第七話 勝者なき決着
「水の中なら我等の天下ぞえ」
「じゃが、このまま勝ってしまえば、こやつの力を借りる事にならぬかえ?」
「このまま殺してしまえばよい事ぞ」
「それは良き案じゃ」
スキュラはルシフェルの体を締め付けながらゆっくりと沈んで行く。
直ぐに底に辿り着いた。
ルシフェルは体を激しく動かしてスキュラの尾から逃れようとするが、逆に尾は更に体を締め付ける。
「暴れれば暴れる程に尾はお前の体を締め付けるのだ」
「もっと踠踠き苦しめ。そして死ぬが良い」
ルシフェルの口から空気が洩れる。
プロセルピーヌは玉座に続く階段の上で、ルシフェルとスキュラが落ちた辺りの水面を見ていた。
どちらの物か、気泡が次々と上がって来るが、直ぐに変化が生じた。
底の方から浮んで来た黒い血が水面に広がった刹那、小さな渦が現れ、それが徐々に大きく広がり、水面全体に広がって行く。
大きくなった渦の中心からスキュラが投げ出されるように勢い良く飛び出して床に叩き付けられ、その後を追ってルシフェルも飛び出し、こちらは静かに床に降り立った。
次第に渦は消え、更に底から長い物が徐々に浮かび上がって来た。
水面に現れた黒い長いそれは、スキュラの尾であった。
「そちらが言い出した戦いだ。尻尾を切ったからと云って文句は無かろうな」
「何を自慢げに」
「高々尻尾を引き千切った程度で図に乗るでないわ」
「見るが良い」
黒い血が流れ出ているスキュラの尾の断面が蠢き始め、内部から新しい尻尾が一気に飛び出し、血も止まった。
「我等の尻尾は切られても直ぐに再生する」
「幾ら切ったとて無駄じゃ」
「そうでもなさそうではないか」
スキュラの六つの頭は笑みを見せてはいるが、見て判る程にその息は上がっていた。
「この程度でもう勝ったつもりか」
「甘いぞえ」
新たに生えたスキュラの尾が動き出すより早く、プロセルピーヌの声が割って入る。
「そこまでじゃ! もう勝負は決した。スキュラ、お前の負けじゃ」
「どうしてです?」
「我等はまだ戦えまするぞ」
「お前には水上で戦うようにと云ったはずじゃぞ。それを破り、水に入った時点でお前の負けじゃ」
「あれは故意ではなく、成り行きです」
「妾の目を誤魔化せると思うのか?」
「ですが━━」
「これ以上恥をかかすではない!」
「そう言うつもりでは……分かりました」
「ちょっと待て。それでは我の気が済まぬ。我はハンデなどいらぬと云ったはず。このまま続けさせて貰うぞ」
ルシフェルは構わずスキュラに向かって歩み出そうとするが、直ぐに歩みが止まった。いや、その動きさえも。
「体が動かぬ。どうしたと云うのだ……?」
「どうじゃ。一歩も動けまい」
辛うじて動く視線を上に向けると、プロセルピーヌが錫杖の頭をルシフェルに向けていた。
「これはあいつの力だと云うのか……」
「お前の勝ちだと云うておるのじゃ。それで良かろう。それでも駄目だと云うなら、このまま殺す事も出来るのじゃぞ。さあ、どうする?」
ルシフェルは必死に体を動かそうとするが、やはり指一本動かせない。
「……止むを得まい」
プロセルピーヌが錫杖を引くと、今まで全く動かなかったのが嘘のようにルシフェルの体は自由になった。
「約束通り、この城で傷を癒すが良い。部屋を用意させるので暫し待て」
話がまとまり、スキュラはすごすごと水の中に戻って行くが、その六つの頭の全てが納得した顔をしていなかった。
ルシフェルもまた、部屋が用意されるまでまるで敗者のような顔でずっと黙ったままだった。




