第六話 スキュラ
「そこに居るスキュラとどちらかが動けなくなるまで戦い、スキュラが勝てば妾が申した条件を全て飲んで貰う」
「我が勝てばどうなる?」
「そなたの傷が完治するまで城に居る事を許そう。その間、傷の治療に全力を尽くさせる。傷の完治が早ければ、サタナエルに借りを返すのも早くなろう。どうじゃ? 己の力に自信があるのなら悪い話ではなかろう」
「上手い申し出だな」
最後の言葉で断れなくなった。
断れば己の力に自信が無いと言っているようなものだ。
「いいだろう」
「スキュラ、お前達も異存はなかろう。直に戦ってみれば其奴の力も分かるじゃろうて。文句があるのならば、その後でも良かろう」
「分かりました」
一つの頭が同意の言葉を口にすると共に他の五つの頭も頷いて見せる。
「ほう、六対一か。丁度良いハンデだな」
「何を云っておる。お前はまだ万全の体をしておらぬのに、ハンデを付けるのはこちらの方じゃ」
「何ぃ?」
プロセルピーヌの言葉に、ルシフェルは眉を顰めると共に怒りを見せる。
「スキュラは水中の方が戦いやすい。そこで、スキュラには水に入る事を禁ずる。良いな?」
「承知しました」
声を揃えた六つの頭が一斉に勢い良く上方に持ち上がり、その下から水飛沫を上げて黒く巨大な物体が水の中から姿を現した。
現れた漆黒の巨大な物体がルシフェルの前の床に乗り上げ、重量感のある音を響かせると共に床を激しく揺らす。
「頭は六つなれど我等は一心同体ぞえ」
下半身は巨大な黒い蛇、上半身は豊満な胸を持つ女のそれに似ていたが、肌の色は下半身と同じ黒く染まり、蛇の鱗のような物が見える。
両手の五指に生える爪は獣のそれと同じく鋭く尖り、体から六つに分かれて伸びる長い首のそれぞれの先に、水面に浮かんでいた六つの頭があった。
ルシフェルもかなり大柄だが、対峙するスキュラの体は更に大きい。
「なるほど、確かに一対一だな。だが、我にハンデなどいらぬ」
「口だけは達者な━━」
スキュラの頭の一つが言い切る前にルシフェルは駆け出していた。
それも一瞬にしてスキュラに迫った。しかし、その右手が振り上げきる前に、ルシフェルの体は横に勢い良く飛ばされ、壁に激しく叩き付けられた。
背後にあったスキュラの尾が、いつの間にか前方に廻っていた。
「不意を衝いてその程度か。話にならぬ」
「こんな奴、力にはなりまえぬぞ」
次々と罵声を浴びせるが、ルシフェルが向けた鋭い視線に思わず息を飲む。
「高々一撃をくれたぐらいで図に乗るなよ!」
ルシフェルが大きく振るった右手が突風を巻き起こし、一直線にスキュラに吹き付けた。
単なる風━━スキュラが甘く見て無防備に身に受けたその風は、風の刃と化してスキュラの体を切り裂いて吹き抜けて行く。
スキュラの六つの頭が一斉に苦痛な声を洩らす間に、その視界からルシフェルの姿が忽然と消えた。
「スキュラ、何をしておる。上じゃ!」
頭の一つが見上げた時、既に降下して来たルシフェルが、右手の五指の鋭い爪を閃かせる。
プロセルピーヌの声で少し身を引く事が出来たが、胸元をルシフェルの爪が引き裂いた。
再び六つの頭から悲痛な声が洩れるが、スキュラもただでは終わらない。
スキュラは床に舞い降りたルシフェルの体に自らの尾を巻き付け、透かさず体を後ろに倒し、ルシフェル共々大きな水飛沫を上げて水の中に落ちて行った。




