間もないだと?」
ルキフグスは哄笑する。
「では、お前は悪魔になって間もないのか。それでよくそんな大口が叩けるものだ。まだ下僕も居らぬであろうに」
「今はな。だが、何れ多くの下僕が集う程になる。そして魔王となる」
「魔王とな。これはまた大きく出たな」
「信用しなければそれで良い。笑いたければ笑え。塞ぎ込んでこんな所に閉じ籠もって居る奴にどう思われようと痛くも痒くもないわ」
「何を!」
ルキフグスは床に刺さる斧の柄を摑む。が、
「天使でも裏切るのだ。悪魔が裏切っても不思議はなかろう。況してや自ら王になろうと野心を抱いて何が悪い?」
言葉の一つ一つが胸に刺さり、斧が引き抜けない。
「お前はヴェールが信頼しておった。だから我も信頼出来ると思って力を借りに来たが、現実から背を向けて逃げるような奴を信頼出来ぬわ」
斧の柄を持つルキフグスの手は怒りに震えていた。が、その巨躯は力なく膝から崩れ落ちた。
「帰るぞ、マルコキアス」
「いや、その……」
マルコキアスはまだ未練がありそうだったが、先に王室を出たルシフェルを追って出て行った。
「ここに堕ちて来て間もない奴が何故斬れぬ? そもそも何故そんな奴がプロセルピーヌやヴェールと知り合いなのだ」
ルキフグスは左手に持つペンダントを見詰める。
「ヴェールよ、お前は儂にどうしろと云うのだ? 何故あんな奴を儂の元に寄越したのだ? 教えてくれ……」
自問するようにペンダントを握り締めた。




