池田屋事件
元治元年(1864年)6月5日…。そう俺達が歴史の表舞台に出た運命の日だ。斎藤一は土方隊の主力として、3番隊組長として参戦していた。
「なぁ、斎藤?」
「はい?」
「こっちはハズレっぽいな。」
「まぁ、あっちには近藤さんや沖田さんもいますから。」
「土方さん!」
「平助!?」
「池田屋です。長州藩士約30人が京都の市中に火を放つそうです。」
「走りながらで良い。状況は?」
「近藤局長と沖田さんと永倉さんが潜入しています。今頃は切り合いに。」
「何故我々土方隊を待たずに突入した?」
「それは近藤局長の判断で。」
「斎藤!急ぐぞ!」
「御意。」
「池田屋は川を渡ってすぐのところです。」
「平助、案内しろ!」
「あそこです!」
「凄い血の匂いだ。」
ごほっごほっ
「総司!?大丈夫か?」
「あぁ…土方さん?遅いですよ?」
「近藤さんは?」
「2階です。」
「斎藤頼む!」
「はい。」
「近藤さん!大丈夫ですか?」
「ま、まさかこの数的不利の中を1人で?」
「俺は大丈夫だ。それより総司を見てやってくれ。喀血したんだ。」
「飛び降りて逃げた奴もいたが、主犯と長州藩士はほぼ殺った。土方隊には悪い事をしたな?池田屋が狭くて助かったよ。」
「ほう。」
「常に一対一で戦えた。総司とツーマンセルで突入してしまったが。平助をトシの元へ向かわせたのは正解だったよ。」
「何人殺ったんですか?」
「床に転がっている死体の数を数えれば良い。」
「ゾクッとしましたよ。1人で20人近く殺ったんですか?」
「まぁ、何事もなくて何よりだ。」
「近藤さん!右腕怪我してますよ?処置しましょう。」
「斎藤ありがとうな。」
池田屋事件は近藤局長と沖田総司と永倉新八ら先遣隊の活躍もあり、被害を最小限にした。事件後幕府と会津藩から金10両別段金7両の恩給を与えられた。
「土方さん?俺達何もしてないのに、こんな大金貰えませんよ!」
「良いんだよ。くれるっつーんだがら。それより総司の具合はどうだ?」
「どうやら肺の病らしく剣はまだ握れない様です。」
「それはまずいな…。だとしたら今後は総司の代わりは、斎藤に務めて貰わなければならないかもな。」
「困りましたね。沖田さんには早く回復していただかないと、困りますね。」




