第八話 治療
ルシフェルに用意された部屋は、急遽用意された物とは思えないほど豪奢な一室であった。
石畳の床には血のように赤い絨毯が敷かれ、壁際に置かれた天蓋付きのベッドはルシフェルの巨躯でも余る程に大きい。
壁に掛けられている絵は見事なもので、魔界の何処かの森の風景が描かれているが、写真と見紛う程だ。
部屋に入ったルシフェルは扉を閉め、スキュラとの戦いの疲れを癒やそうと真っ直ぐベッドに向かい、腰を下ろす。
そのまま横になろうとするが、扉をノックする音が止める。
「誰だ?」
「グライアと申す者に御座います。女王様の命により、あなた様の傷の治療に参りました」
扉の向こう側から嗄れた老女の声が聞こえて来た。
「きっちり約束を守るか。律儀な奴だ。入れ」
扉がゆっくりと開き、それほど開くのを待たずに開いた隙間から鮮黄色の衣に身を包んだ三匹の悪魔が列を成して入って来た。
長い灰色の髪で顔は見え難いが、後ろの悪魔が前の悪魔の衣を摑むその手は皺だらけで、先程の声からしても老女だと判る。
よく見ると、先頭の老女が顔の前に出している右の掌の上には、眼球が黒目を前方に向けて乗せられている。
その後ろの老女は小瓶を、更にその後ろの老女は真新しい包帯を空いている手に持っている。
先頭の老女がルシフェルの前まで来て歩みを止め、後ろの老女達は衣を摑んだまま左横に並ぶ。
「右に居るのが姉のエニュオで、左に居るのがディノ。そして儂がペンプレドと申しまして、三匹合わせて老女と呼ばれておりまする」
真ん中に居る老女、ペンプレドが言う。
「これから治療をさせて貰いまするが、なにぶん三匹に眼と歯が一つずつしかありませぬ。少し失礼があるかも知れませぬが、ご容赦願いませ」
「前置きが長い。早くしろ」
グライアはベッドに腰掛けるルシフェルに歩み寄り、まず眼を持つエニュオがルシフェルの体に巻かれている包帯を取る。
次にペンプレドから歯を受け取ったエニュオの指示に従って、ペンプレドが小瓶の中の塗り薬を手探りでルシフェルの足や腕など全身の傷口に塗って行く。
薬を塗り終えると、最後にディノがエニュオの指示でルシフェルの体に真新しい包帯を巻いて行く。
失礼どころか、実に手際よく治療を終えた。
「それではこれで、失礼致します」
再び歯を受け取ったペンプレドが言うと、グライアは入って来た時と同じように列を成し、前のグライアの衣を摑んで出て行った。
それから直ぐに薬の効果が表れた。
アスタロトやスキュラに付けられた傷の痛みが引いて行くのが分かる。
「こいつは凄いな」
ルシフェルは、部屋の奥にある大きな窓の外がバルコニーになっているのを見て、ゆっくりと腰を上げる。
「まだ眠る気分ではないな」
窓を開け、バルコニーに出る。
手摺を摑み、見上げた空は永遠に晴れる事のない分厚い灰色の雲に覆われ、朝、昼、夜と、時間と言うものを失っていた。
「愚かなる神々よ。我は必ずや天界に戻る。その時は……その時は我をここに落とした事を後悔させてくれるぞ」
握った拳が小刻みに震える。
「だがその前に、この魔界を手中に――」
再び扉をノックする音が聞こえて来た。
「今度は誰だ?」
度重なる訪問に、その声に苛立ちを露にする。
「妾じゃ。入っても良いか?」
プロセルピーヌの声だった。




