第四話 反転
珍しく落雷がない時間が長くあり、地下の牢獄に静かな時が流れた。
そんな静寂の中、上の階と地下を繋ぐ階段を下りて来る複数の足音が聞こえて来た。
「来たか」
ルシフェルの目が開く。
階段を下りて来たのは二匹のゴブリンだった。
それぞれの手には棍棒が握られている。
ゴブリン達は、その姿を見て騒ぎ立てる普通の牢に入れられた悪魔には全く目も呉れず、拷問牢獄へとやって来た。
ルシフェルが入れられている牢の鍵を開け、中に入ったが、腕を組んで壁に凭れ掛かっているルシフェルの姿に、露骨に嫌な顔を見せる。
「何だ、その態度は?」
一匹のゴブリンがルシフェルに駆け寄るなり、棍棒でルシフェルの腹部を殴打する。
ルシフェルは苦悶しつつ体をくの字に曲げる。
そこにやって来たもう一匹がルシフェルの背に棍棒を振り下げる。
「どうだ? サタナエル様の下僕となるか!」
二匹のゴブリン達は代わる代わるルシフェルの体を棍棒で打ち付ける。が、その合間に向けたルシフェルの笑みに手が止まる。
「下僕になると云ったらどうする?」
ゴブリン達は焦りの色を見せ、完全に固まってしまった。
アスタロトからは下僕になるかどうかをただ訊いて来いとしか命令は受けてなかった。
サタナエルがルシフェルに対して下僕になればアスタロトと同等の地位をやると言った事がその場に居た三匹のゴブリン達から城中の者に伝わり、それに反感を抱いた見廻りの者が、憂さ晴らしに棍棒で拷問をしていた。
ここでルシフェルが下僕になると承知すれば、その立場は逆転し、今後従う事になるゴブリン達にとって最悪の結果が待つ事になる。
「安心しろ。我は魔王となるのだ。誰の下僕になるつもりもない」
ゴブリン達は顔を見合わせて安堵し、再びルシフェルの体を殴り始めた。
「からかいやがって!」
「何が魔王になるだ!」
先程以上に殴る手に力が入るが、呻き声を洩らすどころか、聞こえて来る笑い声にまた手が止まる。
「何が可笑しい?」
「殴り過ぎて頭がおかしくなったんじゃあねぇか?」
「全く馬鹿な連中だ。貴様等ごときに殴られた程度で頭がおかしくなどなるものか。まるで利いてはおらぬわ」
「何だと?」
「我を殴れるのも最後だと思い、殴らせてやっただけよ。感謝するのだな」
「貴様!」
ゴブリン達は再び棍棒を振り上げるが、ルシフェルが勢い良く体を起こして向かって来たのに驚き、慌てて後ろに下がった。
ルシフェルはゴブリンの前でいつもの如く鎖に引き留められる。
「脅かしやがって。鎖がある事を忘れたか?」
「幾ら強がったってここからは出れやしないんだよ」
「それにしてもいい様だ。いつまでもそうやって踠いていろ。行こうぜ」
ゴブリン達は牢を出ようと踵を返すが、その動きが止まる。
「何の音だ?」
聞き慣れない音が後ろから聞こえて来た。
尚もルシフェルが引き続ける鎖が悲鳴を上げていた。
更に叫び声を上げたルシフェルが力を入れて引き続けると、鎖は甲高い音を立て、その全てが中央の辺りから一斉に断ち切れた。
まさかと思いつつ振り返ったゴブリン達は、解き放たれたルシフェルの姿に驚き、立ち尽くす。
「さて、どうやって今までの痛みを返してくれようか」




