第四話 罵倒と不信
「ところで、お前はどうしてサタナエルの手の者に追われておったのだ?」
「牢から逃げて来たからだ」
「牢から? はて、サタナエルは罪人を直ぐに殺すと聞いておったが」
「奴は我を下僕にしたがっておった。だが、それを断ったが為に牢に入れられたのだ」
「殺さずに牢に? それほどお前を下僕にしたいと申すのか。お前一体何者じゃ? その口調や態度からして一国の君主にも思えるが、そなたの姿、見た事も聞いた事もないが」
「それはそうだ。まだここに堕ちて来て間もないのだからな」
「堕ちて来て間もないじゃと?」
「女王様、先日堕ちて来た天使の群れに御座いませぬか?」
六つの頭の一つが言う。
「今までにないほどのあの堕天使の群れか? あの時サタナエルの国から一際大きな音が聞こえて来たと報告があったが、それがお前か。じゃが、あれだけの天使が堕ちて来るとは、天界で何があったのじゃ?」
プロセルピーヌが訊ねるが、それに対する答えはない。
「話したくないのなら構わぬ。ただ、堕ちて間もないお前を牢に入れてまで下僕にしようとは、解せぬ」
「ならばどうしてお前達は我をここに連れて来た? わざわざこうして傷の手当てをしてまで。サタナエルもそうだ。まだ悪魔の体に馴染めぬ我は不覚にもアスタロトに敗れた。必要が無ければ殺せば良いだけの話だ。しかも、サタナエルは下僕になればアスタロトと同じ地位をやると云いおったのだからな」
「何じゃと、アスタロトと同じ地位じゃと!?」
「それだけ我の力を認めたと言う事であろう」
「女王様、嘘に決まっておりまするぞ」
「アスタロトと申せば元は一国の君主。今はサタナエルの右腕として魔界に名を知られ、恐れられる悪魔に御座います。それが、まだ悪魔になってまだ間もない悪魔に同じ位置を与えるとは、とても思えませぬ」
「悪魔になってまだ間もないからではないか。我の力はこんなものではない。それが分かったからこそサタナエルはそう云う申し出をしたのであろう。だが、我は何れアスタロトを越える。サタナエルさえも、いや、この魔界で最も強くなる。そして魔王となるのだ。それが誰かの下僕にと云うのが間違いなのだ」
ルシフェルが話し終えるなり、水面の六つの頭が一斉に哄笑する。
「何が可笑しい!」
「たった一匹の悪魔がどうやって魔王となると言うのだ?」
「そもそもサタナエルの所から逃げて来るような者が魔王になるとは、これが笑わずにおられるものか」
「堕ちて来た時に頭でも打ったのではないかえ?」
次々と頭を変えて浴びせられる罵声は尚も続きそうであったが、プロセルピーヌの錫杖が床を叩く音が止めた。




