第十話 サタナエル
深い森に囲まれて聳え立つ大きな城があった。
巨大な門、城壁の周りには、複数の悪魔達が武具を手に巡廻している。
城の中は外光が差し込まず、壁に備え付けられたローソクの灯りだけが辺りを照らし、時折呻き声のような低く重い声が何処からともなく聞こえて来る。
通路を歩いていた二匹の悪魔が揃って足を止める。
「サタナエル様は随分とご立腹の様子だな」
「この声が聞こえるようになってもうどれくらいになるか……」
城の中央にある王室、広々とした空間に、巨大な数本の円柱が伸びて天井を支えている。
その奥にある玉座には、羽がない悪魔が座っている。
「遅い。アスタロトは何をしておるのだ」
二本の角が生える頭に王冠を被るこの悪魔こそ、サタナエルであった。
苛立つサタナエルが待つ王室に、一匹の悪魔が駆け込んで来た。
サタナエルの前まで来ると片膝を床に落とし、顔を伏せる。
「只今アスタロト様が戻られました」
告げた瞬間、サタナエルが摑んでいる肘掛にひびが入る。
「ようやく戻ったか」
悪魔は告げるだけ告げ、そそくさと立ち上がり、足早にその場を去って行った。
それと入れ違うように、アスタロトがゆっくりと王室に入って来た。
玉座の前まで歩み、先程の悪魔同様片膝を床に落とし、顔を伏せる。
「只今戻りました」
「少し遅いのではないか、アスタロトよ?」
「申し訳御座いません。一匹の堕天使に少し手間取りまして」
「お前が指揮を執ったと云うのにか? む?」
サタナエルの目が、アスタロトの右肩に移る。
「どうしたのだ、その傷は?」
既に傷口は塞がっているものの、アスタロトの右肩には大きな傷跡が残っている。
「不覚を取りました」
「何、お前自らが戦ったと云うのか?」
「魔獣が五匹、ガーゴイルが七匹、ヒュポクトニアが三四匹殺されました。それ以上の被害は次の戦いに支障を来すと思い、自ら戦った次第に御座います」
「誠か?」
「はい」
「それは凄い。今度はかなりの天使が堕ちて来ので、それなりの奴は居るとは思っておったが、まさか堕ちて来て間もない者の中に、お前に傷を付けられる奴が居ろうとはな」
今まで苛ついていたのがまるで嘘だったかのように、サタナエルの顔が綻ぶ。
「して、その堕天使はどうした? 当然連れ帰ったであろうな?」
「今ここに」
アスタロトは立ち上がり、後ろを振り返って指を弾いた。
入口から、恰幅の良い腹をした大柄の四匹の悪魔、ゴブリン達がルシフェルを担いで入って来た。
ルシフェルは全く動く様子がない。
再び膝を床に落としたアスタロトの横で立ち止まったゴブリン達は、ルシフェルを床に俯せにして下ろし、二匹がルシフェルの腕を押さえ、一匹が背中に乗り掛かる。
残った一匹は腰にぶら下げている小瓶を手にし、蓋を開けて中の液体をルシフェルに強引に飲ませた。
ルシフェルは激しく咳き込み、ようやく目を開けた。




