近藤勇の投降
鳥羽・伏見の戦いで惨敗した旧幕府軍と新選組は、1868年3月甲州勝沼に転戦していた。
「くそ!薩長め、汚いぜ。」
「錦の御旗なんてどうせ陛下の許可なんて得てないだろうに。」
「しかし、反撃したら賊軍になってしまう。」
「確かにあの旗がある限り我等は反撃出来ないのを、見越してやってるよな。」
「おい!土方さんと近藤さん見なかったか?」
「そう言えば見てないな。あ、でも土方さんは沖田さんを送るのに同行したって聞いているけど?」
「近藤さんの所在は不明か…。」
「斎藤さん?ここ(甲州勝沼)では貴方が1番偉い。」
「この俺が隊の指揮を?」
「まぁそのうちこうなる事は分かっていたがな。」
「永倉さん!?」
と、混乱する新選組に更に追い討ちをかける一報が届いた。
「近藤勇新選組局長流山にて新政府軍に投降。」
「マジかよ。」
「薩長の事だ。近藤さんにはさぞ恨みがあるだろう。」
「え?それってどういう事ですか?」
「生きて帰ってこりゃあしないと言う事だよ。」
「でも何で単独行動なんか?」
「護衛もいなかったみてーだし、地理的にも明るくない流山にいたってのも不可思議だよな。」
「新選組の人間すら把握していない極秘情報を薩長がどうやって入手したのか?」
「間者がいたとか?」
「その可能性は低いな。散々っぱら間者は斬って来た。」
「斎藤が言うんだから、その線は低いか…。」
「すみません。実は近藤さんを流山に行かせたのは自分なんです。」
「左之助?」
「実は、鳥羽・伏見の戦いのすぐ後に、故郷に帰りたいなって言ってたんです。護衛を任されたのは良かったのですが、江戸に入った辺りではぐれちゃって、一応試衛館や八王子近辺を探したんですが、近藤さんは既に立ち寄った後で、ご家族の方もどこへ行ったのか知らず、この様な事態になってしまい本当にすみません。」
「原田さん?貴方のせいではありませんよ?」
「斎藤?」
「悪いのはスタンドプレーで新選組本隊とは別行動をとっていた近藤局長のせいです。」
そして、1869年4月25日近藤勇は新政府軍の手によって斬首・さらし首となった。
「すまん。皆。」
近藤局長は一足早く天国?いや地獄?へと旅立っていった。死の間際まで誠を貫いた武士であった。




