警視庁時代
時尾と結婚したばかりの明治7年(1874年)7月藤田家は東京に移住。大警視川路利良と青森県知事佐和正により、古閑(尾形)俊太郎と共に、警視庁に採用されて、諜報活動を行う。
「尾形!久し振りだな?」
「斎藤さんこそ…。」
「今は藤田五郎と名を改めたんだ。」
「自分も結婚を期に古閑と名字を改めました。」
「この名前はな、松平容保様から頂戴した大切な名前なんだ。」
「では、五郎さんとお呼びして良いでしょうか?」
「構わないよ。新選組はもう無い。私も下の名前で呼んでも良いか?古閑殿?」
「はい。そちらの方がしっくり来るので。警視庁の同期でもありますし。」
「そう言えば俊太郎は、新選組時代一番隊に属していたよな?」
「はい。沖田さんが戦列を離れてからは組長補佐をしておりました。」
「一番隊はそれはそれは優秀な隊員が集められていたよな?」
「はい。まぁ今となってはその経歴はあまり意味が無いですがね。」
「そうか?その経歴がなければ、川路さんや佐和さんに拾って貰えなかったと思うが?」
「あれから(戊辰戦争)もう6年。時代は明治だ。互いに月給を頂戴して家族を養う立場だ。昔の様にはいかない。」
「五郎さんは堅物だとうかがっておりましたが、実際そうなのですね。笑」
「もう刀は帯刀されないのですか?」
「廃刀令が出ただろ?」
「まぁそうですが。」
「連戦に次ぐ連戦で鬼神丸国重はボロボロだ。」
「五郎さんは最後まで会津で徹底抗戦したと聞いています。」
「俊太郎はどうやって生き延びたんだ?」
「自分の最後は蝦夷で迎えました。土方さんが亡くなるまでは皆、戦意があったのですが、土方さんが亡くなってからは新政府軍に一斉に投降しました。」
「もし俺が死んだら投降しても構わない。って言いそうだな?土方さんの場合。」
「蝦夷(北海道)に渡った新選組隊員のほとんどは、現地採用の若者ばかりでした。」
「そうなのか?」
「はい。自分がそんな彼等をまとめあげていました。土方さんは蝦夷に行くと人が変わった様で、服装も洋装でしたし。尾形!後は任せた。と言って亡くなられました。」
「そうだったのか?こっち(会津)はこっちで手一杯でとても援軍を蝦夷に送る事は出来なかったよ。」
「本土に残れた部隊は五郎さんと永倉さんの部隊しか無かったと聞いていますが?」
「あぁ。永倉さんは俺と運命を共にした唯一無二の新選組幹部だ。」




