第八話 思わぬ助け
「見つければ手を出さずに知らせろと云っておいたであろう」
残っている悪魔達は、体を震わせて立ち尽くしている。
「お前達では敵わぬと直ぐに理解出来ぬのか」
情けないと首を振り、アスタロトはルシフェルに視線を移す。
「どうやら私が来る前に片を付けたかったようだが、少し遅かったようだな」
「馬鹿を云うな。貴様が居ようと居まいが何も変わりはしない」
「そう云う息は上がっておるのではないか?」
口だけではなく、その肩も目で見て判る程に揺れている。
「高々この程度の疲れ、どうと云うものではない。もう二度と捕まりはせぬわ」
「捕まえる? 違うな」
アスタロトは背中の槍を手にし、穂先をルシフェルに向ける。
「サタナエル様からお前を殺せとの命が出た」
「ようやく我を下僕とする事を諦めたか。懸命な選択だ。但し、殺されるのは我ではなく、貴様だがな!」
言い終えると同時にルシフェルが勢い良く振り下ろした右手の一振りが、突風を巻き起こした。
それも只の突風ではなく、アスタロトに吹き付けたその風は、まるで刃物に触れたが如くアスタロトの皮膚を引き裂いて行く。
「この力、あの時無意識に見せた…!」
アスタロトは堪らず目の前で両腕を交差させる。
直ぐに風は駆け抜け、腕を解くが、目の前には猛然と迫って来たルシフェルの姿があった。
ルシフェルが振るった右手の爪を、アスタロトは飛び上がって躱そうとするが、胸元を掠める。
顔をしかめつつもそのまま飛び上がり、ルシフェルの頭上を越えて背後に廻り込み、槍を突き出した。
ルシフェルは咄嗟に反転しながら身をよじるが、脇腹を槍が掠める。
更にそのまま横薙ぎに振るわれた槍が傷付いた脇腹を殴打する。
ルシフェルは吹っ飛ばされ、木に激しく体を打ち付けて倒れた。
脇腹を押さえつつ立ち上がるルシフェルに、飛び迫って来たアスタロトの突き出した槍が襲う。
咄嗟に飛び上がって躱そうとしたルシフェルの腹を貫き、背後の木に突き刺さった。
「これで逃げられまい」
目の前のアスタロトに手を伸ばそうとするが、アスタロトが腹を貫く槍を押し込み、その手は止まる。
ルシフェルは拳を握り、絶叫する。
徐々に押し込まれる槍と多量の出血で薄れ行く意識を覚ましたのは、上空から鳴り響いた雷鳴であった。
雷はルシフェルが貼り付けられている木に落ち、ルシフェルの体を、更にはルシフェルに刺さる槍を伝ってアスタロトの体にも流れ込んだ。
二匹の絶叫する声が響き渡る。
雷は直ぐに地面に流れ切り、アスタロトは槍から手を放してその場に仰向けになって倒れた。
倒れているアスタロトの体からは白煙が上がり、動く様子はなかった。
ルシフェルの体からも白煙が上がっているが、意識はあった。
「あの牢の御蔭か……」
何日も拷問牢獄で雷を受けて来たルシフェルには、ある程度の電撃に耐えられる体となっていた。
それよりも、腹部に刺さる槍の傷の方がきつかった。
ルシフェルは槍の柄に手を掛け、大声を発しながら一気に槍を引き抜いた。
槍と共に両膝を地に落とす。
押さえようとした腹には風穴があいているが、内臓が蠢き、早くも再生を始めている。
「やってくれたな」
目の前で倒れたままのアスタロトを睨め付け、槍に手を伸ばすが、躊躇し、ゆっくりと立ち上がる。
「疲れさえなければ止めを……」
呆然と様子を見守っていた生き残る悪魔達に目を向けると、悪魔達は慌てて四散し、木の陰に身を隠す。
「腰抜けばかりで助かるな」
ルシフェルは歩み始め、森の中に消えて行った。




