第十話 驚くべき提案
「どうしたのじゃ? 考えが変わったのか?」
「条件によっては力を貸してやっても良い」
「条件じゃと?」
「何度も云うが、我は誰の下僕にもならぬし、誰の命令を聞くつもりもない。それは絶対に変わらぬ」
「それでは先程と変わらぬではないか。一体どうしろと云うのじゃ? 条件とは何じゃ?」
「……我の妻となれ」
「妻にじゃと!?」
「そうだ。妻となれば、誰の下僕ともならず、誰の命令を受ける事もなく、この国を守る理由が我には出来る事になろう。但し、妻となるのは今ではない。云った通り、我は一国の君主に納まるつもりはない。この魔界の魔王となるのだ。魔王となった暁に、お前を妻として迎えに来よう。どうだ?」
それを聞いたプロセルピーヌは、吹き出すように笑う。
「馬鹿にするでないわ! お前の為に云っておるのだぞ!!」
プロセルピーヌが笑うのを止めた直後、扉を激しく開いて護衛達が血相を変えて雪崩れ込んで来た。
「何事です!」
「ご無事ですか?」
「何でもない。外に出ておれ」
「ですが今の声は━━」
「何でもないと申しておる。妾の云う事が聞けぬのか? ここから出て行けと申しておるのだ」
大声ではなかったが、強い口調の叱責に、護衛達は慌てて部屋を後にした。
プロセルピーヌがルシフェルに目を遣ると、ルシフェルはそっぽを向いていた。
「勘違いしないで欲しい。今のは悪気があって笑ったのではない。気分を害したのなら謝る。許してくれ」
「それなら何故笑った?」
「益々お前が気に入ったからじゃ」
「気に入っただと?」
「妾には今までにも多くの求婚者が居った。しかもその多くは一国の君主じゃ。じゃが、その全てを断って来た」
「どうしてだ? 良い話ではないか」
「少しも良き話ではない。其奴等は全て、この国を無傷で手に入れようと求婚して来た者達じゃ。そんなに簡単に国を手に入れようとする小賢しい奴の妻になど誰がなるものか」
「ほう」
「そんな中で一匹も下僕を持たぬ者が求婚して来たのは初めてじゃ。その上、この国の君主にはならぬと云い、魔王となってから妻にすると云う。途方もない言葉のようで頼もしくもある」
「前置きは良い。それで、答えは?」
「勿論その条件、飲ませて貰うぞ。お前が魔王となりしその時には進んで、いや、こちらから妻にと願おうぞ」
「良かろう。それでは将来の妻となる君主とその国を、我が力で守って見せよう」
「決まったばかりで何だが、一つだけ訊いても良いか?」
「まさか、不服だと云うのか?」
「いや、願ってもない話じゃ。訊きたいのはお前の気持ちじゃ」
「気持ちだと?」
「妾を妻にと云うたのは、ただ単にこの国を守る口実か? それとも妾を……」
最後まで言い切る事が出来なかった続きの言葉は、その儚げに訴える眼差しがルシフェルに伝えていた。
ルシフェルは直ぐに視線を切る。
「何を訊くのかと思えば」
「そうじゃな。何を訊いておるのか。失礼した」
プロセルピーヌは表情を曇らせつつ踵を返し、歩み始める。が、
「まだ話は終わっておらぬぞ」
その声に再び歩みを止める。
「我も一つ訊く。この国を守っても我はこの国はいらぬと云った。その条件で我に何の得がある?」
「では……」
振り返ったプロセルピーヌの目の前には、いつ迫っていたのかルシフェルの顔があった。
驚く間もなくプロセルピーヌの唇に温かい物が重なった。
拒むことなく大きく目を見開いたプロセルピーヌの手から錫杖が溢れ落ちる。
床に落ちる寸前、素早く身を屈めたルシフェルが受け止める。
「音を立てればまた外の連中が入って来るぞ」
放心状態だったプロセルピーヌは我に返り、恥じらうようにゆっくりと頷く。
雪のように白い頬は朱色に染まっていた。
立ち上がったルシフェルは、プロセルピーヌを抱え上げ、ベッドの上にゆっくりと下ろした。
錫杖を楚辺にある机に立て掛け、自らもベッドに上がった。




