第二話 ヴェール
「元城主だと?」
「そうじゃ。長い間儂はこの辺りを治める一国の王であった。じゃが、数年前あのサタナエルが攻め入り、下僕の殆どが殺され、儂はここに投獄されたと云う訳じゃ」
情けない奴、ルシフェルは思いつつも、自らも牢に入れられた事もあり、口にはしなかった。
「何故貴様は殺されずにここに入れられた?」
「儂には長い間に知り得た豊富な知識がある。魔王を目指す奴にとって、その知識が必要なのじゃろう。従う気など毛頭ないがのぉ」
「それでここに入れられたと云う訳か」
「お主はどうしてじゃ?」
「下僕になれと言われ、断っただけだ」
「それで殺されずにここに入れられるとは、それなりの力はあるようだのぉ」
「当然だ。我は魔王となるのだからな」
「魔王とは大きく出たな。じゃが、同じ野望を持つサタナエルに勝てぬようでは、その夢も叶わぬぞ」
「飛べさえすれば……飛べさえすれば遅れなど取らなかった。翼があると云うのに何故飛べぬのだ!」
思わず少し荒げた声が地下に響き渡り、幽閉している悪魔達が驚く。
「新入り、うるさいぞ!」
ルシフェルから見える普通の牢に居るガーゴイルが鉄格子の近くに来て怒鳴って来た。しかし、ルシフェルが軽く睨みを利かせると、背後に広がる暗闇の中にすごすごと下がって行った。
「ほぉう、たった一睨みでガーゴイルを畏怖させるとはなかなかのものじゃのぉ。それなりに名が知れておると思うのじゃが、とんと儂の記憶にない。お主、名は何と申す?」
「名は捨てた」
「捨てた? 名がないと云うのか? 羽があるのに飛べぬ事からして、もしやお主、天界から堕ちて来て間がないのではないのか?」
「つい先頃堕ちて来たばかりだ」
「そうか。口調からして魔界で生まれたか、随分前からここに居るのかと思うておったのじゃが。まあ、そう云う事ならそう焦る事もない。何れ飛べるようになるじゃろうて」
「どう云う事だ?」
「天界から堕ちて来て悪魔になった者は直ぐにその体に馴染めず、以前に持っておった力そのものを出す事も出来ぬ。特に翼を持つ者はその翼が異種なる羽に変わるのじゃ。その飛び方もまるで変ってしまうのじゃよ。直ぐに自由に飛び廻れるはずもなかろう。飛びたければ以前の飛び方を忘れる事じゃ。儂は羽が無いので詳しくは教えられぬがな」
それを聞き、ルシフェルは哄笑する。
その声も響き渡るが、今度はもう反発する声もない。
「そうか、飛べるようになるのか。ならば、サタナエルやアスタロトなど取るに足らぬわ」
「凄い自信じゃな。じゃが、ここを出なければ何にもならぬぞ」
「こんな所、直ぐにも出てくれるわ」
ルシフェルは再び鎖を引き始めた。しかし、まるでびくともしない。
「無駄じゃよ。儂やお主を繋いでおる鎖は、この魔界で最も硬い魔剛石で作られておる。そう簡単に切れる物ではないぞ」
忠告も耳に入れず、ルシフェルは鎖を引き続ける。
「全く無茶と云うか無謀と云うか、ものを知らぬ奴よ。そんな事に無駄な力を使っておるとあれには耐えられぬぞ」
「あれだと?」
ようやくルシフェルが動きを止めた時、突然城が大きく揺れ始めた。




