第九話 交渉
「お前の城であろう。断る事もあるまい」
扉を開けて入って来たプロセルピーヌの背後には、二匹のゴブリンと三匹のガーゴイルが護衛に付いている。
バルコニーで背を向けて立つルシフェルの姿を認めたプロセルピーヌは、護衛達の方を振り返る。
「お前達は外で待っておれ」
護衛達は顔を見合わせる。
「何を仰せです。奴と二匹になるのは危険です」
「そうです。用が終わるまで我等もここで待っております」
「忠義は嬉しいが妾なら大丈夫じゃ。それほど柔でない事はお前達も分かっておろう」
「ですが━━」
「これ以上は心配無用じゃ。それでもと云うなら、今後の護衛を下りて貰うぞ」
語気を強めるプロセルピーヌに、護衛達は今度は困り顔を見合わせ、それ以上意見する事なく、渋りながらも部屋から出て扉を閉めた。
「聞き耳を立てるでないぞ」
扉越しに念を押してからゆっくりとバルコニーの前まで歩を進めて止める。
「隣に行ってもよいか?」
「勝手にしろ」
バルコニーに入り、ルシフェルとは少し離れて立ち止まる。
「良いのか?」
先に切り出したのはルシフェルだ。
「何がじゃ?」
「護衛を全て外に出した事だ」
「忘れたのか。妾を襲おうとしても、そなたの動きを止める事は造作もない事ぞ」
プロセルピーヌは錫杖の先で床を軽く叩く。
「図に乗るでないわ。傷を負っておらねば、お前の力など簡単に返せるのだからな」
「本当に大口を叩く奴じゃ。じゃが、今の云い草じゃと今はまだ妾の力が利くと云う事じゃな」
返す言葉がない。
口ではプロセルピーヌの方が一枚上手か。
「一体何をしに来た? そんな事を言いに来た訳ではあるまい」
「申したき事は一つじゃ。妾の為に、いや、この国の為に力を貸してくれぬか? 今この国は本当に苦境に立たされておる。それ故、お前の力が必要なのじゃ。頼む」
「何を云いに来たのかと思えば。その事はもう終わったはずだぞ。第一、我はまだ戦いを続けさせろと云ったが、我の勝ちだと終わらせたのはお前ではないか」
「確かにそうじゃ。じゃが、スキュラを圧倒しておったあの力を見せられては益々その力、この国の為に必要と思うたのじゃ」
「どうしてそこまで我に頼もうとする? 確かに我には力がある。だが、まだ堕ちて間もない我の力ならば、他に頼む相手も居ろう。出会って間もなく、スキュラとやらが嫌悪する我よりも、少しは信頼しうる相手がな」
プロセルピーヌは深く溜息を吐きながら頭を振る。
「この魔界には、そうそうとそんなに信頼し得たる者は居らぬ。況してや、お前も云っておったように女の悪魔が君主では無理じゃ。ただ、お前なら信じられる気がしてな」
「何を根拠に?」
「根拠か。あえて云うなら妾とお前の境遇が似ておるからか」
「境遇が似ておるだと?」
「先程お前は魔王になると云うておったな。お前の事じゃ、サタナエルに下僕となるよう誘われた時、同じ事を云ったであろう。そして笑われたのではないか?」
ルシフェルの返事はない。
「黙っておる所からすると図星か。その時の気持ち、妾にも良く解るぞ。妾とてまだ一介の悪魔の時に散々笑われたからな。女の悪魔が君主になどなれるものかとな」
プロセルピーヌの顔が屈辱と苛立ちの表情に染まって行く。
「どうにか見返してやろうと、妾は必死になって下僕を集めた。いや、お前の申した通り、集めたのではなく妾に賛同してくれる者達が集まってくれたと云うべきか。やっとの思いでこうして一国の王となれたのじゃ」
「何れ我もそうなる。それも一国の王ではなく、この魔界の王とな」
「お前ならやれそうな気がするから不思議じゃな」
「気ではない。そうなるのだ」
「おお、気分を害したのなら済まぬ。じゃが、如何なお前でもそう簡単ではないぞ。君主になった妾とて、こうして今困っておるのじゃ。下僕も少なく、女の悪魔が君主なら容易く落とせるとサバタイが攻め入って来る始末。何れサタナエルも攻め入って来よう。出来ればその前にサバタイを何とかしたいのじゃ。その為にはどうしてもお前の力が欲しい。何とか力を貸してくれぬか?」
「事情は分かった。が、我の考えは変わらぬ」
「そうか、無理か。これほど頼んで駄目というなら仕方あるまい。邪魔をしたな」
肩を落とし、プロセルピーヌはバルコニーを去ろうとする。が
「待て」
呼び止める声に歩みが止まる。




